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#ワンナイトラブ
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私は褒められるのが苦手だ
気恥ずかしい
私は主張するのが苦手だ
反論が怖い
ディベートも嫌い
私は注目されるのが苦手だ
波風の立たぬところで
ひっそりと
平穏でいたい
とどのつまり私は
社会人として有能じゃない
社会人としてだけじゃない
嫁としても
人間としても
劣っている
そう私の人生が物語っている
初めてかもしれない
人からこれだけ評価されたのは
気恥ずかしさもあり
不安もある
周りの目を気にしてしまう
周りは私を都合の良い雑用だと思っているだろう
周りは誰も評価などしていないだろう
補佐に甘んじていた私が
周りを差し置いて
突然昇級したら?
周りはどう思う?
嫉妬
妬み
悪口
嫌がらせ
不穏な負のワードがめくるめく脳裏に浮かぶ
でも……
未曾有の事態に
感情が負に振れる中
一点だけ引っ掛かった
「社長含め経営陣との接点もあり——」
高橋課長の会話にあった
その一点
仕事に直接関係のない
不純な動機
だが
断る理由もないのでは?
むしろ悪い事などないのでは?
不純な動機を正当化し
判断は正当だと自己納得させる
私は頂いた推薦を甘んじて受諾し
営業本部 営業戦略室への異動が内定した
***
私は自分から異動と昇級を口にしなかった
聞かれもしなかったし
自らしたくもなかった
する必要もないし
変に目立ちたくない
しかしいつかはバレる事
色々聞かれるだろうし
色々言われるだろう
その時を思うと
私は憂鬱だった
その後も全社員の評価面談は続き
しばらくの間は
私が話題に挙がる事もなく
変わらぬ日常が続いた
***
「評価面談どうだった?」
「んー……普通?想定範囲内って感じだったかな」
「でもKPIだっけ?今後は面倒くさくなりそうだよね」
「評価基準が明確にされるんでしょ?やってる雰囲気で誤魔化せないよね」
日々進捗する評価面談
ランチタイム女子会でも話題に挙がった
「そういえば水川さん、おめでとうだよね」
いち早く認知したのだろう
人事部の小山田さんが私の評価面談を公にした
「え、何なに?水川さん昇給した?」
小山田さん以外は未だ把握していない
普段は話題に挙がる事もない
私の話
私は心底嫌だった
気心の知れたこの小さな群れでさえ
興味と関心を惹き
注目されるのが
私は心底嫌だった
「昇給だけじゃないよ、昇級も。ね、水川さん」
視線が私に集まる
驚きの表情
それはきっと
日々雑務をこなす補佐だった私が
一番昇級から遠かったはずの私が
この中で一番早く出世した事への驚き
そしてその表情の裏に潜む
——妬み
日々雑務をこなす補佐だった私
なんでお前が?
——嫉妬
下に見ていた者が報われる事への不満
今まで普通に接されていたのはきっと
——判官贔屓
私の不遇への哀れみから
その私が
自分を差し置いて報われれば
話は一変する
——外巧内嫉
表向きは平然を装っても
内心では妬み嫌う
その一瞬の表情から
同僚たちの内面が
まざまざと透けて見えた
「う、うん。何か私のポジション廃止されるみたいで、それで」
「たまたまだと思う。新設される部署だし、まだよく分からないんだ」
「……」
「なーんだタイミング良かっただけか」
一時の間の後
浴びせられたのは祝福ではなく
嘲笑うかのような侮蔑
それにてこの話題は過ぎ去った
食堂からオフィスへの戻り際
私を外し三人で固まる
「水川さんて運が良いよね」
難聴の私に聞こえぬようにか
小声でそう話すのが聞こえた
***
嬉しい気持ちと
不安な気持ち
複雑に混ざり合い
素直に喜べない
周りの嫉妬は予想してた事
しかし
面前で目の当たりにすると
やっぱり傷つく
悶々とした気持ちを抱え
根菜をいちょう切りにする
会社で昇級しようとも
自宅でのポジションは変わらない
今日も今日とて
食べられる事のない夕飯を作る
夜も更け
時計の針は22時
食べられる事のない夕飯にラップをかけ
夕飯を明日の朝食にする頃
ガチャガチャ……ガチャ!
バタン!
夫が帰宅した
いつも通りの深夜帰宅
いや、
いつもに比べれば早いかもしれない
「おかえり、夕飯温める?」
「……」
無言で冷蔵庫を開け
コップにも注がず
水をがぶ飲みする
「ぷはぁー!」
「……食べてきちゃったからいいよ」
酔っ払った顔で
酒の匂いと
香水の匂いを漂わせ
鞄を置くと浴室へ消えて行った
これが私の日常
会社で昇級したとて
これが紛う事無き私の現実
喜んでくれる人も
祝ってくれる人も
褒めてくれる人も
私にはいない
ピロン♪
夫の鞄の中で響く
ラインの通知音
相手が女だと
女の勘が確定で告げる
色々と忙し過ぎて
色々な変化があり過ぎて
興味が薄れていた夫の浮気疑惑
私自身
どうせしているだろうと思っている
知る覚悟はとうにできている
どうでも良い事
それでも尚気になるのは
相手の女
私の同僚の気がしてならない
確定的な理由も根拠もない
だがそうであると
確定で女の勘が告げる
私は
鞄の脇のポケットに見えているスマホを
咄嗟に見てしまった——
画面に映る着信通知は
前見た時と同じ名前
同じ男の名前からのメッセージ——