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#ワンナイトラブ
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「あーストレス溜まるわぁ!」
最近の同期同僚女子とのランチは
もっぱら愚痴が大勢
元々愚痴は定番だが
最近は特に多い
会社の買収
新体制への移行
そして変革の只中の今
浸かっていたぬるま湯が抜かれ
新たな水に張り替えられ
新たな水に馴染もうと
体と精神が拒否反応を起こす時
「神崎さん彼氏とは最近どうなの?」
会社の話題で荒ぶる神崎さんから
小山田さんが話題を逸らした
「んー、ボチボチかな?てか彼氏じゃないけどね、ワンノブゼムてやつ?」
「最近はマチアプする余裕もないし出会いもない。潤い足りてないかも」
神崎さんは自由奔放だ
誰に縛られるわけでもなく
独身を謳歌している
普段のエピソードトークからも
異性交遊も盛んなのが伺い知れる
「小山田さんこそどうなの?旦那とは上手くやってるの?」
「んー、ボチボチかな?最近は愚痴の捌け口みたいになってるけど」
どうであれ
話し相手がいるだけで羨ましかった
相手はいるのに
会話が無いのは
監獄の中に住まうようなものだから
「鈴木さんはどうなのー?そういう話全然しないよね」
会話の中心地からは離れがちの鈴木さんに
今日は神崎さんが突っ込んだ
「んー、ボチボチだけど……最近は仕事ばっかりで出会いとかは全然」
「わかるー、平日いっぱいいっぱいで休日は回復モードになっちゃうよね」
傷の舐め合い
特定の誰かを標的にしないだけ健全だ
それを
愛想笑いで頷くだけの私
元々影は薄く
会話の中心地からもかけ離れているが
昇級が知れ渡った後は特に
話題を振られる事すら無くなった
***
コンコン!
「失礼します」
評価面談も一通り終結
更新された契約書を人事部と
双方確認の上
双方合意の上でサインする
この日は
人事部の高橋課長と
その補佐として
人事部の小山田さんも同席していた
二人の対面に座る私
一通り目を通し
最終確認を行い
書面の末尾
署名欄にサインを行う——
「……」
引っ掛かった
署名欄に併記された
高橋課長の名前
高橋隆史
隆史——
夫のラインへ届く
不倫相手に登録されている
男の名前と同じだった
さすがに偶然だろう
さすがに考え過ぎだろう
高橋課長が関係ある訳がない
と——
ふと鼻を突く
透明感のある柑橘系の香り
記憶のどこかにある匂いに似た
既嗅感のある香り
室内には
私を含めて三人だけ
先日の評価面談で香水の匂いはしなかった
あの場にいたのは高橋課長と佐々木課長だけ
あの場に小山田さんはいなかった
消去法で導かれる
小山田さんが震源地の可能性
だが
確信は持てない
似た香りだが
完全一致していない気もする
だが
使っている香水が一つとは限らない
同系統の香りなら
その人の好みである可能性は濃い
同系統の別の香水を持っていても不思議ではない
香水の匂いと
浮気相手の偽名
疑惑が二つ重なった
この場合
偶然の可能性は薄まり
そうである可能性は一気に濃くなる
偽名に身近な男の名前を使った?
それなら浮気相手は小山田さんの線で繋がる
いや
偽名を登録したのは夫のはず
その名前を指定した可能性は薄い
ましてや小山田さんは既婚者だ
もしもこの線が黒なら
W不倫——
そんなリスキーな事をするだろうか……
「どうかしましたか?どこか気にかかる箇所ありました?」
「へ?……」
私は
署名欄にペン先を置いたまま
思考モードで手が停止してしまっていた
「あ、いえ、すみません大丈夫です」
籠っていた脳内検証から帰還し
ペンを走らせ署名する
兎にも角にも
正式に晴れて新契約締結
新たな部署
新たな役職
正式に新たな門出が決定した
心新たに……
とは行かなかった
新たに降って湧いた疑問
冷めやらぬ思考
人事部からの道すがら
憑りつかれた呪縛のように
夫の浮気……
もしくは
夫の不倫疑惑に思考を割く
だが
断定できないとの結論に至った、この時点では
勘と直感が反応したが
落ち着いて考えてみれば
さわやかな柑橘系の香水はよくある
隆史という名前もよくある
浮気相手は小山田さんの線で成立し得るが
あまりに不確実で
あまりに曖昧な上に成り立つ推論だ
それでも気になったのは
疑惑が複合的に重なり合ったから
過敏になっていた件だからだろう
思い込み過ぎるべきじゃないと思った
少なくとも
今の時点では