「ごちそうさまー、俺先に風呂入るね」「ン」
祖父母はもう既に夕食も風呂も済ませたようで、そそくさと部屋に戻ってしまった。
最近ハマっている将棋の続きでもするのだと思う…目つきがライバルのそれだったから。
いつまでも仲が良いことで羨ましい。
「なんかあったら呼んでね」
「…お風呂、一緒入りたい」
「ゑ?」
瞳をゆらゆら揺らしてお願いしてくる姿はかわいいし、いいよって簡単に言ってあげたくもなるけど…それはダメだ。
だって俺はみどりのこと好きだし。
好きである以上そういうことも考えるし。
でもそれが最もみどりの信頼を砕く行為だってことは俺が一番よくわかってるから。
「…狭い、から…だめ」
「今日ダケ」
「すぐ出るから」
「…ラダオクン」
なんか、なんかみどりの様子がおかしい!!
普段だったら多少駄々をこねることがあるけど、なんていうか、幼稚園児みたいなふざけたワガママの言い方をするけど…
「ラダオ…」
怯えたネコみたいなお願いの仕方。
今日のお出かけで、みどりのトラウマに触れるようなことってあったっけ?
頭の中で1日を振り返ってみても、これといったことは無いように思える。
なら何故_いや、今考えても仕方がない。
何か妥協案を出さないと…何か…
「風呂…は、一緒には入れないけど、入り口で待っててくれない? すぐ出るから…」
「………」
「ぁあ〜、じゃあ……じゃあ、入り口!入り口で待ってて!俺と話しながら、俺が風呂から出るの待ってて!」
「………ワカッタ」
風呂場ではシャワーの水音と髪を洗う音で満ちていてみどりの声はうまく聞こえないけど、みどりからしたら俺が一方的に雑談するだけで満足だったらしい。
今もぼやけたシルエットが扉の下の方で小さく相槌を打っている。
「_てことだったんだよね……えっとぉ…みどろさぁん? 俺そろそろ出るんだけどー…」
「ン」
脱衣所を離れる気は無い、と。
仕方ない、俺の俺を見せつけないようにと事前に用意してあったタオルを腰に巻いて、恐る恐る扉を開ける。
「………そこまでするなら部屋出れば良いやん」
「………………ヤダ」
脱衣所の角に向かって体育座りで、絶対に俺を視界には入れてやらぬという気概を感じる…これは並々ならぬ思いだろう。
なんだか、ちょっぴりショック。
「ぁい、服着たよ」
「ンー……ハァッ!?!? 下だけじゃんっ!!」
「下着れば十分でしょ」
これはウソである。
だってぇ、せっかくのサービスショットよ?
そんなに背中向けられると辛いっていうか、ちょっかいかけたくなるっていうか…
案の定、顔を真っ赤にしたみどりはその場で視線を四方八方に泳がせてプルプル震えている。
……少しビビらせすぎたかもしれない。
「ごめんごめん、ハイ、今度こそ着たよ」
「みれば…わかるし…」
「え、見てたの?……みどりのエッチ♡」
「〜ッ!?!??!!?!!」
「アハハ、部屋の外で待ってるねー、ちゅ」
ふざけて投げキッスまで贈れば、目の前でバゴン!と叩きつけるように扉が閉められた。
いや、閉めるように叩きつけられた?
どっちでも大差ないだろう。
「エアコンだけ電源入れておくかな…ちょっとだけ部屋行くねぇ?」
返事はよく聞こえなかったけど、モニョついてたから俺の声は多分聞こえてたと思う。
襖を開けるとひんやりとした空気が風呂上がりのほてった頬を冷ました。
気の利く祖父母が既にエアコンをいれておいてくれたらしい…完全に無駄足だったな。
「はぁーあ、アイスあるかな〜」
サイダー味の角棒アイスがまだあと数本あったはず…まぁ、それよりもまずみどりだな。
いつも通りのペースならそろそろ出て_
「ラダオッ!!!!」
「ゔぁぁあああっ!?!?」
あとは角を曲がって少し歩けば脱衣所に到着…というところで曲がり角から勢いよくバスポンチョを被ったびしょ濡れのみどりが吹っ飛んできて、俺は危うくみどりによって轢殺されるところだった。
みどりに車輪なんてないんだけどね。
そんな冗談はさておき、みどりが尋常じゃないくらい震えている理由及び原因はなんだ?
「ラ、ラダオ…ラダオ……」
「みどり、落ち着い…えっ!?」
そうか、当たり前だけどこんなにびしょ濡れなんだから服なんて着てるわけないよな。
バスポンチョのフードを上げたら、裸体が飛び込んできたから思わず思考停止してしまった。
「えー…と、お、落ち着いて? 俺がいない間に何があったの?」
「ダ、誰カイタ…」
「…え?」
カタカタと震えて、真っ青な顔のまま俺に縋り付くみどりは、震える口をはくはくと動かしてなんとか言葉を絞り出した。
「庭に、誰か…ひっ、ひとがいたの…」
「! …じいちゃん!!ばあちゃん!!」
ザワリと、全身に不快の波が広がった。