「木更津さん……?」
「さっきまで元気に動いてただろうが……どうしちまったんだよ、木更津」
「何かあったんでしょうか。一緒に動いていたようですが、知りませんか?」
「いや、私は何も。先程まで私が抱えていただいていたのですが……」
指揮、天竺、小指の三人が心配そうにこちらを見ている。
頭が異常に痛くて、指揮をおろした瞬間に地面に倒れこんでしまった。
頭痛なんて普段ないから慣れていないのもあり、起き上がるのが困難だ。
おかしい。
俺だって元気なつもりだった。
俺より銃で撃たれた指揮の心配をしてくれ、と言おうとした瞬間にこれだよ。
これじゃあ俺のが心配になってしまう。
相変わらず、俺の方ばかりを見ている三人。
もう俺のことは見捨ててくれ。
お前たちは三人で合ってるはずなのに、4とか5とかに見えてくる。
と思えば、1人に重なっているようにも見える。
遂に声すら聞こえなくなった。
口パクで読み取れる範囲だと、大丈夫、とかなんとか言えよ、とか言われている気がする。
俺だって声を出したいのだが。
声の出し方すら忘れてしまったんだ。
喉に力を込めて、出したいセリフを脳裏に出すと言う単調な動作が、俺にとって非常に面倒な動作に思えた。
それほど、今の俺は人間じゃないみたいになっていた。
痛みが消えたと思った瞬間、俺の中でまたアレが上映され始めた。
前回は霧斗の方の兄貴に関してだった。
走馬灯を人生で二回も見るなんてありえるんだろうか。いや、今回で死ななかったら三回か。
今回は何かな。変にのんきになりながら、俺は意識を手放した。
*
ある真夏、俺と霧斗は始めてくる神社に来ていた。
神社の奥に、俺達にそっくりな一人の青年が座っている。
服がかなり特殊で、神主とかが着てるような服と似ているが、それよりももっとシンプルな感じで、神に仕える役職ならシンプルすぎる、というか服の要素が足りてなさすぎるし、かといってなんも役職無いやつにしては意味わからん服。という塩梅。
俺、というか霧斗に気付くと、神社の奥からどたどたと足音を鳴らして走ってきた。
神社なのに走っちゃダメだろ。という話はさておき。
青年が俺達の目の前に来ると、霧斗が俺の疑問を遮るように、彼の紹介をした。
「こいつがお前のもう一人の兄貴。前にいるって話したよな?挨拶してやれ」
「へー!初めまして!星斗っていいます!!」
と言って、俺は青年に飛びつこうとした。
すると、青年は大きくのけぞり、俺から遠ざかった。
「……触るな!!」
「え……」
俺が唖然としていると、霧斗が俺を手で制し、ギリギリ俺にも聞こえるくらいの音量で青年に何かを伝えた。
「あいつは俺と違って普通の体質だから、お前に触っても大丈夫。この話してなかったな、悪い」
「え、でも兄弟だし体質は同じなんじゃ」
「……色々あるんだよ。とにかくあいつは大丈夫」
当時何も知らなかった俺には、話の内容よりも兄の態度が気になっていた。
霧斗が俺に謝ったことなんてあっただろうか。
普段から当たられている。二日に一回は体に傷を作っている。
でも、こんなちっぽけなことで青年には普通に謝っている。
俺が一体何をしたって言うんだろう。
「さっきはごめん。特に気にしないで。改めて、木更津切斗。よろしく」
「よろしくね、もう一人のお兄ちゃん!!」
今度はいけるらしいので、俺は切斗に飛びついた。
触られること自体慣れていないのか、切斗は霧斗の方をチラチラ見て助けを求めている。
霧斗は、俺達から少し離れた位置でじっと見守っている。
俺の方を見ているように感じた。というか、俺に向ける視線が切斗に比べ鋭かった。
やっぱり俺の事が嫌いなんだ、と子供ながらに思っていた。
逆に言えば、切斗の方は異常に優しい。お母さんが生きてた時に飼ってたペットに向ける目みたいだ。
過去に一回は会ったことありそうな感じはしていたが、その時にめちゃくちゃ親密になったのか、どうやら俺よりも切斗の方が大事らしい。
霧斗は家でよく俺に当たっていたし、その視線とかが予備動作になっていたのもあって視線には敏感だったが、俺と切斗の間に何か優劣があるのは確かだと感じた。
しばらくして、興奮冷めやらぬうちに怒涛の質問タイムが始まった。
「もしかして、神社に住んでるの?」
「そうだ」
「神社に住むのってどんな感じ?神様と毎日挨拶したりするの?」
「えっ、あー……まあそうかな……」
この質問だけ明らかにばつが悪そうにしていた。
まあ、神器になっているわけだしこんな反応になるのも無理はないが。
「そうなの?やっぱり神様はいるんだ!どんな神様なの?」
「女の神様だよ。正義感が強くて明るい、いいやつ」
「へー!会ってみたいなあ」
「……きっとそのうち会えるよ」
「ほんと?じゃあ、神様に会えたら報告しに来るね!」
「楽しみにしてる」
その後、色々ゲームをして遊んだ。
話している時よりかなりハイテンションになっていて、つられておかしいテンションで遊びをしていた。
新鮮でとても楽しかった。
三時間ほどいた後、そろそろ帰ると言う話になった。
「そろそろ帰るぞ」
「えー、まだお兄ちゃんと遊びたいのに」
「お兄ちゃんならここにいるだろ」
(殴ってる記憶ないのかこいつ……)
「まぁ、また遊びに来てよ」
「切斗、次いつ来ればいい?」
「次?えっと……6月の初週末ならいつでも」
「じゃ土曜で」
「6月にまた来るの?やったー」
「え、あー、うん」
「そ、そうだね」
この時、なぜか兄二人から気まずいオーラが出ていた。
今となっては理由は明確だが、昔の俺にとっては兄の信用が少し落ちるイベントだった。
兄二人は俺に何か重要なことを隠しているんじゃないか。そう思えてならなかった。
とはいえ、神社で罰当たりなことばかりできたのは面白かったけど。
*
「起きませんね」
「顔色がすごい悪くて心配なんだが」
「真っ白ですもんね……」
木更津さんはしっかりと目を瞑り、全く起き上がらなくなった。
汗を大量にかき、険しい表情で倒れている。
「……どうします?」
「起きるの待つか?」
「安静にしときましょうよ」
「……ん?」
しばらく動かない木更津さんとにらめっこをしていると、木更津さんが何かを握っていることに気付いた。
黒い色の、丁度人の腕くらいの大きさのもの。
いや、実際に人の腕のようにも見える。
その腕をしっかりと木更津さんが握りしめている。腕を腕で。
その黒い腕が、だんだんボロボロと崩れていっている。
やがて、その腕は木更津さんの腕の中で崩れ落ちた。
その瞬間、私たちが待ちわびていたことが起こる。
「……なんか急に体調よくなったんだけど」
「木更津さん!無事だったんですね」
「てっきり死んだのかと」「死んでねーわ」
「でも、どうして急に倒れたんですか。びっくりしましたよ」
「こっちが聞きたいぐらいだ。なんか突然頭痛くなって、喋れなくなってた」
「大丈夫そうで何よりですが、貴方が握っていた腕のようなものが崩れてしまったようなのですけれども」
「あー、あれ?第一ゲーム終わった後に俺が一人で最下層にいた時あったろ、その時に見つけてさ。なんか持っとけって言われてたんだよな。もしかしたら、あれがお守りになってくれてたのかも」
「スピリチュアルしすぎだろ」「スピリチュアルは動詞じゃないですよ……」
「……ではそろそろ行きますか」
「行くって……大広間か」
「はい、私たちの最終決戦ですね」
「bloodをぶっ飛ばしに行くんだよな」
「作戦は覚えてますか?」
「なんとなく」「多分平気だと思いますけど」「いけるって。うん」「不安ですね……」
「でもbloodの能力分かんねぇしな。確定で効く技が禁忌の能力しかねぇって、地味に怖いよな」
「作戦が通じないかもしれませんから」
「とはいえ、通じる前提で戦うしかありませんよ」
「鬼強そうなんだけど」
「長期戦になればなるほど勝利は遠のきそうですね。火力面は貴方と切斗さんにかかってます。私達で時間稼ぎはしますので」
「頼んだぞマジで。俺ら兄弟が片方ダウンしたら余裕で負ける」
「まあ、こちらには秘策がありますから。ね?」
「本当に上手くいきますかね……」
「上手くいってくれないと困るぜ」
その後、大広間に着くと、もうすでに切斗がいた。
こちらの作戦を伝えると、本当に勝てるかもしれない、と小さく呟いた。
とはいえ、この戦いは些細なミスが命取り。特に俺ら兄弟にとっては。
そして秘策。いまいちできるかわからなかったが、切斗によれば可能とのこと。
切斗は神化香というアイテムで一時的に霊媒体質ではなくなっている。
天竺と小指が取ってきてくれたらしく、切斗は
それにより、飛行船を動かす根幹システムを担う黄楽天を追い出し、切斗は今自由になった。
黄楽天を殺すために切斗が死ぬ、なんてこともなくなったのだ。
さあ、後は戦うのみ。
魔法使いが地に落ちて、俺達の最後の戦いは幕を開けた。
*
吹き抜けになったバルコニーから大広間を眺める。
まだ切斗しか集まっていないらしく、一人で腕時計と地面を交互に見ている。
当然bloodもいるが、神化香の効果で霊媒体質を解除したのか彼には見えていないらしい。
神化香がまともに機能しないと切斗を救えないので、とにかく機能してくれてよかった。
俺は未だに迷っている。
俺の気持ち……と言えば聞こえはいいが、要は欲望と言うべきか、それに従う方法だって俺にもあったはず。
それよりも兄貴としての、「模範的なお兄ちゃん像」を優先した。
世間からの目、みたいなものを感じたのだろうか。
俺にしては珍しく優等生を目指している。
吐き気を催す邪悪の権化のような俺が、天使、いや神様に従う高貴なものを目指そうとしている。
そんなことはどうでもいい。あと数分で計画は完成する。
バルコニーの手すり部分に腰掛ける。
bloodは、数分前まで俺と喋っていたのが嘘みたいに一切喋らなくなった。
話していても、あいつにも色々あったんだなーくらいにしか思わなかったけど。
それくらい、今の俺は非常に緊張している。
星斗たちも大広間に到着した。
天竺、小指、指揮、星斗、切斗の5人で挑むらしい。
何か作戦だの秘策だの話している。これなら勝てそうだ、とか平和そうな言葉が聞こえてくる。
実際勝てると思う。bloodの戦力および実力を知っている俺からしても。
あいつらもあいつらで何か策があるなら、猶更勝てると思う。
俺としては心残りが多い。
謝れなかった。”あいつ”に。
これが、この計画が、この行いが”あいつ”に対してせめてもの償いになることを。
過去を変えられたならと何度願ったことか分からない。
それくらい俺は過去に酷い事をしてしまっていた。
一番は、”あいつ”の笑顔を見たかった。
結局、この気持ちが捨て去れない自分を、気持ち悪いと突き放してくれなさそうなあいつ。
普通に笑ってくれればよかった。
普通に笑わせればよかった。
どうしてあんな方法でしか笑わせられないんだ。
弟にあんな感情を持つなんて、兄失格じゃないか。
bloodが俺の方を見上げる。
しばらくして、勇者パーティーも俺の方を見上げてきた。
そろそろ始めるのか。いや、始めよう。
最初で最期の戦い、および償いを。
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