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今作はセンシティブな内容を含みません。次作はセンシティブな内容を含める予定となっております。予めご了承ください。
その日、イッテツは事務所で収録があった。
(あ゛〜!疲れた!!!)
今から電車に乗って帰らなければならないのだが、疲れている時はタバコに限る。そんな思いで近くの喫煙所へと向かい、毒煙を吐き出しているところだった。人付き合いが苦手なイッテツにとって、事務所で収録というものは、決して楽なものでは無かった。もちろん楽しいのだが、ふとした瞬間にどうしたら良いのか分からなくなってしまい、アワアワしてしまう。だから、収録では割と体力が削られる。そんな体力回復の休憩も兼ねて喫煙所にいるのだ。あとは帰るだけだ。家に帰ったら配信の時間になるまで少し寝てよう。そんなことを考えて喫煙所を後にした。この時のイッテツは、後にさらに疲れることが起きるのをまだ知らない。
「オニーサン、俺たち暇なんだって。」
「マジ1杯飲み行くだけでいーからさ、一緒にいこーよ。」
「えっ……あ、その……。」
想定外の、そして最悪の事態が発生していた。駅に向かう道中で、知らない陽キャ?パリピ?集団に声をかけられたのだ。
(他にももっとノリよさそうなやつ山ほどいるだろ!なんで俺なんだよ!!!)
そんなことを口に出せたらいいのだが、生憎イッテツは目を合わせることすらできない。目を泳がせて、ろくに話せない。
「え、もしかして彼女とかが怒っちゃう系?」
「オニーサン顔かわいいし彼氏じゃね?」
ギャハハと下品な笑い声が響く。しかし、その笑い声が聞こえている人は陽キャ集団とイッテツだけだった。運の悪いことに、人通りの少ないところで話しかけられたのだ。だが、この陽キャがイッテツに上手い言い訳を思いつかせた。
「そ、そう!!!僕彼氏いるんで!!!それじゃ!」
真っ赤な嘘である。しかし、彼女がいると言って、今電話してみろとか言われても気軽に電話できるような相手がいない。だったら、彼氏がいると言って、ヒーローのみんなに助けてもらった方が良いだろう。イッテツは勢いよく頭を下げ、直ぐに駆け出した。しかし、
「いやいや、ちょっと待ってよ〜」
「!?」
強く腕を掴まれて、逃げることが出来なくなった。くそ、ヒーロー姿に変身出来れば……。
「彼氏いるならさ、今ここで電話してみろよ。」
やはりそう来たか。それを想定して「彼氏がいる」と言ったのだ。バカめ、引っかかったな。さて、誰に電話しよう。まあここは1番付き合いが長くてなんだかんだ頼りになるリトくんだろ。
「もしもしリトくん〜?」
「え!?まじで彼氏いんの!?」
「ちょ、スピーカーにしろよ!俺らも聞きたい」
要望が多い陽キャだな。ここで断っても面倒くさそうだし、スピーカーにしといてやるか。
『おう、テツ。どうした?』
「おー彼氏さーん!俺ら今このオニーサンと飲み行こーって話しててー」
おいバカ!!!!リトくんに彼氏演じてって言うの忘れてた!どうする?どう言い訳すれば???必死に頭を回した。比喩でもなんでもなく、今本当に目がグルグルになっているのでは無いだろうか。ここでリトくんに彼氏を演じて欲しいなんて言えば、彼氏がいないことがバレる。しかし、それを言わないとリトくん側からボロが出る。どっちにしろボロが出るなら、さっさとスピーカーオフにしてわけを説明しよう。そう結論が出て、スマホを耳に当てようとしたその時。
『テツ今どこにいる?』
「え?駅と事務所の近くの喫煙所の間だけど…。」
『了解。ちょっと飲み行くのは許可できないですねー。俺の大事な恋人なんで。』
…………え?
「彼氏さん重くね?やっぱ飲み行くべ!」
「そんなこと言われると逆に火がつくみたいなとこあるよな笑」
いやいやいや待て!リトくん今俺のこと恋人って言ったか?この数秒で状況を察してくれた?やっぱ持つべきものはリトくんだな!さすが!!!
とか思っているうちに、勝手に陽キャに電話を切られた。
「てことで飲み行くぞ!」
そう言われてグイッと腕を引っ張られた。
「いやいや!話聞いてました!?リトくんダメって言ってましたよね!?」
「いやぁ、彼氏さん重いしさ、俺らと遊んでパーッとしようぜー。」
さらに引っ張られる。ヒーローたるもの、力では負けないはずだが、後ろから背中も押されている。さすがに数には勝てない。
「リトくん助けてー! 」
ヒーローらしからぬ言動。上手く話せないとか言ってられない。何がなんでもこの場から逃げなければ。
「ねぇ、俺の恋人に何か用?」
聞き馴染みのある声が響いた。しかし、その声はいつもより低く、相手に有無を言わせない凄みがあった。
「あれ、彼氏さん?今から飲み行くんすよ〜。」
「ちょっと待てお前、ヒーローじゃねぇか!」
「マジ!?」
なんとリトくんはヒーロー姿で駆けつけてくれたのだ。まあそうでもなければここまで早く着くわけが無い。
「とりあえずテツから手ぇ離せ。嫌がってんだろ。」
陽キャ集団は大人しく引き下がった。相手がヒーローだと分かって勝てる気がしないのだろう。これがヒーローだ!と誇らしくなると同時に、連れられそうになった俺って…。という虚しさが込み上げてきた。
「ほらテツ、行くぞ。」
「え、う、うん!!!」
今度はリトくんの暖かく大きな手に引かれて、駅に向かった。
続きます。