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18時10分。窓から差し込む真っ赤な夕日に照らされ、窓際に置かれた観葉植物たちが水滴をキラキラと輝かせている。 穏やかな店内BGMを横耳に聞きながらコーヒーカップを丁寧に磨きあげる。 店内はいつも通り落ち着いていて、珈琲を片手に本を読んでいるお客さんも集中している様子。
僕のバイト時間は平日の夕方から夜が殆ど。その為、座席は空席が目立っている。 店長はこのことを気にしていたが、僕はこの静かで音楽と本を捲る音、そして食器がぶつかり合う音だけが響く空間がとても気に入っている。
そういえば昨日、店長が新メニューでラテアートを検討していると言っていた。手先が不器用な僕でもできるだろうか?と一人心の中で考えていると、カランコロンという音と共に明るくよく通る、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「直樹!いつもの!」
静かだった店内は一変。たった一人の来店で静かな空間は消え去った。
「もう少し静かに入って来られな「聞いてよ!今日大学でさ!」
何か大きな出来事があったのか僕の言葉を遮って口を開く親友のルイ。長年の付き合いだが、いつまで経っても振り回される毎日。 呆れて小さく溜息を吐いた後、僅かに笑みが零れた。
「はいはい…ちょっと落ち着け」
いつもいつもうざい程元気でだる絡みも日常茶飯事、思い立ったらすぐ行動し、少し目を離したらすぐどこかへ消える。だが、どうしても嫌いになれないのがこの男の不思議な部分。 僕だけじゃなくこの店のお客さんや、動物にだって何をしても嫌われない。本当に謎だ。
「十分落ち着いてるけど?」
「ふん、どうだか」
適当に返事をしながらルイが必ず頼む二つのメニュー、通称山舘セットの濃厚チーズケーキとカフェラテを慣れた手つきで用意する。しかもこのチーズケーキは、ルイが考えたメニュー。 この店でカフェメニューを提供し始めた頃、飲み物以外のメニューに店長が頭を悩ませていたところ、その場に居合わせたルイが個人的に好きなだけのチーズケーキを提案しそのままメニューに出されることになった。 今では、オリジナル珈琲の次に人気の定番メニューとなっている。
「ここのチーズケーキとカフェラテが一番なんだから!」
「どうせどこでも言ってるんだろ?」
「な訳あるか!店長が心を込めて作るチーズケーキと直樹が淹れるコーヒーで作るカフェラテでしか出ない旨みがあるんだよ!!」
大声でこんなことを言われるとなんだかむず痒く言葉に詰まる。黙ってルイを一瞥すると、自信に満ち溢れたような表情をしていた。 なんだか負けた気分だ。
山舘セットの準備ができ、ルイの元へ運ぼうとトレーを持ち上げた時、足元をフワッとした何かが通り過ぎた。それと同時にカウンターの奥から店長の慌てた声が聞こえてきた。
「あー!リバーシ行くな!」
そう言いながら出てきた店長の手には、犬用のおやつが数個乗っていた。
「どうしたんですか店長」
「いやぁ…実はリバーシにおやつあげようとしたら袋ごと取られて…」
リバーシとは、店長が飼っている白黒のボーダーコリーの名前だ。確かに口にはおやつの袋を咥えていた。 リバーシは気分屋な性格。常連のお客さんの足元に自ら向かい、撫でられている場面をよく見掛ける。とても人懐っこいこの店の看板犬だ。
「うわー!オセロじゃん!いつ見ても可愛いなぁ!!」
勢いよくリバーシを撫で回すルイ。 人にも動物にも好かれるルイには当然リバーシも懐いていて、店長よりもルイの側を引っ付き後を追うように歩く。 ちなみにルイは、リバーシではなくオセロと呼んでいる。謎のこだわりらしい。
「お、ルイくん来てたんだ」
「はい!店長もお疲れ様っす!」
「またルイくんにリバーシ取られちゃうな」
ケーキとカフェラテをルイの元へ置き、僕もリバーシの背中あたりを毛流れに沿って撫でた。 僕の手に気付いているか否か、錆色と白色がまだら模様になった鉱石のような瞳は、真っ直ぐと彼の顔を見詰めていた。激しく揺れる尻尾を僕の膝にバシバシと当てながら。
ルイはケーキを頬張りながら、僕はコーヒーカップを磨きながらたわいのない話をし続ける。 基本ルイが話し続け、僕が合間に相槌を打つ。 決して盛り上がった会話はしていないが、お互いこの時間を心の底から楽しんでいる。
僕はこんな日常が大好きだ─────
枕元で気軽なメロディーが流れぼんやりと瞼を持ち上げる。カーテンの隙間から寝起きとしては刺激が強い日差しが目元に降り注いでいる。意識を朦朧とさせながらベッドから上半身を起こし、その間もスマホから鳴り続けるアラームを止め画面を覗き込み、7:00と映し出されているのを確認する。画面から視線を逸らし光が漏れ出すカーテンを見詰める。徐々に覚醒していく脳で先程の出来事は現実では無かったと自覚する。
「夢ねぇ…」