コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
やがておりんの音は消えて無くなり、部屋は静寂に包まれる。
岸田さんは合わせていた両手を膝へ下ろし、ルイの写真をじっと見詰めながら呟いた。
「言われた通り僕が全部話すよ。だから…せめて近くに居てよね」
まるで彼が目の前に存在しているように、返答を促すよう丁寧に話す岸田さん。 すると、これまで線香から上に向かって長く伸びていた一本の煙が、岸田さんの言葉に反応するようにピクリと揺れた。あたかもルイが頷き返事をするように。僕はそれを見てここにルイも居るのだと確信した。 岸田さんも煙の動きを目にしたのか、ルイの話をする際に見せる幸せそうな笑みを浮かべている。
岸田さんは身体の向きをこちらに変え、僕に視線を合わせた。
「勿体ぶってごめん。今から全部話すから」
僕の心臓は大きな音を立て、皮膚にはじんわりと汗をかく。
僕と岸田さんはベッドの側面を背もたれにし黒を貴重にしたラグの上に並んで座る。
岸田さんは自室のように寛ぎ胡座をかいている。その一方で僕は、変に緊張し無意識の内に正座をしていた。
ガチガチの僕を見て楽しそうに笑っている岸田さん。次第にその笑顔は真剣な表情に変わり、とうとう本題を話し出した。
「まぁ、端的に言うと…三年前にルイは亡くなったんだ。だから、旬くんが屋上で話してたのはルイの魂かなんかだと思う。それがルイの姿を模して、喋れるようにしてたんじゃないかな。旬くん、霊感とか持ってるんじゃない?」
「魂…?霊感…?」
急に言われても実感が湧かない。僕に霊感?これまでお化けなんて一度も見たことが無い。 しかし、あのルイが魂だという仮説は全てが間違いではない気がした。僕が見る限り彼は一度も食事をしたり水分を飲んだりしていなかった。生身の人間で無いのなら、辻褄が合う。更に、彼は寒い真冬でも半袖の姿で屋上に寝そべっていた。熱を持たないのなら体温を保つ衣服なども必要無い。だが、魂といえど何故屋上に留まっていたのだろう。その場を離れられないとか…?
「あの…屋上にだけ姿を現していたのは何か理由があるんですかね…」
「んー、僕には分からないけど、亡くなる前のルイは屋上が一番好きな場所だったらしい。だからじゃないかな?それか…ただ単に動くのが面倒だったとか?」
そう多少小馬鹿にしながら言う岸田さん。ルイ相手だと気を緩めがちなのだと思う。
しかし真相は本人にしか分からないのだから仕方が無い。そのようにしておこう。
「あと、どうして亡くなったかって言うと…下校中に居眠り運転してた大きなトラックに轢かれて、即死だったらしい。病院から電話が来て急に言われて、僕も皆も信じられなかったよ…。運転手を恨んでも恨んでもルイは戻ってこなかった。馬鹿だよね、漫画じゃあるまいし」
空気を重くしない為か、時々笑いを混じらせながら話す岸田さん。けれど次第にその笑顔は歪んでいった。
無理に笑って欲しくは無かったが、それを言い出すことができなかった。空気のこと以外に、岸田さん自身も潰れてしまわぬように笑顔を作り、脳を無理矢理誤魔化しているのかも知れない。 長年時間を共にした親友を突然この世から失いどん底に叩き付けられるのは、少し想像するだけでもかなり精神的にやられる物だと思う。岸田さんの感情を知った気になり声を掛けることは失礼極まりない行動だと思った。
「…ごめん、笑えてないよね。話してたら思い出しちゃった…平気だと思ったんだけどなぁ」
顔を上に向け涙を必死に堪えようとしている。
たまには泣くことも大切だと伝えても、ルイの前で泣く訳にはいかないからと、涙を押し殺してまた引き攣った笑顔を見せる。そんな岸田さんを見てこの人はとても強い人だと思った。
僕にとってそれは大きな壁に見えた。決して手の届かない分厚く高い壁。
気分転換にと全開に開けた窓から気持ちのいい風が程よく入ってくる。 その時、一つの疑問が浮かび上がる。
「あの、どうして突然ここに連れてきて、話してくれたんですか?」
「あー、それは…ルイ、話してもいいよね?」
と、またしても仏壇に置かれるルイの写真に問い掛ける。 今度はいくら待っても線香の煙は揺らがなかった。きっと渋い顔をしているのだろうと容易に想像できる。
「はは、無視するなよ。けど、もう後戻りできないからな?ちゃんと責任取れよ」
岸田さんが言うと、煙は不自然な程大きく左右に揺れ動く。それは動揺からなのか怒りなのか、はたまた恥じらいか、煙がルイの感情を表しているのを面白く思う。
ルイを揶揄い楽しそうに笑う岸田さんはいつもよりちょっぴり幼く見えた。
「あの、怒ってるんじゃ…」
「えっ?あぁ平気平気。これ文句言ってるだけだから。ほら、今も微妙に揺れてる…」
岸田さんの慣れ具合に驚く。
きっとこれまで何度もここに訪れているのだろう。ただの煙と会話を成立させている。
「で、話した理由だけど… ルイに伝えろって言われたからかな」
「言われた…?いつですか?」
「旬くんを店に誘った日の朝」
「朝?」
「そう。実は時々僕の夢にルイが出てきて、何かしらのメッセージを伝えてくれるんだ。で、この前も出てきて…あ、旬くんも居たわ。旬くんが遠くで一人寂しく泣いてるんだ。そしたらルイが『いったげて』って僕の背中を押して、もう全部伝えろって言われた気がしてね」
岸田さんの夢にルイが現れ助言を残すと言う。更にはその夢に僕まで出ていたことに驚き、だらしなく口を半開きにして首を傾げる。
「実は旬くんと初めて会った日も夢に出てきてたんだけど、「あ、栞の時…」
「そうそう。ルイが来るよって伝えてくれてたのに、気付かずに怪我させちゃって…ごめん」
両手を合わせ頭をコテンと傾ける彼に、あざといなと密かに思う。
もう過去の事なのだから長く引き摺っていても仕方が無い。その気持ちを伝えると優しく微笑む岸田さん。 それからルイの方を向き彼にも謝罪をする。
「ルイも、勘違いしてご…
岸田さんが話している途中に、僕らの頭上に限定して優しく過ぎ去っていく風が吹いた。まるでルイが僕らの頭を手で撫でるかのような優しい風。 彼はなんでも操れるのだと僕は一人で感心していた。
気付けば夜も深まり、陽子さん達のご意向で一晩泊まらせていただくこととなった。 ルイの部屋からリビングに戻れば、散歩から帰ったルイのおじい様とおばあ様にも挨拶をすることができた。相変わらず優しく穏やかな人柄だった。
岸田さんも交じり、とても賑やかな夜だった。
あれから数週間後。僕は変わらず授業を受けている。一つ変わったとしたら、ルイが居ない。
最初は喪失感が否めなかったが、ある美術の授業でペアになったのがきっかけで話すようになった男子生徒のお陰で、その喪失感は上書きされた。
「成瀬!早くしないと遅れるぞ!」
「あ、うん…!」
彼は明るく導いてくれる。今思うとルイに似ている部分もあるような気がする。
彼に腕を引かれ廊下を慌ただしく走るが、鈍臭い僕は職員室の前でペンケースを落としてしまった。
「遅刻するって〜!」
「いや、腕引っ張るからでしょ!」
ペンケースを拾おうと屈んだ時、職員室から先生方の会話が耳に入った。
「あのぉ、例の噂聞きました?」
「噂って?」
「笹本先生の噂!もう原型が全く無くて!」
キーンコーンカーンコーン…
「やっべ!成瀬もう置いてくからなー!」
「ぅえ!?待ってよー!」
先生方の話に耳を傾けていると、授業開始のチャイムが割り込んで耳に入る。それを聞き大急ぎで駆け出す彼に置き去りにされてしまった僕は話を最後まで聞くことなく、急いでペンケースを拾い上げ彼を追うように走った。
「あぁ、飛び降りたってやつ?」
「そう!あっという間に広がって、尾鰭まで付けられて…!」
「生徒はそういうの好きだからねぇ。亡くなった笹本先生も気の毒でしょうね」
「ホントですよぉ…噂なんて下らない」
「あ、でも本当に出るかもよ?幽霊」
「まさか木谷先生も信じてるんですか!?」
「だって、二年生の長野くんが見たって騒いでたよ」
「あの子は注目されたいだけですよ。発言の八割は嘘です」
「ふーん?」