テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
170
346
こむぎ
831
鈴木さんは、それからも命撰会のことを教えてくれた。
本来、夕食の後にシャワーの時間があるらしい。
二十一時までと時間が決まっていて、その後に懺悔の時間というものがあると鈴木さんが言っていた。
そして、二十二時に就寝。
翌朝、六時に起床。
まるで軍隊のようだ。
この施設には、時計がない。
スマホも拯民にとられてしまった今、何時なのかもわからない。
窓の外も工事用の柵でほとんど見えないが、空はすっかり暗くなっていた。
「あの、先ほどの話の続きを聞かせてもらいたいんですが、いいですか?」
「あ、はい。何か途中の話ありましたっけ」
「祝福と、あともう少しウエ様のことを知りたいんです」
「ああ、祝福のことですね。あれは本当に神聖な空間でした……」
鈴木さんがうっとりとした表情を浮かべて、自分の体を抱きしめた。
「あれは私が命撰会に入って、三ヶ月経った頃です。このS市に、伝道者様が来てくださったんですよ」
「伝道者様?」
「そうです。簡単に言うと、命撰会のトップの方です。その方はウエ様の言葉を唯一聞くことができるので、伝道者様と呼ばれています」
伝道者とは、いかにもという役職だ。
しかしあの存在の声を聞き、コントロールできているのだとしたら……。
これも得ておかなければならない情報だ。
「祝福を授けることができるのも伝道者様だけなので、その時浄化の部屋で行われました。私以外にも、今日一緒にいた女性と他にも数人いました。そこで、伝道者様が順番に僕たちの両手を握って、そこにふっと息を吹きかけたのです。だから時間は、十分くらいですね。僕たちも、その時には何の変化も感じていませんでした」
鈴木さんは、ペットボトルの水を一口飲んだ。
「でも、すぐにその効果は発揮されました。あの時祝福を受けた人たちのところに次々と幸運が起こったのです。僕は、多分真ん中くらいの順番でした。買っていた宝くじで、借金を返すだけの金額が当たったのです。だから僕は、ウエ様と伝道者様を信じているんですよ」
鈴木さんにとっては、まさしく神の救いだったのだろう。私が同じ立場でも、命撰会を信じる。まさしく本物の人外の力なのだから。
だが一つ、私の中で疑問が生まれた。
「ウエ様は、どんな神様なんですか?」
「もちろん、人々に幸せを与えてくれる神様ですよ」
そう答えた鈴木さんは、満面の笑みだった。
やはりおかしい。
どう考えても、あの邪神は不幸をまき散らす存在なのだ。
人々を幸せになどできるはずもない。となると疑うべきは――。
「伝道者様は、どんな方なんですか?」
「女性ですね。髪が長くて、綺麗でした」
女性と聞いて、私の心臓が跳ねた。
しかも長い髪が綺麗な女性だ。
確認しなければならない。
「顔はどんな感じでしたか?」
「伝道者様のことが気になるんですね」
「ええ。トップの方とお聞きしたので、ぜひ詳しく知りたいです」
「熱心でいいことですね。ただお顔は、わからないのです」
「わからない?」
「はい。お顔は、白い布がかかっていて拝見できなかったんです。まるで花嫁のベールのようでしたよ」
私の脳裏に、あの日の出来事が思い起こされた。
花嫁のような女――つまり、あの時の女だ。
その時、ドンと大きな音が聞こえた。
「何の音ですかね?」
鈴木さんが、扉のそばに立った。
すぐにまた、ドンドンという音が聞こえる。
続いて、怒声も聞こえてきた。
何を言っているのかまでは聞き取れない。
――何かが起きている。
鈴木さんも不安げに、扉の前で立ち尽くしている。
「もう一度、開くのか試してみましょう」
「でも、この時間はもう部屋から出てはいけないんです。ルールを破るわけには……」
「緊急事態ですよ、鈴木さん」
私が扉に手をかけようとしたときだった。
扉の向こうで、足音が聞こえる。
そして、扉がガタガタと揺れる。
勢いよく扉が開かれて、男が二人入ってきた。
先ほど私を連れてきた連中だ。
「連れて行くぞ」
私を連れて行こうと、男二人が腕を掴む。
「あの、足立さんは何か悪いことをしたのでしょうか?」
鈴木さんが、恐る恐る声をかける。
視線をむけると、胸の前で組まれた両手は震えていた。
「なんだ、お前は。こいつの味方にでもなったのか?」
左腕を掴んでいた男が、私の手を離して鈴木さんに近付いた。
隣の男も鈴木さんに視線を向けて、私に関心はない。
「……うっ!」
私は腕を振り払い、目の前の男を突き飛ばす。
そこから助走をつけて、体勢を崩した男にタックルした。
特別鍛えたりはしていないが、ここまで肥えた体が役に立った。
「てめぇ!」
倒されて痛がる男を見て、鈴木さんを脅していた男がギロリと私を睨む。
そして、駆け出そうとした。
瞬間、男が何かに躓いて転倒した。
ちょうどそこにはテーブルがあり、派手に物が散らかっていた。
倒れた男の後ろで、鈴木さんがすっと足を引っ込めるのが見えた。
――だから僕は、ウエ様と伝道者様を信じているんですよ。
熱心な信者であることは間違いないのだろうが、その対象は命撰会全体ではなさそうだ。
鈴木さんはウインクをすると、すぐに転んだ男を助けに入った。
わざとらしく、声をかけている。
私はその隙を逃さずに、部屋から抜け出した。
扉のそばには、先ほどまで使っていたであろう鉄パイプが落ちていた。
ありがたくそれを噛ませて、追っ手を閉じ込める。
だがすぐに連絡を取られてしまうだろう。
その前に、どうにか逃げなくては。
ドンドン!
また遠くで、低い爆発音が聞こえた。
一瞬銃という単語が脳裏にちらついたが、この日本でそれはないだろう。
私は人気のない道を音とは反対へと進んだ。
廊下は一本道で、ここで誰か来てしまえばひとたまりもない。
滲む手汗をズボンで拭って、歩いて行く。
幸いにもすぐに病院内の地図を見つけることができた。
ここは二階のようで、入院患者の病棟だったようだ。
地図のすぐそばに階段があったが、まだそこには瓦礫があって登ることはできそうになかった。
階段で下に降りてしまえば、間違いなく脱出できる。
しかし、せっかく敵の懐に潜り込んでいるのだ。
私は地図を頭に入れて、もう少し歩いてみることにした。
病棟の作りは難しくない。
日の字を横にしたような作りで、階段も四カ所ある。
危険を感じたら、逃げるルートはたくさんある。
私は地図を見て、気になる場所を見つけた。
元々事務室だった部屋だ。
二階の中でも大きな部屋で、幹部たちが集まるならここなのではないだろうか。
角を曲がって様子を見てみる。
恐ろしいほど人気が無い。
扉はまた引き戸だが、小窓がついている。
そっと近寄って、中を覗いた。
部屋の中は電気がついていた。
しかしじっと見ていても、人影もなければ動くものもない。
私は音が鳴らないように、ほんの少し隙間を開けて見てみることにした。
……誰もいない。
遠慮無く扉を開ける。
中は一般的な事務所のようになっていた。
奥に上司が座りそうな一人掛けの机。
それ以外は、長い机にそれぞれの席が割り当てられているようだった。
私は迷わず上司の席と思われる席に向かった。
机には私のスマホも置かれている。
それをポケットにしまうと、すぐにパソコンに向かった。
画面には先ほどまで誰かが操作していたように、表作成ソフトが映されている。
帳簿のようだ。
辺りを見回して、コピー機の存在を見つける。
それを確認した私は、迷わずコピーを開始した。
すぐにデスクトップやファイルの中を調べる。
何かないだろうか。
役に立つ物は――そう思っていたとき、私の手が止まった。
「これは……」
すぐにそれもコピーのボタンをクリックした。
ドンドンという音は、私が作業している間もずっと鳴り続けていた。
コメント
1件
鈴木さん、祝福の話をしているときの表情と後半のウインク、そのギャップにやられました……。信者でありながら、その目はちゃんと「今、味方すべきは誰か」を見極めている。その立ち振る舞いが本当に生々しくて、人間のしたたかさを感じました。あと、伝道者=花嫁のような女という伏線の回収の仕方、これだからこの作品はやめられません。主人公の地図を頭に入れて動く冷静さも好きです。