テラーノベル
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「──というわけで、みんなに力を貸してほしいの」放課後の夕日が差し込む私たちの楽園。ソウタとリコは突然の申し出に少しばかり眉をひそめ、戸惑いの色を浮かべていたが、アマネだけは違った。その瞳を爛々と輝かせ、机を叩かんばかりの勢いで身を乗り出してきた。
「何それ、めちゃくちゃ熱い展開じゃん! いいね、やろうよ、絶対に成功させよう!」
アマネの破天荒な明るさに引きずられるようにして、ソウタとリコも「まあ、リリーがそこまで言うならな」「足引っ張らないようにしなきゃね」と苦笑交じりに承諾してくれた。三人とも、嫌な顔一つせず快く引き受けてくれたことが、まずは何より嬉しかった。
──けれど、本当の悩みが訪れたのはその後のことだった。
どんな曲を演奏するべきか。
彼らと出会い、“バンド”という新しい音楽の形を教わってから、リリーはそれまでの貴族社会という狭い世界では決して出会えなかった、自由で脈動するような音の数々に触れてきた。
けれど、その音が──激しく、奔放なその旋律が、厳格な父の心に届くのだろうか。正直なところ、まったく自信が持てなかった。
父に認めてもらうための演奏。だが、ただ機嫌を取るためだけの音楽なら、私がやる意味はない。
葛藤に苛まれ、譜面台の前で溜息を吐いた私に、アマネがふわりと歩み寄ってきた。
「リリー、迷ってるでしょ? どんな曲にするか」
静かな声だった。いつもの賑やかさを潜めたアマネの問いかけに、私は小さく頷いた。
しばしの沈黙が、放課後の静けさの中に落ちる。アマネは私の顔をまっすぐに見つめると、柔らかく、けれど芯のある声で言葉を紡ぎ始めた。
「たしかにさ、“バンド”って聞くと、派手で勢いのあるロックを想像しちゃうよね。私たちも今までそういう曲ばっかりやってきたし、それがアタシたちの勢いだったから。……でもね、音楽って“見せる”んじゃなくて、“伝える”ものだと思うんだ」
「伝える……?」
「うん。リリーが、お父さんに見せたいのって完璧な演奏技術じゃないでしょ? ここまでどうやって歩いてきたか、仲間と出会って、音楽がどれだけ好きになったか──そういう、言葉にできない気持ちを伝えたいんじゃないの?」
アマネはふっと目元を緩めた。その微笑みには、どこか大人びた包容力があった。
「だったらさ、無理に派手なロックに合わせなくていいんだよ。リリーが心から“綺麗だな”って思える音を選べばいい。人が心を動かされる音ってさ、結局は奏でる人の心がこもっている音なんだから」
彼女は窓の外、茜色に染まる校庭を見つめながら続けた。
「勢いで押し切るだけがバンドじゃないよ。静かに始まって、少しずつ想いが重なって、最後には大きな音の渦になってひとつになる──それだって、立派な音楽。ううん、むしろ、それこそが“リリーの音”なんじゃないかな」
「アマネ……」
「大丈夫。周りが誰がなんて言おうと──私は、リリーの音がちゃんと“生きてる”ってわかってるから」
澄んだ瞳に宿るまっすぐで温かな光に、胸の奥が熱くなる。
──が、次の瞬間。
「……まあ、これ、アタシの憧れの人の受け売りなんだけどね!」
舌をペロッと出して笑うアマネに、ソウタが間髪入れずに鋭いツッコミを入れた。
「やっぱり!それ、どっかで聞いたことある言葉だと思ったわ」
「だよね。アマネちゃんが、急にそんな格言みたいな名言思いつくわけないと思ってた」
リコまで呆れ顔で肩をすくめる。
「ちょっと! 二人ともひどい! せっかくいい雰囲気だったのにー!」
頬を膨らませてジタバタと抗議するアマネの姿に、思わず小さく吹き出してしまう。けれど、アマネはすぐに真顔に戻ると、真剣な眼差しで私に向き直った。
「でもね、リリー。曲を決めるのは、最後に音を鳴らすあなた自身だよ。本当の気持ちを届けたいなら──自分が一番信じられる音を選んで」
(私の……気持ち)
私は小さく息を吸い込み、視線を譜面束へと落とした。
お父様に伝えたい。言葉では決して言えなかった、今の私のすべてを。
パラパラと紙をめくり、私はある一枚の楽譜の上で指を止めた。
「……これがいいと思う」
「おっ、これね!」
アマネが楽譜を覗き込み、一瞬で瞳を輝かせた。
「いいじゃん! 最初は繊細でゆったりしてるけど、サビに向かって一気に感情が弾けて盛り上がる。バンドのダイナミズムもあるし、“気持ちを伝える”にはこれ以上ない選択だよ!」
「……この曲を作った人もね、“伝えたい”って強い気持ちで書いたらしいの。自分の音楽を、どうしても父親に認めてもらいたくて……って」
「私と……同じ、だね」
だからこそ、無数の譜面の中から吸い寄せられるようにこの曲を選んだのかもしれない。
この旋律なら、今の私の溢れ出しそうな想いを、偽りなく届けてくれる──そう確信できた。
「よーしっ! 本番まで時間はないけど、全力で練習を開始しよう!」
アマネの掛け声とともに、私たちの特別な一週間が幕を開けた。
────────
学園視察までの約一週間、リリーらは貪るように練習に打ち込んだ。
授業の鐘が鳴り響くと同時に、急ぎ足で楽園へと向かった。朝目覚めたときも、退屈な座学の最中も、頭の中を満たしているのは常に音の重なりとメロディーだった。指先が記憶する弦の感触、胸を揺さぶるリズム。
そんな私の変化に、アリサがいち早く気づいた。
「なんだか最近のリリー様は、とても楽しそうですね」
鏡の前で髪を整えてくれていたアリサが、嬉しそうに目を細めて言った。
楽しそう──そう言われたのは、一体いつ以来だろう。
実際、リリーには胸の底から湧き上がるような充実感があった。新しい音楽の響きに触れること。
大切な仲間たちと息を合わせ、一つの世界を作り上げていくこと。重なり合う美しいメロディーに、心から耳を傾けること。
(私……こんなに素直に感情を出せるんだ……)
落ちこぼれ──そんな事を言われるようになってから私はずっと自分の感情に固く蓋をしてきた。我がままを言ってはいけない、感情は抑え込むもの、冷酷なまでに完璧な『アルベール公爵家の令嬢』であらねばならないと、自分に言い聞かせ続けてきた。
けれど、世界はこんなにも、優しくて、温かい音に満ちていたのだ。自分がそれを知ることができたという事実が、何よりも胸を熱くさせた。
───
「へぇー。国王と、父親に見せるのか」
「そうなの……考えただけで、緊張で胸が押し潰されそう」
しんと静まり返った月夜。
二つの影が、私の部屋のバルコニーにひっそりと並んでいた。
あの日以来、レオは二日に一度、決まった夜の時間になると静かに私の部屋の外に現れるようになった。
彼はノックもしないし、声をかけることもしない。
けれど私には、なぜか彼が来たことが分かった。
夜風の吹き抜け方がほんの少し変わる。
冷えた空気の中に、どこか懐かしい野の匂いが混じる。
胸の奥が小さな鐘を鳴らすように反応して──彼がそこにいるのだと気づくのだ。
レースのカーテンをそっと繰ると、月光を背に受けて佇む彼の姿があった。
相変わらずの無表情。けれど、そこには冷たさなどなく、どこか深く澄んだ眼差しが私を捉えていた。
「こんばんは。いらっしゃい、レオ」
私が囁くと、彼はほんの僅かだけ口元を緩める。それが彼の解錠の合図のように、私は鍵を外し、バルコニーへの扉を開けるのだ。
この時間は、誰にも知られてはならない“秘密の時間”。
『リリー・アルベール』という重苦しい仮面を脱ぎ捨てられる、私にとって本当の自分に戻れる聖域だった。
レオは私の知らない外の世界の話をたくさん教えてくれた。
遠い異国の風習、危険と隣り合わせの冒険者たちの過酷で自由な暮らし。彼の口から語られる言葉はどこか情景が目に浮かぶようで、私は時間を忘れて耳を傾けた。
「で、当日はどんな曲をやるんだ?」
「これ……なんだけど」
私が部屋から持ってきた一冊の楽譜を開いて見せると──その瞬間、レオの瞳が一瞬だけ大きく見開かれた。あまりの反応の素早さに、私の見間違いかと思うほどだった。
「……そうか。いい曲を選んだんじゃないか」
ぽつりと漏らされた声には、妙に深い味わいがあった。
「そう言ってもらえて、なんだかすごく心強いわ」
「……なんで、この曲を選んだんだ?」
「んー……なんでかしら。自分と、すごく似ている気がしたから……なんて……」
この旋律を書いた人も、きっと誰かに認められたかったに違いない。溢れるほどの情熱と、届かないもどかしさを抱えながら。
「この曲を作った人も、私と同じ気持ちだったんですって。お父さんに自分の音楽を認めてほしくて書いたんだって聞いたわ。なんだか、背中を押してもらったような気がして……」
「……その人は、どうだったと思う?」
どこか泣きそうにも見える、痛切な悲しみを秘めた瞳で、レオが私をまっすぐに見つめて尋ねてきた。
「その人は……父親に認められたと思うか?」
絞り出すような彼の問いに、私は夜風を感じながら、静かに首を振った。
「詳しい結末は分からないけれど……でも、絶対に大丈夫だったと思うわ。だって、こんなにも温かくて、素敵な曲なんだもの。これを聞いて心が動かない人なんて、絶対にいない。だからきっと大丈夫。たとえ言葉で直接与えられなかったとしても……心の中では、絶対に認めてくれていたはずよ」
「……そうか」
レオは一息つくと、視線を夜空の月へと向けた。その横顔は、どこか吹っ切れたようにも、救われたようにも見えた。
「ねえ、レオ。何か演奏のコツとかないかしら?」
私はすがるような思いで彼に尋ねた。何度も大きな舞台や修羅場をくぐり抜けてきたであろう彼なら、緊張に打ち勝つ術を知っているかもしれないと思ったのだ。
「それなら──」
レオは少しだけ思案するように顎に手を当てた後、静かに私に向き直った。
「手、出してみろ」
言われるがままに両手を前に出すと、レオは私の指を優しく丸め、小指だけをぴんと立たせた。そして、自分の力強い小指を私の小指に絡め、しっかりと結び合わせた。
「俺たちの故郷で、絶対の約束をする時にやる儀式みたいなもんだ。俺の相棒は、大事な舞台の前、いつもこれで緊張を和らげていた。チームの奴ら全員で、よくこうやって交わしたもんだよ」
懐かしむように目を細めるレオの体温が、小指を通じてじわりと伝わってくる。
「それに、緊張してるのはお前だけじゃない。メンバーも、聴く側だってそうだ。違いがあるとすれば、その緊張を“楽しみに変えられるかどうか”だけだ」
「楽しみに……変える?」
「そう。お前が今、『自分の大好きなことをやってる』って胸を張れるなら──それだけで、もう充分すぎるだろ」
すっと胸の奥の仕えが取れていくのが分かった。温かい波が身体を満たしていく。
「……ありがとう、レオ。やってみるわ」
「ああ。胸を張って、頑張ってこい」
───
そして迎えた、学園視察の日。
最高権力者である国王陛下が直接足を運ばれるとあって、校内は朝から独特の緊張感と熱気に包まれていた。絢爛な衣装を纏った王の姿に生徒たちが固唾をのむ中、補佐を務める我が父・アルベール公爵が、厳格な面持ちで陛下の斜め後方を歩いていた。
「今日は君の娘が演奏を披露してくれるんだったな。いやあ、実に楽しみだよ」
国王ガール・サムジールは、朗らかな笑みを浮かべながら父に話しかけた。
「……娘が音楽などに泥酔していると知ったときは、正直絶句いたしました。音楽など、これからの彼女の人生において何の足しにもならぬというのに……」
父の言葉は冷ややかだったが、その瞳はどこか遠くを見つめていた。
娘の将来を案じているのは事実だ。だが、その瞳に宿る混濁とした感情──それは父自身も気づいていない、戸惑いと不安の表れだった。
「ハハハ! お前は昔から相変わらず堅物だなあ。いいじゃないか、多少の寄り道くらい。それがもしかしたら、彼女の人生を彩る決定的な何かになるかもしれないぞ? 寄り道は人生の醍醐味だ!」
「陛下がいつも寄り道ばかりされて、周囲の臣下が苦労しているから言っているのですよ」
「おお、これは手厳しい! 国王に対して容赦のない口答えだな?」
ふざけたように肩をすくめる陛下の態度に、父は思わず苦笑を漏らした。
二人は旧知の仲だ。どれほど時が流れても、この国王は人の心の機微を誰よりも敏感に察知し、懐深く受け止める器を持っていた。
「……ですが陛下。音楽など、貴族にとっては一時の遊びに過ぎません。彼女の未来には、もっと果たすべき重責と相応しい道があるのです」
それが父の偽らざる本心であり、アルベール家を背負う者としての矜持だった。娘には傷つかず、完璧で平穏な未来を歩んでほしい。
「……どうしてそれが“無駄だ”と言い切れるのだね?」
陛下の足がふと止まり、その声から軽妙さが消えた。静かだが、深く重い問い掛けが父の胸を刺す。
「政略結婚を果たし、家名を繋ぐことだけが人間の幸せとは限らんよ。親であるなら──子が命を懸けて選んだ道を、まずは信じて応援してあげるべきではないのか?」
それだけを言い残すと、陛下は再び悠々と歩みを進めていった。
父は取り残されたようにその背中を見つめ、静まり返った廊下で、陛下の言葉の意味をずっと反芻していた。
───
「久しぶりだね、リリー嬢」
「お久しぶりでございます、陛下。本日は学園へお越しいただき、心より歓迎申し上げます」
ガール・サムジール国王。
この国の頂点に立つ男は、一見すると気さくで親しみやすい好々爺に見える。しかし、その笑顔の奥には、長年国家を収めてきた者特有の鋭利な知性と観察眼が隠されていた。
「今日は特別な演奏を聴かせてくれると聞いて、ずっと楽しみにしていたんだよ。……ふむ、あまり見かけない道具が並んでいるようだな。」
ステージの上に用意されたドラムセットやエレキギター、アンプといった異形の機材を、陛下は興味深そうに見つめた。その眼光は優しげでありながら、本質を見抜こうと細部まで注がれている。
「これらは異国の楽器にございます。この国にはまだ普及していない面白い響きを持つものばかりです。本日はこれらを用いて、私たちの音をお届けしたく存じます」
「ほぉ……異国の、ね。そこにいる者たちが用意したものかな?」
陛下の視線が、私の背後に控えるアマネ、ソウタ、リコの三人に向けられた。
「おっしゃる通りでございますが……何かお気に召さない点でも?」
「いや、なに。ただの好奇心だ。──では早速、君たちの『想い』とやらを聴かせてもらおうか」
「はい!」
胸を深く一回叩き、私は仲間たちへと振り返った。そしてレオに教わったおまじないで4人を繋ぐ。
見てほしい。聴いてほしい。
縛られていた過去を脱ぎ捨て、仲間と出会い、自分の足で歩み始めた私の喜びを。
私たちが奏でる、偽りのない“情熱”のすべてを──。
コメント
1件
しろのねさん、最新話拝読しました!😭💕 アマネの「音楽は“見せる”んじゃなくて“伝える”もの」って言葉に、もう心臓ぎゅってなったよ…! リリーが自分の音を選ぶシーン、すごくエモかった…。レオとの小指の約束も、切なくて温かくて、思わずニヤニヤしちゃったじゃんか!🤭 国王と父上の会話も重くて、リリーの覚悟が伝わってくる回だった…! 本番どうなるの!? 続きが待ちきれないよ〜〜!!🌸
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