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「あー、髭ぐらい剃りなさいよ。だらしないわね」
「翔兄さん、もうすぐクリスマスでしょ! 私、ノートパソコン欲しいんだけど、安いのでいいからプレゼントして! ねっ、いいでしょう⁉ 最近ね。WEBの投稿サイトに小説UPし始めたんだ。プロの目で添削してくれると嬉しいなぁ」
あれから4年たった今も何もやる気が起きずに、立派なニート生活。
小説家を生業にしていたのに、自分の気持ちが動かない状態で作品など書けるはずもなかった。
落ち込む自分を心配した姉たちの勧めで、転居したのが悪かった。実家まで歩いて行ける距離。
代わる代わる様子を見にくるのだが、静かに過ごしたくても過ごさせてもらえずにいる。
今日は、よりによって一番上の姉が娘を連れて来ている。
早くに母親を亡くした私は、幼い頃から母親代わりに家を仕切っているこの姉には逆らえずにいた。
「そうよ。常日頃からお世話になっている。お姉さまに何かプレゼントを贈ったら良いことが起きるわよ。せっかくの色男が台無しじゃない。早くひげ剃って、出かける支度をしなさい」
重たい腰を上げて、姉と姪っ子に街に連れていかれる羽目に陥った。
駅中に併設されている家電量販店でパソコンを、横にあるデパートでブランドのスカーフをたかられ、おまけに食事までごちそうして別れた。
いや、本当はわかっている。
いつまでも落ち込んでないで、仕事をして、食事をとりなさいとエールを送ってくれているだと。
それでも、重たい石を飲み込んだように気持ちが動かずにいた。
夜の帳が落ち気温が下がり始めた。時折、強く吹く冷たい風が嘲笑うかのように頬を撫でていく。
街のクリスマスイルミネーションは煌めき、世の中の人がすべて幸せであるかのように演出している。
幸せな人ばかりじゃないのに……。
吐く息が白く、夜空に溶けていく。
自宅に帰ろうと足を進めた。
そんな中、フラフラと歩道からガードレールの隙間を縫い車道へと足を踏み出す女性を見つけ、思わず手を伸ばした。
「危ない! 大丈夫ですか?」
掴んだ腕は細く、苦しそうに肩で息をしている。俯いた彼女から小さな声が聞こえた。
「すみません。病院に行きたいので、タクシーを拾いたくて」
ボストンバッグを持っているのも辛そうで、つい、放って置けなくなってしまい、彼女を支えたまま、空いている方の手を挙げた。
「代わりにタクシーを拾いますよ」
支えた手に彼女の体温が伝ってくる。
このままタクシーに乗って、こんなに具合が悪そうなのに、タクシーを降りた後、一人で大丈夫なのだろうか?
ふと、そんな考えが過る。
ここで別れたら心配で後悔しそうな気がして、無理矢理一緒にタクシーに乗り込んだ。
見ず知らずの女性に対してずいぶんなお節介だとは思うが、苦しそうな彼女を支えるのは今は自分しかいない。そんな思いが沸き起こる。
「このままだと心配だから病院で看護師さんに引き渡すまで面倒を見るよ」
俯いていた彼女が驚きの表情で一瞬、顔を上げた。化粧っ気の無い、素顔の彼女の黒目がちな瞳が痛みのせいか潤んでいる。不謹慎にも、その瞳が綺麗だと思ってしまった。