テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
まみか
1
131
小豚ちゃん
乙骨は着地と同時に、自身の背後に巨大な黒い影――特級過呪怨霊・折本里香の気配を膨張させた。空気そのものが重圧で歪み、刻が展開した結界がミシミシと音を立てて悲鳴を上げる。乙骨の瞳からは先ほどまでの焦燥が消え、代わりに底知れぬ静寂と、師である五条悟譲りの底知れぬ圧力が溢れ出ていた。
「君の術式、確かに素晴らしい。氷と炎、そして万物創造の応用……。けれど、それを一人で制御し続けるのは限界だろう」
乙骨の指摘は的確だった。天眼を起動し続け、未来視の演算と結界の維持、さらには自身の身体能力をブーストし続ける代償として、刻の視界は既に縁から白く濁り始めていた。脳の深部で、移植された瞳が熱を持ち、神経を焼き焦がす痛みが走る。しかし、刻は表情一つ変えない。彼女にとって、この痛みはかつて施設で味わった、何もできずに友たちが死んでいく無力感に比べれば些細なものだった。
「限界……ですか。確かにそうかもしれません。ですが」
刻が氷刀を地面に突き刺すと、そこから周囲一帯を凍てつかせる極寒の冷気と、全てを焼き払う紅蓮の業火が同時に噴出した。
「私は悠仁が笑って生きられる未来以外、必要ありません。だから、ここであなたが悠仁を殺す未来は、私が何度でも断ち切ります」
その言葉と同時に、刻の背後で空間が歪み、彼女の「万物創造」の力が極限まで高まる。彼女は乙骨の呪力の流れを完全に解析し、その特性を模倣するだけでなく、さらにその上を行く「逆属性」の術式を構築し始めていた。氷で作られた無数の剣が、空中で炎の渦を纏い、まるで天から降り注ぐ流星群のように乙骨へと殺到する。
乙骨は里香を盾にそれを防ぐが、氷刀が触れた瞬間に炎が爆発し、里香の硬い腕にすら亀裂を入れていく。これまでの呪術師の常識を覆す相性の悪魔合体。刻はただ防ぐのではない。乙骨の「純愛」という強固な楔に対し、己の「執着」という名の歪んだ祈りをぶつけていた。
結界の中でその様子を見ていた虎杖は、拳を血が滲むほど握りしめていた。自分のために、刻が自分の心と体を削り、世界を敵に回そうとしている。
「刻! もうやめろ! ……死んじゃうだろ!」
虎杖の叫びが戦場に響く。しかし、刻は振り返らない。ただ一度だけ、虎杖の方へと視線を流し、唇を小さく弧を描かせた。それは、この世界に来てから初めて見せた、どこまでも純粋で、救われたような笑顔だった。
「……悠仁に、笑っていてほしいから。……私、やっと、自分が生きていていい理由を見つけたんです」
その瞬間、刻の右目の赤色が限界を超えて発光した。天眼の真髄――数秒先の未来を完全に確定させる「絶対時間」。刻は乙骨の次の一撃がどこに来るか、寸分の狂いもなく見抜いていた。彼女は氷の剣を杖のように突き立て、全身の呪力を一点に集約させる。
「これで、終わりです」
二人の視線がぶつかり合う。乙骨は刻の覚悟の深さに、一瞬だけ目を見開いた。ここへ来て初めて、彼は虎杖を殺すという「上層部との縛り」よりも、目の前の少女が背負っているあまりにも重い過去と、歪んだ愛情の深さに心を通わせた気がした。
だが、戦いは止まらない。刻の氷刀が、乙骨の喉元を捉えるべく加速する。その背後で、天の羽衣の結界が激しく揺れ、ついに限界を迎えようとしていた。刻の体からは、既に制御しきれない呪力が溢れ出し、彼女自身の体を傷つけ始めている。
「刻ッ!!」
虎杖が結界を殴り飛ばし、身を挺して彼女の元へ駆け出そうとしたその時、新宿の空から巨大な帳が下りる気配がした。
コメント
1件
うわあ、第3話の刻ちゃんの覚悟、すごく響きました……! 「悠仁が笑って生きられる未来以外、必要ありません」って台詞、胸がぎゅっとなりました。自分が生きていていい理由をやっと見つけたっていう笑顔、本当に純粋で切なくて。虎杖くんの「死んじゃうだろ!」って叫びも、必死さが伝わって泣けます。乙骨先輩も刻ちゃんの歪んだ愛情に気づいた瞬間、あそこ好きです。次どうなるんだろう、続きが気になりすぎます!