本殿の中は綺麗に掃除してあり、高い位置にある明かりとりの格子の窓からは外の光と涼やかな風が入り込んでいた。
その差し込んだ光の中にぽつんと木の小さな社があった。
ちっちゃな神社のような形をした箱だ。
「これですね。
御神体は地下に埋められてるところもあるっていうから、どうかなーと思ってたんですが」
壱花はその前に膝をつき、そっと小さな社の扉にかかっている閂を開けてみた。
中には縦長の木の箱がある。
「……マトリョーシカみたいですね」
とバチ当たりなことを言いながら、振り返り、神様っぽいものに、
「開けてもいいですか?」
と訊く。
うむ、と神様っぽいものは神妙な顔で頷いた。
それを取るとき、手にわずかに埃が触れたが、そんなに降り積もっているようには感じなかった。
そして、どう見ても、この埃はケセランパサランではない……。
そんなことを考えながら、壱花は苦しむ。
「どうした、壱花」
うぐぐっという顔をして、中の箱を手にする壱花に倫太郎が訊いてきた。
「いえ。
神棚の掃除をするときとか、ご神体であるお札に息がかかるとご無礼になるとおばあちゃんが言ってたのを思い出して」
息を止めてみました、と箱から顔を背けて言ってみたのだが。
神様っぽいものには、
「お前は阿呆か。
こんなところで死ぬ方がご無礼だ」
と言われ、倫太郎には、
「そうだぞ。
こんなところに死体を放って帰られたら、神域が穢れるだろうが」
と言われる。
……いや、なんで私、此処に投げ捨てて帰られる設定なんですかね?
と思いながら、壱花はその箱の前面の板を引き抜いた。
木彫りの衣冠束帯の男の像が姿を現す。
「……神像ですね」
仏像などと比べて、日本の神様の像というのを見る機会はあまりない。
神様のお姿を描いたり彫ったりするのは恐れ多いと考えられ、あまり作られなかったこともあるし。
作られたものも、御神体として、神社の奥深くに安置されたりして、一般の人間の目に触れることはあまりないからだ。
神様っぽいものはその像を見ながら言ってきた。
「ほんとうにこれが神様の像だったのか。
それすらも今となってはわからない。
誰かが戯れに彫ったものを、飢饉か疫病の流行った年に、この村の者たちが祀ったようだ。
……私は彼らが思うような万能の神ではない。
私は、長い年月、みながこの像を拝み、大事にすることによって生じた、この像の付喪神なのだよ。
この辺りに住む者が少なくなっても、みな、私を大切にしてくれた。
拝まれるたび、申し訳なくてな。
私は、いつか誰かに。
私が見える誰かに、この真実を語りたかったのだよ……」
付喪神を名乗る男はそう言った。
「いえ、貴方はこの土地の神様で間違いないですよ」
と箱の中の小振りな神像を見ながら壱花は微笑む。
「貴方を拝むことで、みな、心の平安が得られるわけですから」
「……ありがとう、壱花」
と付喪神様は目を閉じた。
「今、初めて此処に存在を許された気がしたぞ。
よし、せめて拝みに来た村人たちの疲れが癒されるよう、背後に立ち、肩でも揉んでやろう」
と笑う。
効果あるのですかね? それ。
霊やあやかしが見える人にとっては、いきなり背後に立たれたら、怖いだけのような気がするんですが……と苦笑いする壱花に付喪神様は言ってきた。
「お礼にお前に良い事を教えてやろう。
お前の探している美園というのは、私の仲間の付喪神だ」
「えっ?」
付喪神は、九十九神とも表される。
九十九年、つまり、長い年月経った物に宿る精霊だ。
「美園の本体が先日、野犬に蹴られて割れたのだよ。
それで、美園は此処が潮時と生まれ変わろうとしているようなのだ」
そう付喪神様が教えてくれる。
新しい器にだろうか。
それとも別のなにかにだろうか――。
「だから、お前に教えるか迷ったのだが。
まあ、まだ美園の霊は本体の近くにあるから、少し話してみるがよい」
「あ、ありがとうございますっ」
と壱花が頭を下げると、うむ、と付喪神様は頷いた。
「美園が何処におるのか、わかるか?」
と付喪神様は訊いてくる。
「……はい、たぶん」
と言った壱花は思い出していた。
美園が好きでよく着ていた海老茶色の着物のことを。