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《JAXA/ISAS 相模原キャンパス/プラネタリーディフェンス作戦室》
朝一番の更新は、
地図の“色”ではなく、
言葉の重さを変えた。
画面に表示されたタイトル。
〈IAWN/SMPAG UPDATE:
IMPACT CORRIDOR CONVERGING ON JAPAN〉
若手研究者が、
喉をならして読み上げる。
「……国際枠組みの最新更新で、
落下地点のコリドーが
“日本列島に収束”しています。」
「“県名~県域”レベルの絞り込みが
ほぼ可能な段階に入った、と。」
スクリーンが切り替わり、
日本地図が拡大される。
格子は、もう“マス目”というより、
ピンポイントの“輪郭”に近かった。
中心ラインの周辺に、
ひときわ濃い帯。
——東日本。
太平洋側に寄った内陸。
「……見えてきたわね。」
白鳥レイナが
小さく言った。
「“県名が言えない”段階は、
終わりかけてる。」
誰も反応できなかった。
喜べる話ではないからだ。
(当たらないで済む“ぼんやりした恐怖”が、
当たる“具体的な恐怖”に変わる。)
(人は、それを“前進”とは呼ばない。)
《国際オンライン回線/IAWN・SMPAG共同ブリーフ》
NASA/PDCO、JAXA/ISAS、ESA、
そして各国政府代表が並ぶ。
アンナ・ロウエルが
淡々と話す。
「——ツクヨミの衝突後に形成された
60メートル級コアは、」
「現在、
“日本列島上空を通過する解”が
統計的に優勢です。」
「コリドーの幅は
急速に狭まり、」
「現実的には
“県域レベルの落下予測”に
数日以内に到達する可能性が高い。」
画面の端で、
ある国の代表がため息をつく。
「……つまり、
“日本のどこか”が
現実になりつつある、ということか。」
白鳥レイナが、
日本側として言葉を引き取る。
「はい。
ただし、最終的な落下地点は
まだ確定ではありません。」
「ですが、
“日本国内を前提にした避難設計”に
本格的に移行する必要があります。」
議長が確認する。
「各国政府には、
自国民向け声明を
準備していただきます。」
「なお、
“核オプション”については——」
その瞬間、
画面の空気が一段硬くなる。
アンナは、
言葉を慎重に選んだ。
「……科学的には
“技術オプションとして存在”はします。」
「ただし、
成功の保証はなく、
失敗すれば被害を拡散させるリスクがある。」
「SMPAGとしては
“最終手段の一つとして
理論上の検討枠に残す”に留めるべきです。」
誰も、軽くは頷けなかった。
《世界各国・緊急声明(ニュースのモンタージュ)》
・アメリカ/ホワイトハウス
ルース大統領が短く語る。
「——我々は、
日本および国際枠組みと連携し、
人道支援と技術支援を最大化する。」
「そして、
“あらゆる選択肢”を
最後まで検討する。」
“あらゆる選択肢”——
その言葉が、
世界に火種を落とした。
・欧州/各国首脳
「日本は一人ではない」
「国際社会は連帯する」
「冷静な情報確認を」
・アジア各国
「在日自国民への注意喚起」
「帰国支援の準備」
「避難チャーター便の検討」
・SNS
〈NUCLEAR OPTION?〉
〈Is Japan going to allow it?〉
〈Praying for Japan〉
〈Japan, please hold on〉
心配と、詮索と、
責任の押し付けが
同じタイムラインに流れ始めた。
《日本・夜の報道特番/AIシミュレーション映像》
番組の冒頭、
大きなテロップが出た。
〈“もし落ちたら”を直視する夜〉
AIが生成したシミュレーション映像が
画面に流れる。
——東京湾岸。
衝撃波がビル群をなぎ倒し、
ガラスの波が街を覆う。
火災が連鎖し、
真っ赤な煙が空を染める。
——茨城の沿岸。
海面が持ち上がり、
黒い壁のような波が
港と町を飲み込む。
道路は分断され、
橋が折れる。
——栃木の内陸。
落下点の周囲が白く光り、
山肌が崩れて土石流が走る。
川がせき止められ、
数時間後、下流域に
濁流が襲いかかる。
ナレーションは淡々としているのに、
映像は残酷なくらい“具体的”だった。
スタジオのコメンテーターが
声を落として言う。
「……目を背けたくなりますね。」
別の専門家が続ける。
「ただ、
地震と違うのは——」
「“来る日が分かっている”ことです。」
「日本は地震大国で、
突然の揺れに備えて生きてきました。」
「でも隕石は、
“その日までのカウントダウン”が
毎日、心を削る。」
SNSの画面が割り込む。
〈見るのが辛い〉
〈でも見ないといけない〉
〈これ本当に来るの…?〉
〈もう無理〉
映像は、
人の心まで揺らした。
《総理官邸・避難オペレーション室》
壁一面に、
避難計画の時系列が貼られている。
『T-10日:受け入れ拠点増設
T-7日:優先移送開始
T-5日:交通制限準備
T-3日:段階避難
T-48h:強制性のある避難指示(条件付き)』
藤原危機管理監が
淡々と進行する。
「県域がほぼ確定しつつある以上、
“対象地域を想定した具体設計”に
移行します。」
「高齢者、透析患者、
妊婦、乳幼児、入院患者——
優先移送のリストを
本日中に統合します。」
国交省が言う。
「車での一斉避難は
詰まりを生みます。」
「“鉄道・バス・船舶”の動員を
国主導で組み、
自家用車は段階制限の方針で。」
厚労省が続ける。
「受け入れ先の病床が足りません。
西日本の基幹病院と
連携協定を前倒しで締結します。」
サクラは
一言も挟まず
資料に目を通していた。
(ツクヨミで削った。
それでも残った。)
(ここから先は
人間が人間を運ぶ仕事だ。)
ふと、
机の端のメモに視線が落ちる。
〈核オプション:
“最終手段”として国際検討枠に残存〉
サクラは、
ペン先をその文字の上で止めた。
(核。)
(考えたくないのに、
考えないといけない言葉。)
(“唯一の被爆国”の総理として、
私がそこに触れた瞬間、
日本の歴史そのものが
この隕石に絡め取られる。)
(でも、
“国民を生き延びさせる”という仕事は、
歴史より優先されるのか?)
答えは出ない。
ただ、
ペンの先が震えた。
《総理官邸・夜の会見》
サクラは、
今日は最初に
“現実”を置いた。
「——IAWNとSMPAGの最新解析により、
落下コリドーは
日本列島に収束しつつあります。」
「県域レベルの絞り込みに
近づいています。」
フラッシュ。
「そのため政府は、
避難オペレーションを
さらに前倒しで進めます。」
「受け入れ先の整備、
医療・介護の移送、
交通計画の段階化。」
「“生き延びてもらうために
できることを全部やる”——
その方針は変わりません。」
記者が手を挙げる。
「総理。
アメリカが“あらゆる選択肢”と言いました。
核兵器の使用も含むのですか?」
会見場がざわつく。
サクラは、
一瞬だけ沈黙した。
その沈黙が、
答えの代わりに見えそうになった。
だが彼女は、
言葉を選び直して口を開く。
「……核という言葉が
国際的に議論の俎上に上がっていることは
事実です。」
「ただし、
現時点で日本政府として
賛否を結論づける段階にはありません。」
「なぜなら——」
サクラは
まっすぐ前を見た。
「核を議論する前に、
私たちには
“今この瞬間から救える命”があるからです。」
「避難。医療。治安。生活。
それらは核では代替できません。」
「政府は今、
その“地上の作戦”を
最優先で進めています。」
「核を含む国際議論については、
国民の皆さんに隠さず、
必要な段階で必ず説明します。」
「そして——」
「私たちは、
“最悪を想定しながらも、
人間として越えてはいけない線”についても
同時に考え続けます。」
会見場が静かになった。
サクラは、
最後に少しだけ声を柔らかくした。
「空は今日も晴れています。」
「でも、
“晴れた空”は
私たちを守ってはくれません。」
「守るのは、
準備と連携と、
そして互いを見捨てない意志です。」
Day10。
オメガ予測落下日まで、あと10日。
落下予測は
「日本のどこか」から
「日本に収束」へと進み、
世界の心配と視線が
同時に日本へ集まった。
そして、
“核”という言葉が
初めて公の空気の中で
影として差し始めた。
空は晴れている。
だからこそ、
怖い。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.