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始めに、少しこの世界の世界線の方を説明させていただこう。
アシャータが攫われる100年と少し前まで時は遡る。人類はお互いの種族に牙を向けることなく平穏な日々を過ごしていた。人間族、エルフ族、獣人族、魚人族、鬼族、魔族、etc…細かいところを挙げるとまだたくさん種族はあるようだがここでは人口が比較的多い種族のみを挙げるものとする。当時はそれぞれが王国を成し、尊重し合い戦争なんて起こる気配は微塵もなかった。
人間族は代々神の力を授かりし家系であるヴォグデイ一家が国王として鎮座していた。エルフ族は壮大な魔力を誇り、国の結界を守り続けるアエテルータ一族が王女として国を支えている。獣人族は国家として成立しているものの明確な国王はおらず、各格の種族同士で州が存在しておりそれぞれで確立しているようだった。魚人族は海の一帯を支配し、強大な力を持つポランテス一族が国王であった。鬼族では吸血鬼であるノヴィウム伯爵が不死者の王として国王であった。また、魔族は鬼族の国の配当下にありノヴィウム伯爵は2つの大きな種族を従える大国の国王なのであった。
彼ら4つの大きな帝国と獣人族は互いに協力し合い戦争をしないという同盟を結んでいた。しかし、時間が経ちすぎると時効になったりもする。古くから変わらぬ統制が続いて200年近くが経ち、思えばこの平和な時代にもすでに平和が崩れ始めていたのかもしれない。
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「遂に!念願の息子が生まれたというのか!」
ノヴィウムは狂喜乱舞し、待ちきれないといった表情で奥さんの産後現場に向かった。ノヴィウムは確かに生まれた子供に男の証がついていることを自らの目で確認するとさぞかし嬉しそうに感涙し、
「今日は宴だ!遂に我が国にも次世代の王子が生まれたのだ!」
と叫んだ。その日、鬼族と魔族は大忙しであった。長らく娘のみを授かっていたノヴィウム伯爵と奥さんはもう男の子を諦めるしかないのではと年齢的にも苦しいものを感じていた。
そしてしばらく妊娠がなく、もう無理なのかと諦めた矢先にできた子供。この子に国の命運がかけられていたと言っても過言ではなかった。そして彼らの願いは見事叶って念願の長男が遂に誕生したのである。国を挙げての大宴会であった。
「にしてもめでたいのぉ、ワシはもう無理かと思っておったぞよ」
姑に声をかけられ、ノヴィウムは嬉しそうに答える
「ええ、本当に良かった。私共ももう難しいのではないかと思っていましたので。あなたの娘さんには頭が本当に上がりませんよ」
女房を肩に抱き寄せ満面の笑みで微笑むノヴィウム。奥さんも安堵の表情を浮かべ本当に良かったと夫の手を握る。パーティーは豪快であった。国中の一流シェフが集められ、どのような階級かに関わらず全員が楽しく笑い合い盃を交わした。
その光景はいかにして皆が平穏で優しい生活、人生を送っていたかが如実に表していた。誰もがお互いに手を差し伸べ協力し合うような世界。そんな世界を目指していたはずだったのに…。
それからというもの、ノヴィウム達はそれはそれはもう盛大に自分たちの息子を甘やかした。ありとあらゆる権力を行使して甘やかした。欲しいものはなんでも与えたし、10歳の誕生日には彼のために大きな家を建て、専属メイドを何人も整備した。
最もそんな育て方をしたら子供がどうなるかは皆さんのお察しの通りである。彼は傍若無人で自分の言ったことを聞かないと全て力でねじ伏せようとした。
ノヴィウムの家系は由緒正しき吸血鬼の一家であり、彼らには特別な力があった。それは『闇属性魔法』への適正である。この世界にはそれぞれ『水属性魔法』『火属性魔法』『風属性魔法』『雷属性魔法』『土属性魔法』の5つの属性魔法が何パターンかの派生を生み出しながらも基準となっていた。
この5つ以外の魔法とそれぞれの種族の持ち合わせる固有魔法以外を使用できるものをこの世界では『能力者』と呼んでいる。彼らはその能力者であったのだ。元々通常の人類では1つの属性魔法しか使用することはできないし、それぞれに関わりのある属性魔法が与えられるとされている。
しかし能力者は、属性魔法を自身が持つ特殊魔法と自分にもっとも相性の良い属性魔法の2つ掛け持つことができてしまうのだ。こんなチートな力を持ちながら、ノヴィウムの家系の子とあって桁違いの強さを当たり前のように保持していた彼を、止められる者などいなかった。これにさらに吸血鬼の固有魔法でもある『血塊』も上乗せされる。正真正銘の化け物であった。
彼はどんどん自己中心的な思考を持つようになった。古来より、魔族と鬼族は力も頭脳も他の人類と比べ高かった。何故我らは彼らと同じようにして同盟を組まなければならないのだ。なぜ我々は対等でなければならないのか。彼の中に溢れた不満は日に日に大きく、確実な思いへと変身し続けた。
そして彼が27歳になり、政治を経験し知識共々国の中でトップクラスに匹敵したことを認め、ノヴィウムは自身の息子に対してなんの懸念も抱くことなく王座を譲ったのであった。新しくノヴィウム伯爵となった彼は慎重に計画を進めていった。全ては世界を自らの手中に収めるために。
まず彼は農村地を賄賂で買収して、国の中で出回る食物の量をちょうど飢餓が出ない程度に調整し、人々の国への反感を強めていった。ときは流れ、飢えに苦しんだものたちは米屋や野菜屋を襲い、米屋や野菜屋などは行政機関に乗り込んで怒鳴りつけて暴動を起こした。そう全てはノヴィウムの計画通りに。
そして彼は待った。何より平穏を望んでいた唯一自分にものを言える権力者である父の死を。彼はその日のうちに号外新聞を発行した。元国王の死亡と、次の日曜日に城で重大な発表、否、判明したことへの報告があることを。そしてその日は来た。多くの鬼族や魔族が悲しみに満ちた表情と説明を求める強い意志を持った顔で望んでいる。そして彼は流暢に自身の国民に対して嘘を説き始めた。
「鬼族、魔族の同志よ! 我々たちは今、極度の飢えに襲われ国民は愚か国自体もうまく回すことができていない。 そして同時に我々の最愛なる元国王がお亡くなりになられた。 このままでは私たちの国は緩やかではあるが着実に弱体化へと突き進んでしまう。 我々は突如として現れたこの飢えの正体をきっと他国からの牽制であると捉え、精鋭部隊を中心に調査を進めていた。 そこでわかってしまったのだ。エルフ族の奴らが我々の土地に良からぬ魔法をかけているということが!」
無茶苦茶である。冷静さを保てていればきっと高校生ほどの年齢であればこの急すぎて信憑性のない話に疑いを向けることができただろう。しかし大人たちを含め最愛なる国王が死んでしまったことへの悲しみを抱えながら、飢えに苦しみ、憎悪や怒りをも抱えた国民に冷静さなどなかった。彼らはこの説明を鵜呑みにし信じ込み、行きあてのない溢れる感情の当てつけをエルフ族への憎しみへと全て変換した。
「そこでとても心苦しいのであるが、我々はエルフ族と戦争をしなければならないと考えている。もちろん、国民の意見を聞かないわけにはいかない。だからこうして皆に集まってもらったのだ。」
辛そうな顔をし、うっすらと目に涙を浮かべながら放たれる強弱に感情の効いた真実ひとつない嘘の言葉を。国民は信じた。そして許さないと心に固く誓った。もう、考えることなど誰もしたくなかった。
「皆が辛い状況にあることは重々承知している。こんな心苦しいことは我もしたくないのだ。しかし、我々は戦わなければならぬ。国の未来のため、亡くなった父のため、皆の衆、答えてくれるかぁ!」
彼の言葉に国民の大合切が応える。
「ノヴィウム様!万歳!!!ノヴィウム様!万歳!!!」
「聞こえないぞぉ! もっと声を張り上げろぉ!」
「「「ノヴィウム様!万歳!!!ノヴィウム様!万歳!!!」」」
「いいか!我々鬼族、魔族は特別だ! お前ら全員が特別なんだ! このままやられっぱなしいいのか! 父もきっとそれを望んでいない!」
「「「Boooooooooooooooooooooo!」」」
国民全体が反逆の意思を示す。
「皆の衆! 戦争の夜明けは次の月の頭だぁ! この思いは亡き我が父への忠誠心と共にある! 私たちでこの父から受けついた何よりも大切な帝国を守るのだ!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!」」」」」
こうして国民の心は一つになった。エルフ族を許さない。自分たちは特別なんだ。きっと元国王が亡くなったのも奴らのせいに違いない。我々は彼らの下に轢かれるべき存在ではないのだ。我々こそが彼らを下に敷くべきなのだ。なぜ我らがこのような思いをしなければならない、違う、あいつらこそがこうなるべきなのだ!恨め!憎め!殺せ!そうだ、殺せばいいのだ。そうすれば全てが解決するのだ!
ノヴィウムの演説は混乱に塗れ、思考を放棄することしかできなかった国民の感情全てををエルフ族への殺意へ向けることに成功した。彼がほくそ笑んだことは彼の側近以外の誰も知ってはならぬ事実であろう。ノヴィウムはさらに国民の意思を掴むべく、あえて隠していた食料を国民のための備蓄食料であると示し国民に分け与えることで更なる支持を獲得するのであった。
父の死を利用し、自身の野望を叶えるためだけに。彼は国民全体を洗脳し戦争をすることを決意した。その自己中心的で感情任せ、しかし静かに知的な思考回路を感じさせる邪悪な微笑みはまさに、古来より伝わる吸血鬼本来の名前『不死者』の王として。紛れもなく相応しい面構えであった。
「皆の衆、よく聞け」
3週間ほどの時間が流れ、武装し何倍もいかつくなった鬼族、魔族の戦士たちの前に立っているのはもちろんノヴィウムである。彼らは今日この日までお互いに精進し合い、戦闘のために武道に勤しんだ。女も子供も武具を製作するために協力し全員に十分な装備を作り出した。
「エルフ族は我が国に悲劇をもたらした。これを我々は許してはいけない。」
彼は徐に重い口調で呟く。まるで本当に自分たちは被害者でエルフ族が私たちを攻撃したのだというかのように。額に汗を滲ませて、ゆっくり前を向いた。
「最後に皆に言っておこう。我々は今から戦争をする。もちろん命を落とす者も現れるだろう。エルフ族を敵に回すという事は、他の同盟国を敵に回すということに等しい。今一度言うが自分の命が惜しいものは今からでも国に帰ると良い。我も同志の命が散っていくのには目を当てられないのだよ。」
悲しそうな口調で彼は同志諸君の顔を順番にゆっくりと眺める。その甘ったるい言葉使いは全戦士の心に刺さり彼らの心により眩しい炎を灯らせた。そこで彼の1番部下のような者が口を開く。
「もうここまで我々は来たのです。今更踏みとどまることなどするはずがありませんし、何より私たちの思いを誰よりも理解してくださっているのは何よりマスター、あなたでしょう。」
彼は第一部隊隊長のソラティクスである。後ろを振り向き同志と顔を見合わせて彼らは強く頷きあった。そんな彼らを見てノヴィウムは心底嬉しそうな顔をし彼らに語りかける。
「ありがとう、諸君。お前たちの覚悟は私にも伝わった。さあ立ちあがろう、帝国の未来のために。我々が変えずして誰が変えると言うのだ。この3週間近く我々は一致団結してお互いを支え合い精進してきたではないか!そうだった実に今更であった。我々はあのときすでに心に誓ったのだ!さあ、永遠に名を刻むこととなる勇者たちよ!私たちで世界を正しく清らかなものにするのだ!平和を取り戻すのだ!」
彼らは一斉に顔を見合わせお互いの殺意と覚悟を確認しあった。我々が世界を正す。間違えているものを殺し、正すのだ。彼らはひとつとなり森が揺れるほどの咆哮をあげた。
「私が道を切り開く。お前らはそれに進めぇぇぇぇ!」
叫ぶ部下たちを尻目にノヴィウムはそう叫ぶと山の下の方向に向かって手を大きく上から下に振り下ろし詠唱する。
「暖かき生命の灯火よ、今その力海よりも広くなりて。『炎海炎海』!」
彼の手元にキラキラと輝く真っ赤で巨大な魔法陣が出現しグツグツと沸騰したマグマの海が彼の魔法陣から凄まじい速度で放出される。彼のもう一つの適正魔法である『火属性魔法』による技だ。マグマは森を駆け下り、エルフ族の住処に張られた結界へと猪突猛進した。しかし、それでも結界はびくともしない。ノヴィウムはさらに叫びを上げる。
「醜くき憎悪の化身よ、我らに今助けの手を差し伸べよ。『影分身影分身』!」
黒色の魔法陣が彼を包み込みドロドロとした黒炎に彼自身が巻き込まれる。そして他三つの場所に同じような魔法陣が突如現れ、そこに彼と等身大の影が映し出される。彼は影分身に同じように炎海を展開させる。キラキラと真っ赤な魔法陣を同じように展開し、影分身たちはノヴィウムのものより威力は劣るが同時に大量のマグマを放出する。マグマの波ははみるみるうちに膨れ上がりとてつもない威力を遺憾無く発揮していく。
「まだまだぁ! 暖かき生命の灯火よ、その力天よりも高くなりて。『燃焼』 !」
彼の手から二重に魔法陣が展開され、手を炎が包み込む。津波を起こしながら結界にぶつかっていたマグマに刹那、赤黒い炎が途端に燃え盛る。そしてじっくりとゆっくりではあるが確実に結界をジリジリと破壊し始めていた。そこへソラティクスが駆けつけ私も援護しますと目でサインを送り叫ぶ。
「彗星のごとき閃光よ、その姿を地に表せ。『雷龍』!」
バチバチと手から黄色い光を眩しいぐらいに発しながらソラティクスは全身の力を振り絞り、天を仰ぐ。
「グラァ゛ァ゛ァ゛」
その瞬間、星が見ていた空は途端に暗い雲に包まれその雲の中心に黄色い円形の形をした何かが見える。彼の魔法陣だ。バチバチバチと凄まじい圧力を放ちながら一閃の光が静かに、しかしものすごい速度で放たれる。
「ドガァ゛ン!」
その光は結界に直撃し、ピキッと音を立てるほどにダメージを与える。そしてその光は次第にトグロを巻き竜としての姿を表した。ソラティクスは迷いなく身体中の力を振り絞り唱える。
「『聖息吹聖息吹』!」
雷竜は命じられた通りに凄まじい威力のブレスを結界に向けて放出する。その雷竜の姿に部下たちは愚か、ノヴィウムでさえも見惚れていた。青と黄色が入り混ざったかのような豪大な光の束が空を切り裂き3つに分かれながらそれぞれ結界に降り注ぐ。
マグマと合わせて、雷竜のブレスがトドメを刺し、結界はパリンッと音を立てて一部破損する。ソラティクスは全ての力を出し切ったように倒れ込み誇らしげな顔で笑みを浮かべる。ノヴィウムは彼に魔力の回復薬を渡しつつ同じように笑みを浮かべて彼に言う。
「よくやった、ソラクティス。見直したぞ。」
隊長のありがたき言葉にソラクティスは満面の笑みを浮かべて嬉しそうに頷いた。こうして結界の一部を破壊した彼ら、「殲滅隊」はエルフ族の領域内に侵入する。こうしてこの後無限とも感じるほど長く続く戦争が幕を開けたのであった。