頭を引き裂かれたような痛みで目が覚める。
日光に目が慣れてから周りを見渡す。得られた情報は3つ。今が恐らく午前中であること、ここが桜ヶ丘高校の教室であること。そして、この教室が無人であること。いつからか始まった激しい頭痛に耐えながら、状況を確認するためスマートフォンに手を伸ばす。今は5月21日、日曜日、午前10時32分。普段なら電波が繋がるはずの桜ヶ丘高校だが、スマートフォンの左上には『圏外』の文字が光る。なぜ自分が此処にいるのかを考え、昨日のことを思い出す。特別不思議な事は無かったように思える。しかし、昨日の夜、正確には21時ほどから今までの記憶がすっぽりと抜け落ちている。
不意に教室のドアが弱々しくノックされる。
「誰か…居ますか?」
聞き覚えの無い、女性の声だ。
「ああ、居るけど?」
言いながらドアを開ける。目の前の女性は、驚きと安堵が混じり合ったような表情で話し始める。
「突然教室で目が覚めて…」
長く艶のある髪、整った顔、何か遠くを見つめているような目、透き通った白い肌。女性にしては高い背もあり、制服を着ていなければ大人の女性と思うだろう。その姿に合わない可憐な声が言葉を紡ぐ。
「家に帰ろうと思ったんですけど、玄関には鍵が掛かってましたので…誰か居ないかと探していました。」
どうやら我々はこの桜ヶ丘高校に閉じ込められてしまったようだ。彼女によれば窓にも鍵がかかったまま開かないように壊されており、この学校の窓はは強化ガラスとなっており窓からの脱出は現実的ではない。
「私、喜谷苓と言います。1年C組の。」
キタニレイ。何処かで聞き覚えのある名だが、何処で聞いたのか思い出せないので、さほど重要なことでも無いのだろう。
「俺、多賀康生です。1年…」
此処まで言いかけて、自分のクラスを思い出せないことに気づく。間違いなくこの学校に毎日通っていたはずであり、思い出せないわけがなかった。壁に貼ってある学級通信を目をつける。『1年A組の学級目標が決定しました!』この教室は1年A組のものなのだろう。
「…A組です。」
組を答える間を誤魔化すように苦笑いを顔に浮かべ、自分の先程までの出来事を語る。
「大体は私と同じですね。起きた時間が違うぐらいで…何者かに此処に連れられたと考えるべきでしょうか?」
確かに、何者かに連れられてきたと考えるのが1番自然だ。
「誘拐?いや、だとしたらもっとしっかり監視するはず…」
俺の独り言に同意する様に喜谷が頷く。不気味な沈黙がしばらくの間2人を包み込む。沈黙に耐えきれなくなり、俺が口を開く。
「職員室に玄関の鍵があるんじゃないか?」
「鍵は無かったと思いますが…しっかりと確認していなかったのであまり覚えていませんね…」
2人で目線を交わし、小さく頷く。三階まで階段を駆け上がり、職員室のキースタンドを確認する。
「玄関とプール、それに道場の鍵が無いようですね。」
プールと道場には非常口があり、外に出ることができる。鍵がないのはそのためだろう。
「他に出入り口、なかったっけ?」
2人の間に流れる絶望感をかき消すように口を開く。
「非常用の避難梯子が視聴覚室のベランダ、各階の最北と最南の教室のベランダにありますね。ベランダに出るには窓の鍵を開けなければいけませんが。あとは…」
突然、廊下と各教室に配置されている、校内放送を流すためのスピーカーから流れたノイズが喜谷の声を遮る。
「痛っ!」
声をあげてしまうほどの頭の痛みが突然襲いかかる。
「大丈夫…ですか?」
「いや、突然頭が…」
事情を説明しようとした時、喜谷が膝から崩れ落ちる。
「喜谷さん!?大丈夫!?」
俺の声など聞こえていないようだ。気を失っているのだろうか。肩を揺すっても反応は見られない。そのうち、三日間眠っていなかったような、凶悪な眠気が俺を襲う。
職員室の前で、2人は倒れ込んでいた。
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