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理仁はそのままセダンに近付いて行くと、それに気付いた運転席に座る若い男が素早く降りて来て、
「理仁さん、お疲れ様っス!」
深々と頭を下げながら元気よく挨拶をした。
「朔、ご苦労。コイツらがさっき話した真彩と悠真だ」
「初めまして、俺、海堂 朔太郎って言います! どうぞ、乗ってください!」
理仁から紹介を受けたのは朔太郎と言って、見たところ年齢は二十代前半。細身だけど理仁よりも少しがっちりとした体型で身長は平均的、赤髪短髪で耳は勿論、鼻にもピアスを付けていて、更には派手な柄のシャツを着ているせいか、全体的にチャラそうな雰囲気が漂っている。
朔太郎は真彩と悠真に名を名乗ると助手席側の後部座席のドアを開けて二人に乗るよう促した。
「どうも、神宮寺 真彩です。えっと……よろしくお願いします」
朔太郎の登場や高級車に戸惑いつつも、彼のフレンドリーな話し方に少し緊張が解れた様子の真彩は悠真と共に車へ乗り込んだ。
二人が乗り込むと今度は理仁から真彩の荷物を受け取った朔太郎がトランクに荷物を詰め込み、外で理仁と数回会話を交わした後、運転席側の後部座席のドアを開けた。
このやり取りから朔太郎は理仁の付き人のような存在という事が分かる訳で、やはり理仁はどこかの会社の社長や重役なのだと確信する真彩。
車が走り出し、どんな大きな御屋敷に連れて行かれるのか緊張している真彩とは対照的に、大好きな車に乗れて終始ご機嫌な悠真は窓から外の景色を眺めては、「すごーい! はやーい!」と嬉しそうな声を上げていた。
そして繁華街から遠ざかる事約三十分、閑静な住宅街へ差し掛かる。
どうやらこの辺りは高級住宅地らしく、立派な門構えであったり一戸の区画が広かったり、どの敷地内にも高級車が停まっている。
そんな中、真彩たちを乗せた車はひたすら坂を上っていき、上りきった先にある一際大きな敷地にある家の前で停まった。
寄棟造りの瓦屋根に敷地と道路を隔てる高い外壁。そして、門の前には硬い表情の男が一人立っていた。
「兄貴、お疲れ様です」
「翔、出迎えご苦労。トランクに荷物がある。話した通り部屋へ運んでくれ」
「はい」
「朔、真彩たちを客間へ案内しろ」
「分かりました!」
「俺は離れに寄ってから行く」
朔太郎と翔という男にそれぞれ役割を言いつけると、理仁は車を降りて敷地内へ入って行く。
「ささ、二人共降りてください! 中へ案内します」
「は、はい! 悠真、降りるよ」
「はーい」
朔太郎に促された真彩は悠真を連れて車を降り、彼に続いて門をくぐる。
すると、広い庭と立派な邸宅に真彩は思わず息を飲み、これから自分はこんな立派な屋敷で働く事になるのだと改めて再確認しては、より一層不安が大きくなっていた。
中へ入り、広い玄関ホールに長く続く廊下、飾ってある風景画や高価そうな壺に驚きながら15畳くらいはありそうな客間へ通された。
「暫くここで待ってて下さい!」
「分かりました」
案内を終えた朔太郎は一旦部屋を出て行き、真彩と悠真の二人きりになる。
「ひろいおうちだね!」
「そうだね」
悠真の言葉に相槌を打ちながら、真彩は改めて理仁について考えた。一体彼は何者なのかと。
金銭面で会社社長か重役と考えていたが、どこかしっくり来ない。それに、優しい面はあるものの時折垣間見える威圧的な面や有無を言わせぬ物言いに、手の甲にあった龍の刺青。
そして何より、先程車内で誰かと電話をしていた際、『うちの組』がどうとか話していた事に強い引っ掛かりを感じていた。
(理仁さんって、もしかして……)
「失礼します」
真彩が結論を出そうとすると襖の外から声が聞こえ、先程門の前で待機していた翔と呼ばれた男が部屋へ入って来た。
「お茶をお持ちしました」
「あ、すみません……ありがとうございます」
そんな彼を改めて見ると、朔太郎よりは表情が硬いものの目元や口元など顔の作りが非常に良く似ている事に気づく。
「あの……ご挨拶が遅れました、私、神宮寺 真彩と言います。この子は息子の悠真です」
「ご丁寧にありがとうございます。俺は海堂 翔太郎、朔太郎の兄です」
きちんと自己紹介していなかった事を思い出した真彩が名を名乗ると彼――翔太郎も名乗り、更には朔太郎の兄だと告げた。
「朔太郎さんのお兄さんだったんですね」
「ええ」
派手めで人懐っこい朔太郎とは違い、大人しく終始落ち着いている翔太郎。
黒髪に少し長めの前髪と表情が硬いせいか、真面目そうというか少し怖い人だと思っていた真彩だけど話してみるとそんな事は無いと気付く。
そして、一人で考えていても埒が明かないと感じた真彩は理仁について翔太郎に質問をしてみる事にした。
「あの……少し聞いても良いでしょうか?」
「俺に答えられる範囲内であれば」
「その……理仁さんについて、なんですけど……彼は一体――」
そう真彩が聞きかけた、その時、
「俺について知りたい事があれば、直接俺に問えばいい。別に隠し事をするつもりは無いからな」
再び襖が開き、離れに行くと言っていた理仁が部屋へ入って来た。