「いたっ! いたたたっ!」
腕に縋りつき苦しい息を吐く彼女を支え、どうしたものかと思いを巡らせるが、ただの物書きの自分では手の打ちようがない。
何も出来ない歯がゆさを味わいながら、励ます言葉を口にした。
「大丈夫ですか? もう少しで病院だから」
「だめ! もう、産まれるっ!!」
「ええっ! 産まれる? 妊婦⁉ コートで隠れて気がつかなかった! もう少し我慢して!」
こんなに細い腕の女性が、まさか妊婦だったなんて……。
寒い冬空の中、何故こんな状態でひとりだったのか気に掛かった。
「ううっ」
額に汗を浮かべ、苦しみに耐えている彼女に戸惑うばかりで、何かをしてあげる事も出来ない。
女性は、大変な思いをして命を産み出すというのに、男というのものは、こんな時に何も出来ないのだ。
いや、以前から自分は何も出来ないでいた。
「ううっ」
突然の出来事に思考が散らばって考えがまとまらない。
今は目の前にいる女性が、無事に病院に着いてくれるように集中しよう。
「大丈夫ですか? あと少しで病院に着きますよ」
「ううっ」
病院に着くと看護師さんが夜間出入り口で待機していた。
これで一安心と、ストレッチャーに彼女を乗せ、ボストンバッグを手渡そうと持ち上げた。
その瞬間、看護師さんから一言。
「はい、パパさんは荷物を持ってついて来て!」
「えっ? ああ」
パパさんでは無いけど、確かにこんなに苦しんでいる人に荷物を渡すのは気が引ける。荷物ぐらい運んであげよう。と、ストレッチャーに乗る彼女と共に病院の中へ入った。
分娩室に向かうために廊下を進んで行く。
ストレッチャーの上にいる彼女が苦しそうに手を伸ばした。
そんな彼女の手を握り、励ます事しかできない。
「大丈夫か? がんばれ!」
激しい痛みを逃すようにギュッと手を握り返してくる。
今は、無事に出産を終える事を祈るばかりだ。
「あー、意外と早く進んじゃったのね。あと3日は掛かると思ったのに」
ベテランの看護師さんは慣れているのか、そんな呑気なことを言っている。
恰幅もよく圧がある雰囲気でこの病院の産科の支配者なのかもしれない。
「うーっ。ううっっ」
「あー、まだ、いきんじゃ、ダメよ。あっ、パパは、こっちで消毒してエプロンとマスク、キャップを付けてね」
「えっ?」
何、もしかして……?
「ほら、産まれちゃうわよ。早くして!」
「えええっ?」
”いや、通りすがりの歩行者Aなんです”と言っても、この看護師さんは聞いてくれそうも無い。でも、本当に通りすがりの歩行者Aなんです。
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