ミレイをどちらの家で育てるかという話は揉めに揉めた。
といっても険悪なものではなく、お互いに引き取りたいというものだった。
経済面でいえば辺境伯家が良いとされ、環境面では私の家にはまだ幼いヨハネスがいるので、兄妹として育てるのも良いのではないかという意見で、答えが出せずにいた。
共通の意見は、ミレイをレイロとお姉様に任せることはできない、だった。
私からあの時の話を聞いた両家の両親はは、お姉様たちに子育ては無理だと判断したのだ。
それは私も同意見だ。
お姉様たちに育てさせるくらいなら、私が育てたほうがマシだと思う。
……といっても、色んな人に助けを求めなくちゃいけないとは思う。
でも、お姉様のようにミレイを投げるような真似はしない。
数時間話し合った結果、私の家でミレイを預かることになった。
元々、レイロはミレイは自分の子供ではないと言い続けていたし、生んだのはお姉様なので私の家が優先された。
辺境伯夫妻を見送り、屋敷の中で両親と別れたあと、ミレイの様子を見に行こうとした時だった。
ミレイがいる部屋のほうから悲鳴が聞こえてきた。
「おやめください、エイミー様!」
「この子は私の子なの。お願い。その子を私に渡して! 私が責任を持って夫と一緒に育てるから!」
お姉様の声が聞こえ、すぐにレイロの声も耳に入ってくる。
「エイミー、俺たち二人で子供を育てるなんて無理だ。俺たちは住む家もないんだぞ? 俺が何とかしてアイミーとよりを戻すから俺に任せてくれ!」
どうして二人がここにいるの?
それにレイロは何をふざけたことを言っているのよ!
二人の姿は見えない。
でも、あまりにと腹が立って、声を上げようとした時だった。
「あなたはアイミーを愛していないんでしょう? それなのによりを戻そうって言うの?」
「アイミーは俺のことが好きなんだから、俺といられるだけで幸せなはずだ! 望むならいくらでも抱いてあげるつもりだ! そうすれば今度こそ、エルファスも諦めるはずだから!」
「あなたは本当に最低ね。だけど、そんなあなただから好きなの」
お姉様の笑い声が聞こえてきた。
二人共、普通じゃない。
長男、長女というプレッシャーのせいでおかしくなったの?
レイロは私を愛していなかった。
相手が最低野郎だとわかったのに涙が出そうになった。
私は彼に色々な初めてを捧げた。
彼のことが本当に好きだったから。
彼も同じ気持ちだと思っていたから。
「そんなことはどうでもいい! 早く戦地に戻らせてくれ! エルファスが危ない!」
「大丈夫よ、レイロ。エルファスなら自分の命くらい自分で守れるわ。私たちはお互いのことだけ考えましょう」
「ちょっと!」
ミレイの部屋に入ると、予想通り、お姉様とレイロがいた。
驚いた顔をして私を見つめる二人に怒りをぶつける。
「あなたたちは戦地にいたんじゃないの!? どうしてこんな所にいるのよ!」
「アイミー、そんなに怒らないで。転移魔法を使って帰ってきただけよ」
「怒らないほうがおかしいでしょう! どうして帰ってきたんですか!」
お姉様から視線をレイロに移し、彼を睨みつけながら話しかける。
「あなた、私には一緒に戦おうとか言っておいて、どうしてここにいるのよ」
「エイミーに連れてこられたんだ! 頼むよアイミー! 俺を戦地に戻してくれ! エルファスが危ないんだ!」
「エルが危ないってどういうことよ!?」
聞き返すと、レイロが私の肩に両手を伸ばしてきた。
「触らないで!」
近くにあった四角いシルバートレイでレイロの頬を叩いた。
バインという間抜けな音のわりに威力があったらしく、レイロは頬を押さえてしゃがみ込んだ。
「レイロ! 大丈夫!? アイミー、あなたなんてことをするの!」
「お姉様の大好きなレイロが私に触れようとしたので阻止しただけです。彼をこれ以上痛めつけられたくないなら、私に近寄らせないでください」
冷たい声でお願いすると、お姉様はびくりと体を震わせた。
早く行ってという気持ちを込めて無言でメイドを見ると、察してくれたのか、ミレイを抱いて部屋から出ていった。
すると、お姉様がヒステリックに叫ぶ。
「返してよ! その子は私とレイロの子供よ!」
「お姉様、ミレイを生んだのはあなたですが、子育てを任せることはできません」
「どうして? レイロが私を愛してくれるなら、子供を可愛がれるわ。……って、ミレイという名前をつけたの?」
「名前はお姉様にもお父様から連絡がいったはずですが?」
「……そう言われればそうかもしれないわ。でも、あまり気にしていなかったの。そう。ミレイに決まったの。私とレイロの名前の一部を取ったのね」
お姉様は満足そうに頷いた。
「そんなことはどうでも良い! アイミー、大変なことが起きてるんだ!」
「……何があったの?」
レイロの言うことは聞きたくない。
だけど、エルの名前を出していたことが気になって尋ねた。
「魔物が宿営地まで押し寄せてきたんだ。今頃は総力戦になっているはずだ!」
「……何ですって?」
知らなかったとはいえ、時間をかなり無駄にしてしまった。
「エルファスが心配だ! 頼むから俺を戻してくれ!」
「わかったわ。それから、お姉様も戻りますよ」
声を掛けると、お姉様は激しく首を横に振る。
「嫌よ! 私はレイロとミレイと一緒に幸せに暮らすの。だから、レイロも行かせない!」
「幸せに暮らすだなんて、魔物に負ければそんなことは不可能ですよ」
「……それはっ、そうなった時に考えるわ」
「残念ながら、お姉様には一緒に来てもらわないといけないんです」
「嫌よ! どうして私が!」
「少し黙ってもらえますか」
嫌がるお姉様の鼻をシルバートレイの平らな部分で軽く叩くと、「きゃあっ!」と悲鳴を上げて、レイロの隣に座り込んだ。
二人が来てくれたおかげで、私はエルたちの危険を知ることができたし、脱走兵を捕まえたという名目で戦場に行ける。
「お姉様、役に立ってくれてありがとうございます」
お姉様に感謝の言葉を述べてから、二人を連れて宿営地近くの場所に転移した。
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