家にいる時、先輩から電話がかかってきた。またなんか分かったのかと思い、電話に出た時、先輩の声が聞こえた。
「でも、ひとつだけ聞かせて欲しい。奇縁ちゃんは人を殺したの?美輝…だっけか?あの女の子は奇縁ちゃんの家にいるのか?」
先輩が何を言っているのか分からず、先輩、と声をかけようとした。でもその時、奇縁ちゃんの声が聞こえて、俺は黙った。
きっと先輩は俺に伝えるために電話を繋いだんだ。奇縁ちゃんを捕まえて、殺人事件を終わらせるために。
「………私は人を殺した。でも、たったの六人だけだよ」
たったの六人?たったの?何がたったのだ。六人も殺しているじゃないか。もしかして、美輝ちゃんのお母さんとお父さんで二人、自分の母親で一人、悠真に美香、そして、玖字なのかもしれない。玖字も、奇縁ちゃんに殺されたのか?
「俳優さんは自殺するし、私が殺したことにはならない。美輝ちゃんは………」
奇縁ちゃんが美輝ちゃんのことを話そうとしたとき、なにか情報が貰えるかもしれないという興奮で、思わず動いてしまった。動いた時、机に足がぶつかり、机がずれて音が鳴った。
電話越しに、ガサガサと音が鳴って、奇縁ちゃんの声がした。
「……これ、どういうこと?」
そこで電話は切られた。
先輩は殺されるのか?いや、自殺とも言っていた。自殺させられる?いや、考えすぎか?
その時、玄関のドアが開いた。
「ただいま〜」
春香さんの綺麗な声が聞こえる。俺はすぐ玄関に行き、事情を説明した。
「遥輝先輩が死ぬかもしれません!!」
「………ぇ?遥輝くんが?」
春香さんは信じていないのか、あまり驚いていない。だから、奇縁ちゃんに殺されるかもしれないということを話した。電話が繋がっていたことも。
「そんな……じゃあ警察の人と一緒に遥輝くんの家に行こ!青也くん!」
そう言って、俺と春香さんは先輩の家に行った。
「……遥輝くん、首吊ってたね…」
受け入れられないというように不安そうに言う春香さん。
「…私、青也くんと付き合う前、遥輝くんと付き合って、暴力振るわれてた。だけど、私を愛してくれてたって知ってるから、なにも言えない。でも、死んで欲しいなんて願ってないし、死んで欲しくなかった」
瞳から涙を流しながら春香さんは話してくれた。
先輩は、縄跳びで首を吊っていた。縄跳びという点に関しては意味がわからないが、なにか首に巻いた縄を引っ張られているような状態だった。
絶対、奇縁ちゃんに違いない。奇縁ちゃんが首を吊るように命じて、中々吊らないから縄を引っ張ったりしたんだろう、多分。
奇縁ちゃんを止めなければ、町は平和にならない。春香さんの安全を守れないんだ。
次の日、俺と春香さんは警察の人何人かと一緒に、奇縁ちゃんが住む木造アパートへと行った。
「…じゃあ、押しますよ」
そう言って俺は、緊張で震える右手を左手で抑えながら、インターホンを押した。
私は警察に色々と話をしてから、児童自立支援施設という施設に送られた。そこでは病院のように検査や診断などがある他、カウンセリングもあった。
そこで私は、だいぶ大変な環境だったこと、大変な精神状況だったことを知った。
カウンセリングでは、なぜ人を殺したのか、なぜそこまで美輝ちゃんに依存したのかなどを聞かれた。
月の指輪は、ずっとつけたままだ。
「なんで人を殺したの…?」
カウンセラーの八百宮通という先生が、私にそう聞いてきた。
「…邪魔だったから。私と美輝ちゃんの幸せにとって」
私がそう言うと、通先生は難しそうな、不安そうな顔をして、また質問をしてきた。
「じゃあ…なんでそんなに、美輝ちゃんに依存するの…?」
通先生にそう言われて考えてみた。
私と美輝ちゃんは公園で会った。それから美輝ちゃんを傷つける美輝ちゃんの親を殺し、邪魔となった私のお母さんを殺した。なんだか、美輝ちゃんが傷ついていると、心がもやもやして、頭がぐるぐるしたから。
「…美輝ちゃんは、私を見てくれた。私とずっと一緒にいてくれた。ずっと一緒にいてくれるって言ったから。私を愛してくれたから」
そうだ。美輝ちゃんの気持ちや、私たちの幸せの邪魔者を消すことばかりを考えていて、経緯なんて忘れていた。
それがいけなかったのか?気持ちばかりを考えて、愛した経緯を忘れることが。人間なんてそんなもの。だけど、それが美輝ちゃんを傷つけた。人間なんだから、それが美輝ちゃんを傷つけて、瞳を濁らせたのか?
もう、なにもわからない。
わからなさすぎて、辛い。
何も分かってあげられないのが、とてつもなく嫌だ。
私は何も分かっていない。
「…っ!?きっ、奇縁ちゃん……っ!?どうしたの…?」
私はいつの間にか泣いていた。それを見た通先生が驚いて焦っている。
「もう……もう…!」
私は大声を上げた。
「もう、わかんないよ…………!!!!」
私は本当に馬鹿だ。
施設に入ってから、何年も経った。私は中学二年生になった。けれど、施設に入って色々と大変だったことで、入学式には行けず、学校に行くのが遅くなってしまった。
あれから、美輝ちゃんとはずっと会っていない。だけど、私は月の指輪をずっとつけている。今でも美輝ちゃんを愛しているから。
人間が最初に忘れるのは声だと聞いたことがあるけれど、声も顔も癖も、なにもかもが忘れられないくらいに愛してるんだ。
施設に入ってからも、ずっと幻聴が聞こえる気がする。
美輝ちゃんが、きふちちゃん、きふちちゃん、とずっと私の名前を呼ぶ。当たりを見回したりしても、見つからず、目を閉じると美輝ちゃんの笑顔が見える。
「奇縁ちゃん」
ほら、今だって聞こえる。ずっとずっと聞こえるんだ。
当たりを見回しても、誰もいない。美輝ちゃんとは会えない。だって美輝ちゃんはあの時の私を見て、私を嫌いになったのだから。
「奇縁ちゃんっ!」
私の肩を誰かが後ろから軽く叩く。それに反応して私は振り返った。
すると、綺麗な青い目に白いボブヘアの髪をした中学生くらいの女の子が立っている。
「久しぶり…奇縁ちゃん、だよね…?」
戸惑いながらそう言う女の子の左手の薬指には、ハートの指輪がはめてある。
「…なんっ、で……私のこと嫌いなんじゃ………」
私が泣きそうになりながら聞くと、女の子は私よりも先に涙を流し、泣きながら笑顔でら言った。
「嫌いになるわけないよ……今でも大好きだし、愛してる。今もずっと想ってるし、ずっと一緒にいたい…」
笑顔でそう言う女の子に私は涙を流した。そして、私も女の子と同じように、泣きながら笑顔で言った。
「っ……久しぶりっ…美輝ちゃんっ……!!」
私がそう言うと、美輝ちゃんは笑った。
昔に見た瞳よりも、更に輝いて、綺麗な青い目で。
「うんっ。久しぶりっ!」