テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
95
174
じゃむじゃむあっぽー🍏
632
第8話
夕焼けが紫色の夜へと溶けていく街の中を、俺はがむしゃらに走り続けた。
心臓が破裂しそうに痛い。喉の奥が鉄の味で満たされていく。
だけど、階段で胸を押さえていた涼架の苦みに比べたら、こんなの痛みのうちに入らない。
中央総合病院の、別棟。
汗だくのまま自動ドアをくぐり、受付で必死に「藤澤涼架の病室を教えてください」と頭を下げた。不審者を見るような目をされたが、俺のただならぬ必死さが伝わったのか、看護師は4階の402号室だと教えてた。
エレベーターを待つ時間すら惜しくて、階段を駆け上がる。
4階の廊下は、学校とは対照的に静まり返っていた。ツカツカと自分の足音だけが響く中、俺は「402」とかれたプレートの前で足を止めた。
一度、深く息を吐き、震える手で静かにドアを横に引く。
「….すいません」
中に入ると、部屋は個室だった。白いカーテンの向こうから、規則的な機械の電子音と、小さく、頼りな呼吸の音が聞こえてくる。
「若井…..くん?」
カーテンの隙間から、声が聞こえた。
聞き間違うはずのない、だけど今までで一番細くて、掠れた声。
俺はたまらずカーテンを大きく開けた。
「涼架……っ!」
ベッドの上に、涼架はいた。
いつもの制服ではなく、水色の淡い入院着を着ている。腕には点滴の針が刺さり、その先は複雑な医療相に繋がっていた。
ふわふわだった髪は少し元気がなく、肌は驚くほど白い。だけど、俺を見たその目は、やっぱりふにゃりと 優しく下がる、あのタレ目のままだった。
「あはは….見つかっちゃったな。先生、教えちゃダメって言ったのに」
「お前…..!」
俺は一歩、ベッドに近づいた。
怒りと、悲しさと、安堵がぐちゃぐちゃになって、何から話せばいいのか分からない。
「何が『大寝坊』だよ。何が『スマホの充電切れ』だよ!お前、こんなところで、何やってんだよ…..!」
「ごめんね、若井くん。嘘ついちゃって」
涼架は困ったように眉を下げて、弱々しく笑った。
「僕ね、小さい頃から心臓がちょっと弱くてさ。あの日、本当は家を出る前に発作が起きちゃって、病院に運ばれてたんだ。目が覚めたときには、もう約束の時間過ぎてて…..スマホも、お母さんが家に忘れてきちゃっ てて」
「だったら、そう言えよ!なんで嘘なんか…!」
「だって!」
涼架が少しだけ声を張った。その瞳に、じわりと涙が浮かぶ。
「だって、本当のこと言ったら、若井くん絶対優しくなっちゃうでしょ?可哀想って目で、僕のこと見るでしょ?僕、それが一番嫌だったの。学校では、ただの『藤澤涼架』でいたかった。若井くんのカッコいい目の前では、普通の友達でいたかったんだもん……」
涼架の涙が、白いシーツにぽつりと落ちた。
どこまでも不器用で、どこまでも強い、こいつの優しい嘘。
俺は一歩踏み出し、ベッドの横に膝をついて、涼架の点滴の刺さっていない方の手をぎゅっと握りしめた。
驚くほど細くて、冷たい手だった。
「誰が可哀想なんて思うかよ…..ばか」
「若井、くん…..?」
「俺が怒ったのは、お前が寝坊したからじゃない。何時間も連絡がつかなくて、何かあったんじゃないかって、死ぬほど心配したからだ。それなのに、お前が全部一人で抱え込んで、ヘラヘラ笑ってるから…..それが、悔しかったんだよ」
俺の目からも、ボロボロと涙が溢れて止まらなかった。
鏡で見たら、きっと今のみっともない泣き顔は、いつにも増して酷い吊り目になっているだろう。だけど、もうどうでもよかった。
「俺は、お前が病気だからって、普通の友達をやめたりしない。可哀想なんて絶対に思わない。お前が一人でどれだけ頑張ってきたか、今の話でよく分かったから…..だから、もう嘘つくなよ。苦しい時は、苦しいって言えよ…..っ!」
俺の叫ぶような言葉を、涼架は真っ直ぐに受け止めてくれた。 握った手に、微かに、だけど確かな力がこもる。
「…うん。ごめんなさい、若井くん。もう、嘘つかない」
「おう」
「あのさ….僕、もう学校には戻れないかもしれないんだ」
涼架は涙を流しながらも、愛おしそうに俺の顔を見つめた。
「でもね、若井くんがこうやって走ってきてくれたから、僕、全然寂しくないよ。若井くんのその目、やっぱりすっごくカッコいいね。涙でウルウルしてても、僕を真っ直ぐ見てくれて、すごく安心する」
「お前…..こんな時まで、人の目の話すんなよ」
「あはは、だって本当に好きなんだもん」
涼架はそう言って、いつもの、世界で一番優しいタレ目でふにゃりと笑った。
涼架はポケットから、あの『黒猫のカバー』がついた消しゴムを取り出し、枕元にそっと置いた。
「これ、ずっと持ってるから」
「あ、まだ持っててくれたんだ」
「もちろん。若井くんに大切にしてって言われたからね」
まだ何も書かれていない、涼架の手元にある真っ白な消しゴム。
いつか、そのカバーの裏に俺の名前が書かれる日が来るまで。そして、俺たちの願いが本当に叶うその日まで。
俺は涼架の手を、離さないように、さらに強く握りしめた。
next→❤︎500
コメント
2件

過去1泣きました😭😭😭