[治編]
玄関の鍵が回る音がした瞬間、🌸は思わず背筋を伸ばした。
キッチンには、治の大好物の唐揚げと、白い湯気を立てているご飯。味噌汁は治に合わせて赤だし。
「完璧……!」と小さくガッツポーズする。
「ただいまー……って、え? なにこれ」
靴を脱ぎかけたまま、治が目を丸くして固まった。
いつもは感情の起伏が小さいはずの彼が、分かりやすくテンション上がっている。
「おかえり、治。今日は頑張ったでしょ? 食べよ」
「……は? かわええやん」
ぼそりと零した声。
けれど次の瞬間にはすでに🌸のそばへ来て、迷いなく抱きしめてくる。
「待ってたんやろ? 俺のこと」
「当たり前やん」
「はぁ、好き。ほんま独り占めしたいわ」
普段はクールなはずの彼が、腕に力を込めて離さない。
“食べること大好き”な男が、目の前の唐揚げよりも彼女を選ぶなんて。
「ご飯、冷めちゃうよ?」
「ほな、あっためたらええやん。……俺が先」
「なにが?」
「構ってほしいっちゅーこと」
強気なはずの彼が甘えるように頬をすり寄せてくる。
彼の独占欲が、肌越しに伝わる。
「治ってさ、ほんまに甘えたやな」
「🌸にだけや。ほか誰にすんねん」
「ふふ。知ってる」
彼女の言動が侑より一枚上手なことは、治もずっと前から理解している。
勝負事では負けず嫌いな自分も、🌸の前では勝ち負けより“一緒にいたい”が勝つ。
「ほな、食べよか。冷めたらもったいないし」
「あ、俺唐揚げ二個多めな」
「は? なんでやねん。私の方が先に作ったんやで?」
「負ける気せえへんから」
「勝負ちゃうわ!」
笑い合いながらテーブルにつく。
治は一口食べると、静かに目を細めた。
「……うますぎて惚れ直した。責任とれよ?」
🌸の心臓が跳ねる。
言葉少なくても、想いはしっかり伝わってくる。
治は口いっぱいに白ごはんを詰め込んで唐揚げを頬張る。
彼が唐揚げを食べるたびに、
“好き”がまた一つ増えていくような夜だった。
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