前回の続きっ
それからは毎日のようにエーミールの元へ通った。彼の喜びそうなものを選び、手土産を持っていく。それが日課だった。
手土産をあげた、その時に見せる彼の嬉しそうな表情が最近の癒し。グルッペンにも会ったのだが、これまた随分と大物になりそうな雰囲気にまたもや少し怖じ気付いてしまった。まあエーミールとも仲良くしているようだし、彼はかなり社交的な人物なんだろうと常々思う。俺は今日、手土産に福寿草の花束を抱え、エーミールの反応を予想し、独りでにクスクス笑いながら山道を降りていった。
嫌な予感がする。その一言に尽きた。火薬、鉄、焦げ臭さ、それら全てが鼻におしよせる。 この感覚は何所かで知っていた。人々の叫び声が、耳を劈くような悲鳴が、痛いほど聞こえてくる。俺の足は危機感からか、次第に速くなっていき、急いでエーミールのいるフューラ様の軍のある方向へと駆けていった。
それは酷い有様だった。
数多くの家が燃え、焦げた死体が視るも無残な形となって転がっている。逃げまとう人々を横目に俺は頭の中で瞬時に状況を察した。
『戦争だ。』
俺の足は考えるより先に動いていた。なんとかあいつらを助けなくては。そんな一心で走り出す。敵兵だと思われる人物達などこの大蛇の末裔に適うはずがない。ただ、彼らが手遅れでないことを祈って一直線に軍の方へ向かった。
奥へ進む度に炎の勢いが増している気がする。黒い煙が視界を奪っていく。苦しい苦しいとでも言うように口がハクハクと動き、頭が白くなっていくがそれら全てを振り払う様に頭を横にブンブンと振って意識を戻せば、ふと目の前におろおろとした子供がいた。
zm「エーミール!!!」
em「ゾッ、ゾムさん!!!」
今にも泣き出しそうな顔でこちらを向くエーミール。俺はエーミールに駆け寄った。
zm「エーミール!怪我はな、っ!足、転んだん?はよ直さな…!」
em「ゾムさん!それよりグルッペンさんが!!!」
酷く慌てた様子でエーミールは大声を出す。その言葉に、俺もハッとして彼の指差す方向を見た。そこには倒れ込み、うずくまって痛みに耐えるグルッペンの姿があった。
zm「グルッペン!!!」
gr「っ、ぐっ…ふっ…」
左足を押さえ、痛みをなんとかしようと一定の間隔で息を吐き出すグルッペンの足は、随分と血まみれになっており、折れたのか左足首がプランとしていた。顔から血の気が引いていく。俺はグルッペンを抱きかかえた。
zm「…そうだ……サビアの野郎は……!」
em「ぁ……え…」
em「サ…ビア様は…多分……もう…」
zm「っ……そうか…」
sb「フフ、これで良かったのだ。これで…」
燃えたぎる炎の中、出口すら塞がれた密室で呟く
それにしても、俺にしては随分と大きいガバをしたものだ。まさか敵国に隙を見せてしまうとは。情けないな。もう少しでゾムがつくハズだ。そうすれば、きっと子供は助かる。俺が体を張って小さな窓から逃がす事ができた子供たち。あいつらに今後を託すにはまだ少し速かった気もするが、まぁいいだろう。
薬指のエメラルドの指輪。そっと胸に押し当てる。俺はそっと贅沢な走馬灯を視るために目を瞑った。
最愛の彼女がこちらに微笑んでいる気がして。そっと机に伏せた。もう目も開かない。俺は笑った。
「ゾム…グルッペンたちをよろしくな。」
蚊の鳴くような、はたまたほぼ空気を吐くような声だったかもしれない。誰にも届かなかった言葉は既に煙に包まれていた。
?「…安心しろサビア。よく頑張ったな。褒めてやろうではないか。後はアイツらと母上に任せよう」
酷く優しい声色で、そっと彼の頭を撫でる彼女にはまだ誰も気が付かない。彼女の薬の指に光るエメラルドの指輪は、彼と同じものだった。
その後、俺達は一度安全と思われる避難場所へ向かい、折れたと思われるグルッペンの左足首の応急処置を行った。後に知ったことなのだが、彼の…サビアの元で幹部として働いていた者がスパイだったらしく、情報が敵国に漏れてしまっていたらしい。まぁ、そんなことは希にあることだ。この戦乱の世の中、なにが起こるか分かったものじゃない。俺は握り締めたままの少し焦げた福寿草の花束を抱る。俺は応急処置の終わったグルッペンを寝かせ、立ち上がった。その時、
gr「なんで……泣いてるの…」
細ほぞとしたグルッペンの珍しい声にハッとグルッペンを見た。しかし、徐々に視界が滲んでいく。ぼやけ、グルッペンの顔がハッキリ見えない。ツゥッっと頬を流れ落ちる液体を擦った。
あぁ、今俺泣いてるのか
zm「ごめん…なんでもないで」
gr「……嘘だろ。本当に悲しそうな顔してるゾ。心から悲しんでる顔を……」
微熱気味なのかほんのりと気怠げな顔色なのに、心配そうに眉を下げるグルッペンに俺はなにも言えなくて口を噤む。グルッペンの父親が死んだ。その事実は俺よりグルッペンの方が辛い話。
別に、サビアと特別深い関係はない。なんなら最近知り合った人物だ。
だとすると何故涙を流す?
zm「…………」
gr「…?」
zm「…………グルッペン…お前のお母さんって何処にいるん?」
gr「……ぇ…」
遠い遠い昔、とある村に娘が現れました
艶やかな黒髪にうっすらとした赤メッシュ。整った顔立ちに深紅の鋭い目が光る。癖のある腰まで伸びた髪を揺らした。しかしそれは『娘』と呼ぶには大人び過ぎた姿。村の者たちは問いました
「貴女は誰ですか?」
娘は言いました。
「私は人と大蛇の混血だ。名前なんてない。」
淡々とした迷いのない口調に美しい姿。その姿に村の者たちは彼女の虜になってしまいました。
ある者は娘の前で力を自慢し、
ある者は娘の前で武勇伝を語り、
ある者は娘の前で自身の権力を行使しました。
しかし娘は人の心が読めました。綺麗に塗りたくられた人の心の内側にある汚い感情を見ては、難しそうな顔をして、彼らの求婚を断りました。
しかし、ある日の事でした。
ザァザァと降る雨の中、娘は木陰の下で雨宿りをしていました。様々な男の話を断り、ようやく身を隠せる場所を見つけたのです。彼女はポツリとため息を吐きました。その時
「寒くないのか?」
雨音に紛れた声の主の姿を捉えるため、視線だけ動かして目前にいた男をその血のように赤いヘビのような目で睨みました。しかし、男は怯む素振りもなく彼女に毛布を掛けました。それはかなり使い古したであろうボロい毛布でしたが、寒さに凍えていた娘にとってはとても温かく感じます。娘はしばらく考えました。しかし、ここで礼を言わないのはとても申し訳なく感じ、睨むのを止め、ニコッと微笑みました。
「……礼を言う…」
小声でそっと呟けば、彼はフワリと笑いました。綺麗な金髪に、娘の瞳と同じ深紅の色をした目。娘はその綺麗な顔をぼんやりと見つめました。
「し、しかしっ、お主こそ…寒くないのか…?」
「なにがだ?」
「お主…ずぶ濡れではないか…お主こそ毛布をかければ良いだろう」
「ははっ、俺は大丈夫だ。こう見えて丈夫なんだ。それより…お前さん、最近この村に来た混血の大蛇なんだろ?俺は力も権力もないが、雨がやむまで話をしないか?」
「……………」
「あっ、いや、無理に話さなくていい。少しくらい寂しさを紛らわす手段になると思ったのだが」
「…。お主、名前は?」
「へっ?」
「名前を聞いとるのじゃ!さっさと答えんかい!」
「あっ、そ、そうだね…。俺の名前は…『サビア・フューラ』。とんだ貧しい田舎者さ。」
濡れた金髪を揺らしてサビアは自身の隣にしゃがんだ。
「ふむ…サビアか。なら1つ聞く。お前、なにを考えている。」
「え?」
「私の前で嘘は通じん。どうせお前も欲塗れなのだろう?」
フンッと鼻を鳴らしてみせれば、彼はポカンと口を開いた。
「む……なにがおかしい。」
「……ふ、ふふっ、くふふwいや、つい…可愛くて…ふふっw」
口元に手を当て、上品な笑い方をするサビア
「なぁっ!?我の!?何処が!?そんなこと言われたこともないぞ!?」
「w…で、俺の心情を知りたいのか?」
「もういい!!!見る気も失せたわ!さっさと消えろ!」
何故だか顔が熱い。ああ…なんなのだ。先程まで冷えていた体が今や焼け野原になってしまう…
「あはは、顔真っ赤だな」
クスッと笑うサビアに照れくさいような感情になる。なんなんだこの感情は!?恥ずかしくてむずかゆくてドキドキして、しつこい!!!
「うるさいっ!まったく…お前みたいな人間は初めてだ。お前の心情なんて読んだら、怒りにまかせお前を殴りかねん…」
「そうかwあ、そう言えば君、名前がないんだったな。」
「むむ…なんだ。それがどうした」
「アオイ。とかどうだ?『タチアオイ』という花からとったんだ。花言葉は『気高く威厳に満ちた美』。ぴったりじゃないか」
「は、はぁ?」
よくそんなくさいセリフが言えるなと心から思う。ただ、彼の無垢な瞳はなにかを求めてはいなかった。
「あー、やっぱ余計なお世話だったかな。」
「………」
「えっと…黙られると怖いんだが…」
ao「………はぁ、もういいんじゃないか?アオイ。」
「…!」
ao「べつに…お前のことは苦手だが嫌いではない。アオイも…悪くないんじゃないか?」
静かな沈黙が流れた。目のやり場がなく、ただただジィッと見つめ合った。数分…もしくは数秒後だろうか。気づけばギュウッと抱き締められていた。
ao「なっ、ななななっ!?////」
ao「おっ、お主!つ、つつつつついに本性をだしたのか!?」
テンパりながらも、抱きつくサビアの心境を読もうと目を光らせた。その時、
“うれしいなぁ…こんな綺麗な人と話せるなんて”
…?い、今の…本当に彼の心境か…?いや、間違いないはずだ。私の能力に間違いなんて…。
だって…だって今までは体とか…希少だからって言う理由で…
ao「…」
驚きから目を丸くして、犬のように柔らかい笑みを浮かべた彼を凝視する。驚くほど…裏表がない。思ったことをすぐに体で表現する様は犬や子供と重なって見えた。
ao「なぁ…サビア…。」
「?なんだ。」
ao「1つ、頼みがある。」
「…」
ao「我の婿になれ。」
ぶっちゃけ気まずかった。数秒の沈黙。雨の音だけが響く世界でここだけが切り離されたかのように、または時間が止まったかのような静けさだった。
あぁ、駄目かな。なんて思っていたところ、彼は口を開いた
「結婚って事か…?」
ao「…それ以外何がある。ま、許嫁がおった方がそこらの男も我に群がらん。覚えておけ、悪魔で我自身を守るための結婚じゃ。………それでも良いって言うなら」
そう言えば、彼の顔はみるみるうちに口角がつり上がるも、同時に真っ赤になっていくその頬に影響され、自身の頬すらも熱を帯びだした
「で、出会ってまだ数時間も経っていないのだが…」
ao「駄目か?」
「ぅッ…駄目じゃない…」
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