けど、どうしても神に近い妖怪の俺の方が基本的な寿命は長い。
“見送る” 側だ。
結局は、1人なのかもしれない
そんな不安をどこかで抱えていた
「そろそろ、おいとましますね」
話が弾みいつの間にか辺りは暗くなっていた
ずはくんとりりむちゃんも話し疲れたのか椅子に寄りかかり脱力している
「いっぱい話したね〜」
りりむちゃんが背もたれから起き上がり俺の方を向く
「お前は喋りすぎな」
寄りかかったままのずはくんがサラッとりりむちゃんを煽る
「葛葉もでしょ」
その挑発を慣れたように言い返し、俺の手を握った
「またいつでもきてね!!いいむと葛葉はここにいるから」
にこっと配信している時から変わらない、八重歯が見える可愛らしい笑顔を向け、ゆっくり手を離した。
「次はいちごみるく持ってきてくださいよ」
いつの間にか立ち上がったずはくんが、言った
彼なりの気遣いと次の約束だろう
「そうさせてもらうっす!」
お馴染みのピースサインをして、2人に笑顔を向けて光の中に帰って行った。
ーーー
一通りの挨拶が終わった。
あとは、元いた神社に帰るだけ。
光の中は日向のように暖かいが、心の中には少し影があった
現世から離れるのはいつぶりだろうか
寂しさと現世への執着が心にからまり、複雑になる。
そんなことを考えていても、俺に戻る場所はない。
そんなことを考えていたらいつの間にか光の中から外に出ていた
あちらとは時間軸が少し変わっているため、こちらはまだ夕焼けの時間帯だった
辺りは暖かなオレンジ色の光に包まれている
赤い鳥居の真ん中をゆっくりと通る
そういえば、いつしか刀也さんに言われたな
「ガっくん、鳥居の真ん中は神様が通るところなので通っては行けないんですよ」
鳥居の隅を通る刀也さん
「とーやさん、俺神様っすよ」
刀也さんは、そうだったとでも言いたげな顔をした
「それでも、一緒に端を通ってください。人間の僕に合わせてくださいよ。お稲荷様」
いつもの声で笑い、刀也さんにうるさいと言われまた笑う。
そんな会話さえも思い出として残っていた。
神社の鳥居を通り、社の中に入る
長年居なかったため、埃や蜘蛛の巣がそこらじゅうに張り付いていた
襖や障子を開け風の通りを良くし、小さく手のひらの上に息を吐いた
これは、掃除をする時の簡単な術
忽ち、あちらこちらから汚れや埃が舞い上がり金色の光と混じりながら消えていった
小綺麗になった部屋に足を踏み入れ、座布団に座ると急に実感が沸いた。
あぁ、俺ほんとに戻ってきたんだ
また、苦しくなった
受け入れなくないと体が拒んでいた
心を整理する時間が必要だった。
少し体を休め、社の外に出た
現世とは違う服装や容姿になり、歩くのが難しく感じる
ここは時間が進むのが遅く、まだ少しばかり外は明るい
川の方へ行き、水を汲み上げ、供えられた魚や野菜、果物を風呂敷で包み社へ戻った。
台所で長い髪を後ろで束ね、調理を始める。
台所でカレーを作ってくれていた刀也さんの後ろ姿を思い出す。
「ガっくん、カレー作りましたよ」
声が頭の中に響く
刀也さんが動けなくなってからは、俺の仕事だった調理、慣れているものの何故かぎこちなくなる。
気持ちのいい野菜を切る音が部屋に響く
社の外からも料理の香りがした
周りの家々も夕飯の支度を進めているのだろう
自分の他にも誰かいることを実感する
今日の夕飯は暖かい鍋にした
こっちの世界ではもう秋から冬になろうとしていた。
居間の火を付け、身を暖めながら鍋か煮えるのを待ってた
誰かが家の戸を叩いた。
誰だろうここの家を知っているのは、この世界の宮司と神に近いものと神だけだ
恐る恐る戸を開ける
「がくさんこんばんは、夜分遅くにすみませんね。」
戸を開けた先には、巫女服の狐。フミさんが立っていた。
手には淡い緑色の風呂敷を抱えており、少し寒そうに手をさすっていた。
「フミさん、こんばんは、お久しぶりですね」
フミさんは、何か言いたげな様子をしていた
「今鍋を煮ているところなんです。良かったら食べていきませんか」
フミさんは、ちらりと鍋の方に視線を向け、俺の方に視線を戻した。
「そんなつもりはなかったのですけど、お言葉に甘えましょうかね。」
軽い笑みを向けた。
フミさんが通りやすいように戸を広く開けた。
お邪魔します とフミさんが俺の前を通る時に、うっすらと懐かしい白檀の香りがした。
押し入れの中から、座布団を出した。
「がくさんがこちらにも戻ってきたと、風の噂を聞いて寄ってみたんですよ。」
フミさんが、差し出した座布団に座った。
思い出したかのように、緑の風呂敷を膝の上に置き広げ、中の白い箱を渡した。
「これ、手土産です。大したことないものですが」
フミさんから渡された白い箱を開けると、もみじ饅頭のようなものが綺麗に並べられていた
あとで、お茶と一緒に食べようかな
「ありがとうございます」
フミさんは、風呂敷を畳みながら話し始めた。
「がくさんが帰ってきたと聞いて驚きましたよ。理由は、我の勝手な憶測ですがわかっているつもりです。」
冷えた手を鍋が置かれている囲炉裏に向ける
「何十年ぶりですかね」
こちらに視線を向ける
「そうですね。フミさんは、いつ頃こちらに?」
「我は、星川が天に行った時ですかね。その頃には、長尾さんも桜魔皇国に甲斐田さんと弦月さんと共に帰りましたし、これといった心残りもなかったので、山神とまた会う約束をしてこちらに帰りました」
囲炉裏の火が赤い火花を出して綺麗に燃えるところを2人で見ていた。
「そろそろ鍋が煮えきりますかね」
フミさんがポツリと静かに言った
鍋の蓋を開けると、白い湯気が一気に放たれ上にのぼって行った。
フミさんが気を利かせて小分け用の茶碗を台所から取ってきてくれた
フミさんから茶碗を貰い、均等にふたつの茶碗によそっていった
「いただきます」
2人で手を合わせ、まだ熱い具を食べ始めた
「熱いけど、美味しいです」
フミさんが豆腐を食べながら言った
予想より熱かったのか涙目になっていた
「良かったっす!」
ピースをしながら、くしゃりと笑った。
鍋の具も減り、終盤になり会話も落ち着いた。
「今夜は、冷えるそうですよ」
まだ温かい緑茶をゆっくりと胃に流しこむ
「もう、秋ですね。」
茶碗を置き、緑茶を両手で包んでいるフミさんが寂しそうな顔をした。
「あの頃の数十年は、あっという間でしたね」
「俺たちにとっては、短い数十年でしたね。」
二人の狐。神と神に近い狐。
二人にとっての数百年、数十年は長くはないものであり、流れゆく日々
何度看取っても、何度新たに出会う繰り返し
俺とフミさんは、同じ世界の神様
いつだって、人というものを見守ってきた
しかし、本当の姿をここの人には見せてはならない。
初めて神として狐として、出会った人ともすぐに別れの時がくる。
彼らと俺たちの寿命は悲しいほど違う
「みんな元気にしてますかね」
「少なくともさっき話した人達は元気そうだったぜ」
「我も会いに行こうかなー」
「山神さんもフミさんに会いたいと言ってましたよ」
「そういえば、山神とも数年は会ってないな」
「ここにいると時間軸とか感覚が鈍くなるっすよね」
「ここはだいぶ時間がゆっくりだからね」
なんのたわいもない会話。
それが日常の幸せの一部分であるこに変わりは無い
神に近づけば近づくほど、人としての感覚が鈍くなる、元より人として生まれてきたわけでもないが、人というものから離れた容姿、寿命になっていく
烏天狗は、元より神よりかは人に近い生き物であるからして、感覚は鈍らない
神である俺たちは、傷を負うことすらない
稀に負ったとしても数秒で回復してしまう
そんな便利であり死ぬことの出来ない不便な身体
「どうです、あの頃に戻りたいと思いますか」
少し意地悪な質問を投げかける
「戻りたくないと言えば嘘になる」
「本当は会いたいんだろ?」
フミさんは、眉を八の字にして困ったような笑顔を作り息を吐いた
「そうですね。でも、どんなにこの生まれ持った力を使おうが、がくさんと協力しようが、死んだ人はゾンビのように蘇らない。もし、できるとしてもやっては行けない行為だし、この世の理を崩す訳には行かないからな」
「その通りっすね」
やってはいいこと、いけないこと。
例え神であっても女神であっても制限がある。
フミさんやお女神様は確かに魔力はかなり消費はするが、人を蘇らせることはできる。
しかし、それは世の理を崩すことになる。
第一出来たとしても、どんな姿でまた生まれてくるのかもわからない。
“魂”こそは同じでも”入れ物”である形が変わるかもしれない。
「がくさんは、これからどうするんですか。帰ってきたとてすることはあまりないでしょう」
「ゆっくり暮らしますよ」
「何事もなかったかのように?」
無言で頷く
俺の回答は、少し期待はずれだったようでフミさんは「ふーん」と薄い相槌をした
「何百年後俺たちはどうなってますかね」
「そんなこと神にもわかりませんよ」
頬杖をついたフミさんが視線を下に向けながら言う
「俺は、また刀也さんたちとどんな形であれ暮らしていることを夢見ますよ」
___夢はいくら見てもかまわないですから
いつかの誰かが言っていたな、そんなこと。
「それなら我も夢見ましょうかね」
そういってフミさんは立ち上がり、風呂敷を持った
「長居するのも悪いのでそろそろ、お暇しますね」
草履を履いて戸へ向かった
その後を俺は続いて行った
「夜に女性を一人で帰す訳にも行かないので、お見送りしますよ」
すると、フミさんは振り返った
「我を誰だとお思いで?」
いたずらっぽい口調で人差し指を立たせる
「だとしても、一人の女性ですから」
そう言うと、「もう、やだ」と照れくさそうにフミさんが背を向けて歩き始めた
「それでしたら、よろしくお願いします」
フミさんの家である社まで最近の世間話をしながら見送って行った
フミさんの家は、特殊な結界と道順を越えなければ着くことのできない場所にある
そのため、普通の妖や人間などは入ることすらできない
「ここまでで、大丈夫です。もうあとは、結界を跨ぐだけですから」
俺は無言で頷き、手を振った。
「それでは、また後日」
金色の光が粉のように降りかかり忽ちフミさんの姿は見えなくなった
結界内に入ると姿が外からは見えなくなる
だから、場所すらもわからずじまいなのだ。
ーーー
作者 黒猫🐈⬛
「まどろみのなかで」
第4話 狐も神様も
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続く
コメント
5件
無断転載として通報してもいいですか?
本当に好きです