※エルファス視点になります。
「納得いかない」
夕食時、仲間の一人が不機嫌そうな顔で呟いた。
あまりにも大きな独り言だったので、何のことか聞いてみる。
「何がだ?」
「アイミー様のことを悪く言っている奴らのことです」
一人が口火を切ると、今まで我慢していたのか他の仲間たちも話し始める。
「アイミー様は後方支援だから、戦場まで行かなくて良いのに行っていたんですよ。そんな人を逃げたと言うだなんておかしいじゃないですか!」
「そうですよ。命令で帰らされてるのに!」
上官の判断が間違っていると批難しているような発言だと、周りに思われては良くない。
「命令は正しい命令だよな」
「……はい。アイミー様は命令で離脱したのに逃げただなんて言う奴らが許せません」
「真実には目を向けずに、自分の想像だけで人を悪く言う奴のことなんて放っとけ」
「ですが、アイミー様は怖くなって、姉に仕事を押し付けて逃げたことになってるんですよ? そんなの嘘じゃないですか」
声を荒らげる仲間たちを見て苦笑する。
俺たちが座っているテーブルの近くにはアイミーのことを良く思っていない奴らが座っている。
だから、わざと大きな声で言って、彼らに喧嘩を売っているんだろう。
でも、どうせ俺たちに向かってくる勇気はない奴らだから、言っても無駄だ。
「言わせたい奴には言わせておけばいいって言ってるだろ」
「ですが、そんなの嘘じゃないですか! アイミー様はそんな人じゃありません」
「多くの奴らは、お前と同じでアイミーがそんな奴じゃないことを知ってる。世の中にはわざと嫌なことを言って他人を傷つけようとしたりする奴がいるんだ。無視が一番なんだよ」
「そんなことをする奴のほうが嫌われてるって、何でわからないんでしょうか」
「気持ちがスッキリすれば、自分が嫌われたとしても良いんだろう」
横目で該当の人物たちが話を聞いていることを確認して続ける。
「でも、アイミーがそのことを聞いたら、そいつらを魔法で氷漬けにするだろうな。いや、水責めか。もしくは火責めか。埋めるという手もあるな」
「アイミー様、攻撃魔法も使えますもんね。埋めるほうが証拠が残りにくいと思うので推奨すると伝えましょう」
俺たちの話を聞いていたフェインが、ニヤニヤしながら言った。
すると、ガタガタと音がして、アイミーの悪口を言っていた奴らは、食事をやめて立ち去っていく。
顔色が悪くなっていたし、しばらくは馬鹿なことを言わないだろう。
人に好き嫌いがあるのはしょうがない。
でも、人を貶める行為はやってはいけないことだ。
アイミーの性格を知っている人間なら、誰一人逃げただなんて思わないだろう。
そう思っていたけど違った。
「エルファス、アイミーから返事がこないんだ」
話しかけてきた兄さんは、俺と目が合うと続ける。
「誰だって死を意識すれば恐ろしいものだろ。それなのに逃げ帰るだなんて、アイミーらしくない。何かあったんじゃないか?」
「アイミーらしくないってわかってるんなら、アイミーは逃げてないって同じことだろ」
「それは……」
兄さんは眉尻を下げて口を閉じた。
昔から過保護な兄だと思ってはいた。
今回の件で両親が兄さんのことを調べ直すと同時に、過去の俺の出来事も調べ直してわかった。
俺の婚約者だった全ての女性たちは、兄さんから良くない話を聞いていた。
俺には好きな人がいて、いつかは婚約者を愛人にするつもり《《だろう》》と言っていたそうだ。
婚約者以外の前では俺を絶賛し、婚約者の前でだけ俺の悪口を言っていた。
彼女たちは兄さんに口止めされていたから、婚約を解消する理由を俺がいつも眠そうにしているからにしたんだそうだ。
俺に確認することもなく、婚約を解消した彼女たちに思うことはない。
だけど、兄さんは別だ。
「アイミーや俺の人生を狂わせやがって」
「……エルファス、お願いだ。ちゃんと話をするから聞いてくれないか」
兄さんと話したくない気持ちは強いが、はっきりさせておきたいこともある。
周りにいた仲間たちが気を遣って席を立った。
入れ替わりに向かいに座った兄さんを睨みつける。
「話は聞くけど、絶対に嘘をつくな。本当のことだけを話してくれ」
「わかったよ。……エルファス、俺はお前のことを本当に大事に思っている。我が家の誇りだよ」
「その俺の足を引っ張るようなことをしたのはどこの誰だよ」
「エイミーには本当に騙されたんだ。絶対にバレないと言われてた」
「そんなの言い訳なんだよ! その言い方だとバレなきゃ浮気して良いってことになるんだよ!」
語気を荒らげると、兄さんは眉尻を下げる。
「だから反省はしてるよ」
「そうは見えないけどな」
「……エルファス、お前が彼女を好きだってこは知ってた」
「だから、婚約して結婚までしたのか」
「……彼女のことは好きだよ。だけど、お前にはもっとふさわしい人がいる」
「ふざけんな!」
立ち上がりテーブルに身を乗り出して、兄さんの襟首を掴んで立ち上がらせる。
「あんたが人のことを言える立場じゃないだろ!」
「エルファス! そういうところだよ! お前は普段、そんなに感情的になる奴じゃないだろ」
「レイロ、ふさわしくないだなんてそんなことはないわ。アイミーは出来る子よ!」
近くにいた仲間たちは兄さんの話を聞いて我慢していたのに、どこからか現れたエイミーは違った。
兄さんの隣に立ち、襟首を掴んでいる俺の手を叩こうとしたので引っ込める。
エイミーは兄さんにすり寄って言う。
「レイロ、アイミーは良い子よ。私とは違って攻撃魔法も使えるの。エルファスにお似合いだわ。どうか、二人を認めてあげて」
「ちょっと待ってくれ。エルとアイミーはそんな仲になっているのか? そんなの絶対に認めないぞ! アイミーは俺のことが好きなんだ!」
憤怒の表情を浮かべた兄さんに答えようとした時、緊急時のみに鳴らされる鐘が激しく鳴り響き、叫び声が聞こえる。
「敵襲だ! 全員、戦闘態勢を取れ!」
一瞬にしてテント内に緊張が走った。
「嘘でしょう!? どうしてこんな所まで!」
エイミーは叫ぶと、兄さんにしがみつく。
「レイロ、逃げましょう。私たちは子供のために生きなくちゃ駄目よ」
「何を言ってるんだよ!?」
兄さんが聞き返す声が聞こえた時には、転移魔法でも使ったのか、二人の姿は見えなくなっていた。
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