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灰の匂いが消えぬうちに、飢えがやってきた。リーゼの体は、神を喪ってなお「神の肉」を求めた。
夜の街に隠れながら、彼女は手を震わせて唇を押さえた。
腹の奥で、鈍い音がした。
祈りの代わりに、空腹が神の声になっていく。
最初のうちは、必死に祈って耐えた。
公園のベンチで目を閉じ、「これは罰だ」と自分に言い聞かせた。
でも――夢の中にまで、血の味がつきまとった。
神還の儀で食べた肉の、鉄の匂いと温かさ。
あれは信仰だったのか、ただの欲望だったのか。
どちらにせよ、もう戻れない。
ある夜、空腹に耐えかねて、リーゼは街外れの廃屋に迷い込んだ。
鼠が死んでいた。
小さな影を前に、彼女の手が勝手に動いた。
祈りでもなく、意志でもなく、ただの衝動として。
――それは、まるで聖餐のようだった。
喉を通る瞬間、涙があふれた。
罪の味は甘く、体が温かくなる。
「神さま、ごめんなさい……でも、生きたいの」
その夜から、彼女は“生きること”と“罪を重ねること”を同じ意味で感じるようになった。
数日後、倒れていたところを保護された。
意識の端に、あの白衣の女の声が聞こえた。
「あなたは汚れてなんかいないよ。
食べたくなるのは、生きようとしてる証拠。
……だから、もう一人で苦しまなくていい。」
目を開けると、そこは白い天井の部屋。
窓の外には鉄の格子、そして穏やかな匂いの漂う小さな病院。
狂犬がるるが微笑んでいた。
「ようこそ、どくた精神病院へ。
ここではね、罪も病も名前を変えるの。
“依存”は“愛”に、“飢え”は“救い”に。」
リーゼの目に、涙が滲んだ。
胸の奥で何かが呟く――この人の肉なら、きっと許される。
彼女の中で、信仰の形がゆっくりと変わっていった。
祈りの代わりに、がるるの笑顔を思い浮かべるようになった。
飢えの代わりに、がるるの声を噛みしめるようになった。
血の代わりに、愛を飲む。
それが、彼女の新しい祈りだった。