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十三
紅白戦も後半が残り二十分になった。補欠組はディフェンスの間でパスを回す。ゆっくりとボールを動かして敵の綻びを待つ攻め方である。
右サイドで17番がボールを受けた。天馬がダッシュで寄せてくる。
蹴り真似ののちに17番は後ろに引いた。反転して後方の神白に出す。
「チェイシング、命っす!」貪欲な笑顔の天馬が猛然と寄せてくる。まだ距離はあるが、神白にわずかに焦りが生じる。
神白は右にボールを出して、同方向の17番に戻した。17番はトラップするも、近くにいた別の敵から寄せられる。
もう一度神白にパスが出る。神白は右で止めるも、今度は天馬との距離が近い。
(やばい! クリアだ!)決意した神白は大きく蹴り出した。ボールは大きな弧を描いて飛び、補欠組の19番が追う。が、微妙に狙いは逸れていた。タッチラインを割り、主力組のスローインとなる。
「イツキ! 逆が空いてただろ?」左サイドバックの22番が、納得いかなそうな調子で声を張り上げた。
「悪い! 次はちゃんとする!」神白は大声で即答した。
スローインを終えた主力組は、ボール回しを始めた。キーパーも絡んでいるがその様子は危なげがなく、一瞬でも守備に隙が生じたら、一気に得点まで持って行かれそうな雰囲気があった。
(つくづく流麗なビルドアップ〈後方から前への攻めの構築〉だ。それに比べて俺のボール捌きといったら。……さっきのプレーは、左サイドに振るが正解だよな。視野が、狭い)
神白は落ち込みながらもどうにか集中を持続させていた。得点の予感は正直まったくしないが、これ以上の失点はどうしてでも避けたかった。
十四
紅白戦は〇対二で終わった。補欠組は、前半の神白のビッグセーブ以外には良いところがなかった。その神白も後半は精彩を欠いていたというのが、ゴドイの試合後の講評にも上がった。
クールダウンの体操と着替えを終えて、神白たちフベニールAの面々は帰路についた。
神白が皆に混じって歩を進めていると、「お疲れ様」と涼やかな日本語が聞こえた。振り返ると、エレナが立っていた。穏やかな微笑を湛えている。
「ああ、ありがとう」試合の反省に没頭していた神白は、はっとして答えた。
「わかってたけど、今日痛感したよ。神白君の弱点は、ビルドアップと飛び出し、だね。今後の要強化ポイントだ。一緒に頑張っていこう」
言葉を紡いだエレナは、胸の前で両手でガッツポーズした。元気づけるような口振りに、神白の胸に温かいものが生まれる。
「それでもやっぱり『習うより慣れろ』。日本の先達は良い言葉を残してる。自分でやってみるに勝る上達方法はないよね。だから私はこれから、神白君を素晴らしいところにご招待するよ」
楽しげに言い放つと、エレナはウインクした。
「どういう意味だ? トップチームの試合にでも連れて行ってくれるのか? でも、『自分でやる』?」
合点がいかない神白は声音を抑えて問うた。
「わかるよ、疑問はいっぱいだよね。でもここは私を信じる場面だよ。……ほら、私の目を見て」
エレナの口調は変わり、謎めいた感じになった。神白は半信半疑ながら、エレナの瞳を見つめ始めた。
(ん? なんか、ぼーっとして……)神白の意識がしだいに遠ざかっていく。エレナの後ろの風景が、ぐにゃぐにゃと歪み始める。
「ではでは、神白樹君。世界最高峰の試合をとくとご堪能あれ♪」
茶目っ気たっぷりなエレナの言葉が耳に届くと、神白の視界はふうっと閉ざされた。