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《国連本部・安全保障理事会 緊急会合 (ニューヨーク主会場/各国はオンライン参加)》
青い国連旗の下、
ニューヨークの安全保障理事会会議場には、
議長国代表と事務局スタッフ、
そして一部の国連関係者だけが座っていた。
その正面の大型スクリーンには、
各国代表の顔がずらりと並ぶ。
ワシントン、東京、パリ、ロンドン、北京——
それぞれの首都や政府施設から、
専用回線で接続している。
日本代表として参加する鷹岡サクラの映像も、
《総理官邸・地下危機管理センター》から
国連本部へ送られていた。
同時通訳の音声が
イヤホンの中で小さく反響する。
場違いなほど静かな会議場。
けれど、その静けさの下では
“核”という二文字が
はっきりと息づいていた。
議長国代表が
低い声で口を開く。
「——ただいまより、
オメガ60メートル級コアに対する
国際的対応について、
緊急安全保障理事会を開会します。」
「議題は一つ。」
「“追加的な最終手段”として、
核兵器による近接爆発を
検討対象に含めるかどうか、です。」
ざわめきは起きなかった。
誰もが、
そこに至るまでの数日を
すでに通ってきていたからだ。
スクリーンには、
最新の落下予測図。
日本列島の上に
細く、しかし逃げ場のない赤い帯。
その中心には、
もはや曖昧さでは済まされない
“日本のどこか”があった。
《同会議・科学ブリーフィング》
最初に発言したのは、
SMPAGの科学代表だった。
「現時点での分析を報告します。」
「第二インパクター“ツクヨミ”の効果により、
オメガのコアは
60メートル級まで縮小しました。」
「しかし、
落下予測は現在
日本列島に収束しつつあります。」
スクリーンに
複数のシミュレーションが映る。
・日本沿岸部に落下した場合
・内陸都市圏に落下した場合
・山間部に落下した場合
どの映像も、
あまりに具体的で
誰も途中で目を逸らさなかった。
逸らしたら、
そのまま責任から逃げる気がしたからだ。
科学代表は続ける。
「追加のキネティックインパクターを
今から打ち上げる時間はありません。」
「通常弾頭によるミサイル迎撃は、
必要な命中精度と発数、
および時間的制約から
現実的ではありません。」
「したがって、
理論上“残るカード”としては
核による近接爆発——
いわゆるスタンドオフ・デトネーションが
議論に上がります。」
別のスライドに切り替わる。
〈利点:
短時間で大きなエネルギーを与えうる〉
〈欠点:
失敗時に破片を広範囲へ拡散させる危険〉
〈結論:
成功の保証なし。
政治的・倫理的・歴史的コスト極大〉
「要するに、
“できるかもしれないが、
やれば必ず救えるわけではない”。」
「そして、
やった結果
被害が拡散する可能性も
十分にある。」
会議室に、
空調の音だけが流れた。
《同会議・各国発言》
アメリカ代表が
最初にマイクを取った。
「我が国は、
核オプションを“最後の手段”として
検討対象に残すべきだと考えます。」
「これは軍事的優越のためではなく、
地球規模の災害に対処する
最終的な危機管理です。」
「選択肢を最初から捨てることは、
人類の責任放棄になりうる。」
ロシア代表が続く。
「我々も、
科学的・技術的可能性を
排除すべきではないと考える。」
「ただし、
単独国家による恣意的運用は
断じて認められない。」
フランス代表は慎重だった。
「“使える”と
“使うべき”は違う。」
「核は
地球を救う道具に見えて、
同時に人類の歴史を裂く刃でもある。」
韓国代表は、
日本を意識した口調で言った。
「予測落下域に最も近い国々の
合意なくして、
この議論は成立しません。」
中国代表も
抑えた声で続けた。
「当該地域の国家と市民の意思を
無視した“人類のため”は、
人類のためではない。」
世界の視線が、
大型スクリーンの一つへ集まっていく。
日本代表回線。
その中央に映るのは、
総理官邸から接続している
鷹岡サクラだった。
《同時刻・ホワイトハウス》
ジョナサン・ルース大統領は、
執務室ではなく
ホワイトハウスの国家安全保障会議室から、
国連安保理のオンライン中継を見ていた。
隣には補佐官、
その奥に軍と科学顧問。
誰も、
軽口を叩かなかった。
ルースは
日本代表回線のサクラを見つめたまま
ぽつりと言う。
「彼女が言う言葉は、
アメリカ大統領の言葉より
重くなるだろうな。」
補佐官が答える。
「はい。」
「“唯一の被爆国”という
歴史的立場がありますから。」
ルースは
短くうなずいた。
「だからこそ、
最後は委ねる。」
「アメリカが“押した”という形にしたら、
この先何十年経っても
正しさを失う。」
《国連本部・安保理会議》
議長が、
日本代表へ発言を促す。
「日本国、鷹岡首相。」
サクラは、
ほんのわずかに息を吸った。
目の前には
マイクと資料。
その先には
各国代表。
さらにその向こうには
世界中の画面。
「……日本は、
今まさに
オメガ落下予測の中心に
置かれています。」
「ですからこの議論は、
抽象的な“理論”ではありません。」
「私たちにとっては、
国民の命と、
土地と、
歴史そのものの話です。」
彼女は、
一枚の紙から目を上げた。
「たしかに、
核兵器による近接爆発は
“技術オプション”として
存在するのかもしれません。」
「ですが、
それは“成功するかもしれない”というだけで、
“失敗しない”とは
誰も言えない。」
「破片が拡散し、
より広い被害を生む可能性もある。」
「しかもそれを、
人類が“核”という形で
選ぶことになる。」
場が静まり返る。
サクラは続けた。
「日本は、
広島と長崎を持つ国です。」
「“核が落ちた後の世界”を、
教科書ではなく
現実として知っている国です。」
その言葉に、
何人かの代表が
視線を落とした。
「今この場で
私たちが問われているのは、」
「“石を砕けるかどうか”だけではありません。」
「“人類は、
地球を守るためなら
核という線を再び越えるのか”
という問いでもあります。」
そこで、
ルース大統領が
アメリカ代表を通じて
発言を求めた。
「議長、
アメリカ大統領からの
短いメッセージがあります。」
許可が下りる。
スクリーンに
ルースの顔が映る。
「鷹岡首相。」
「アメリカは、
最後の手段として
核オプションを支持する用意がある。」
「だが、
その判断は
アメリカだけで下すべきではない。」
彼は、
言葉を切ってから
はっきり言った。
「決断を、
あなたに委ねたい。」
会議の空気が
一瞬止まった。
世界中の視線が
再びサクラに集まる。
サクラは、
一秒だけ目を閉じた。
そして、
静かに言った。
「——唯一の被爆国として、
我々は核を選ばない。」
沈黙。
誰もすぐには
拍手も、反論も、
できなかった。
サクラは、
そのまま続けた。
「これは
感情だけの判断ではありません。」
「成功の保証がなく、
破片被害を拡大させる可能性がある以上、」
「それを“人類の正義”として
認めることはできません。」
「日本は、
この苦しい現実の中でも、」
「避難、医療、受け入れ、
国際支援、
そして生き延びるための連帯によって
向き合います。」
「地球を守るために
人類が越えてはいけない線があることを、」
「ここで示したい。」
《国連本部・会議終盤》
議長が、
各国との最終調整を経て
声明文を読み上げる。
「国際連合安全保障理事会は、
オメガ60メートル級コアへの対応について、
以下を確認する。」
「一、核兵器の使用は
最終手段として理論上の検討枠に残すが、
現時点では採用しない。」
「二、平和的偏向および
地上での人道的対応を最優先とする。」
「三、落下予測域にある日本への
国際的支援・情報共有・受け入れ支援を
最大化する。」
「四、本件における軍事的便乗や
政治的威嚇を許さない。」
読み終わったあとも、
しばらく誰も口を開かなかった。
世界中が、
その沈黙の意味を
探していた。
《SNS・世界の反応》
〈Japan said no to nukes.〉
〈Respect.〉
〈As the only bombed nation, they had the right to say it.〉
〈I’m crying.〉
〈What if they are wrong?〉
〈Brave—or reckless?〉
〈Pray for Japan.〉
賛同の声が広がる。
特に、
広島・長崎の歴史を知る人々や
反核運動のアカウントからは
強い支持が出た。
その一方で、
怒りや焦りも混ざる。
〈Why refuse the last chance?〉
〈Japan is risking millions.〉
〈Moral purity won’t stop a rock.〉
世界は、
完全には一つにならなかった。
だが少なくとも、
“日本の決断”が
ただの国内判断ではなく
人類全体の問題として
受け止められ始めていた。
《総理官邸・深夜》
会見も、
国連も終わったあとの静けさ。
サクラは執務室で
ひとり、窓の外を見ていた。
東京の夜景は
あまりにも変わらない。
(本当に、
これでよかったのか。)
(核を選ばないことで
失う可能性も、
私は知っている。)
(でも、
選んだ先に
人類がもう一度
核を“便利な手段”として
思い出す未来だけは、
どうしても見たくなかった。)
机の上のスマホが光る。
娘からの短いメッセージ。
『見てた。
ちゃんとごはん食べて。』
サクラは、
力が抜けるように
少しだけ笑った。
外の空は、
今日も何も語らない。
けれど世界は、
たしかに
一つの線を越えずに
踏みとどまった。
Day9。
オメガ予測落下日まで、あと9日。
世界は、
“核という最後のカード”を
本気でテーブルに置きかけた。
その前で、
日本は——
唯一の被爆国として、
核を選ばないと告げた。
沈黙のあと、
賛同も、反発も、
祈りも、疑いも、
すべてが日本へ向かった。
だがそれでも、
空から来る石は
止まってはくれない。
ここから先は、
“選ばなかった後の責任”を
背負う時間が始まる。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.