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子宮がん。
子宮体がんと子宮頸がんの2種類あり、発生場所や原因などは異なるらしい。
スマホで出てきた検索結果の記事を読みながら、コーヒーを飲む。
正直言って全然わからない。
むしろ、広告で出てきたクッキーシュークリームの写真が目に入り、美味しそうだなという感想が浮かんでしまう。
元々病気にも詳しくないし、幸い両親も元気に老後を満喫している。
ネットで得た知識では大まかなことしか理解できなかった。
ただ、突然の悪化は十分ありうることで、
不幸にも、坂城くんの母親に起きてしまったという事実をなぞった。
3時間前の昼12時、坂城くんの父親から電話があった。
やはり、不安になったのだろう。
わざわざWEBサイトまで確認し、企業体制や金額など、根掘り葉掘りと聞いてきた。
否定的ではあったけれど、坂城くんの気が済むなら、と父親は渋々電話切る。
…そもそも坂城くんの希望ではないのだが、そこは黙っておくことにした。
偽物の手紙、言葉だと言われても、それを理解したうえで書いてるのだから、俺の頭は冷静だった。
ただ、適当に書いているつもりは一切ない。
俺なりの解釈で故人を理解し、想いを汲んでいる。
それだけは、怯むことなく堂々と伝えたつもりだ。
日の目を見ない、俺の言葉でも、人の心を動かすことができると信じて。
手紙の参考資料として、丁寧にファイリングした書類の入ったダンボールを一式借りた。
勿論、家計に関することや重要な書類は除いてもらって。
料理のレシピだったり、通販番組のメモだったり、はっきり言って普通の主婦だった。
書類の一つに母子手帳が紛れていて、これは大事なものに入るだろう。
そう、思いながらも、好奇心からパラパラとページを捲る。
ふと、0歳からの手書きの記録に手が止まる。
発熱があった、夜泣きが多い、首が座った、寝返りができた…。
成長が細かく記された手帳から、彼が大事に育てられていたことがうかがえる。
子育ての苦労を知らない俺でも、そう思える内容だった。
母子手帳を元の場所に戻そうとしたとき、アルバムとアルバムの間に隙間があることに気づく。
アルバムを1つ取り出すと、隙間には薄いノートが1冊あった。
白い表紙には何も書いておらず、新品かとも思ったが、ほんの少し開き癖がある。
少し迷った末に、表紙を捲る。
何もない。
もう1枚捲ると、小さな薄い文字で「死ぬ前に処分する」と書かれていた。
…つまり、誰にも見せたくないものがあるのだ。
流石にこれ以上ページを進める気になれず、俺は机の上にノートを置く。
と、同時にタイミングよく、家のインターホンが鳴った。
のそのそと玄関へ行き、ドアを開ければ和織がいた。
「どう?進んでる?」
揶揄うように笑いながら言った和織の手には、何やらお洒落な紙袋がぶら下がっている。
どこか愛らしさを感じるキャラクターの顔と店名のロゴは見覚えがあり、何故か記憶に新しい。
可愛さの感じる店に縁などなかったはず…。
そう思いながら、ふとさっき検索画面で見た広告を思い出した。
「あ、シュークリーム。」
「え、正解!おじさん、甘いの好きなの?」
和織は驚きながらも、我が家のように玄関を抜けて、机の空いたスペースに紙袋を置いた。
袋からシュークリームを取り出し、此方に寄こす。
シューの香ばしさとカスタードの甘い匂いが鼻をかすめた。
「嫌いではないけど、久しぶりに食べるな…。」
受け取って一口齧れば、硬めのクッキーシューがザクリと歯で割れる。
中から少しずつ、バニラビーンズの入った甘いカスタードがとろけだした。
美味しい。
何年ぶりかに食べたシュークリームは、時代の変化による美味さなのか、
店による美味さなのかはわからない。
「それ、龍のお母さんの?」
和織がそれ、と指をさしたのはさっきのノートだ。
俺は少し戸惑いながら、ノートが汚れないようリュックにしまった。
「ああ。ただ、「死ぬ前に処分する」って書いてあったから、一度坂城くんとお父さんに返そうと思って…。」
「なんで?見ればいーじゃん。」
「…お前なぁ。倫理観ってもんはないのか…?自分だって他人に見られたら嫌なのあるだろ…。」
溜息交じりに非難してみたが、当の本人は悪気などひとつもない。
曇りのない瞳で、ほんの少しだけ首を傾げた。
「そんなこと言われても。死んじゃったら文句言えないしなぁ…。」
まるで”死人に口なし”とでも言うような和織の言葉に、シュークリームを口に運んでいた手が止まる。
遺族に手紙を届けたいと言っていた少年が、そんなことを言うのか。
思わず嫌悪感を抱きかけたが、…多分、そうじゃないのだろう。
現実的に受け止めているからこそ、どうすることもできない状況を、ちゃんと理解しているのかもしれない。
俺は話題を変えようと、暫く姿を見せなかったことについて文句を言った。
「…しょっちゅう来てたくせに、急に来なくなるなよな。」
非難のつもりで吐き出した言葉は、思ったよりも柔らかくなってしまった。
そのことに気づいたのか、ぱちくりと目を瞬かせた後、和織は口元を緩めた。
「ふうん?なになに、心配してくれてた?」
「そりゃお前…、遺書書こうとしてる奴だぞ?」
「あはは、たしかに。」
静かな部屋に、どこか噛み合わない乾いた笑いが響く。
いつの間にか、ほぼ毎日顔を合わせていた野良猫が、
急に姿が見えなくなれば、心配くらいはする。
情けないことに、餌付けされていたのは俺の方だが。
「初めて会った時、変な遺書書いてたよな。」
ふと、ファーストフードで見たノートを思い出す。
筆跡のすべて違う、バラバラに散らかった文章。
そして、それに不釣り合いな学生。
「あ!あれ、ネットで見つけたいろんな遺書を、とりあえず真似してみたんだよ。
書き方がわからなかったから。」
通りで不自然な文だったわけだ。
要は、気になった部分だけを継ぎ接ぎしてたんだろう。
「…僕も、もう少し遺書ちゃんと書けるように考えようと思って、部屋にこもってたんだ。」
シュークリームを食べ終えた和織は包み紙をごみ箱に捨てて、自分の鞄から1冊のノートを取り出す。
ー「僕が遺書を書きたいのは、母に償いたいからなんだ。」
そう言っていた姿を思い出す。
突拍子もないことを言い出す奴だけど、悪い奴ではない。
だからこそ、「まだ若いんだから早まるな。」なんて説教を垂れたいが、月並みな言葉じゃ響く気がしない。
失った人にしかわからない気持ちがある。
自分にその経験がない以上、そこから感情が湧くことはない。
…けど、その気持ちに触れて、感情移入することができれば。
「俺は、人の親になったことはない。
…それでも、坂城くんの母親も、お前の母親も、子供のことを大事に思ってたのはわかる。」
俺はさっき見た母子手帳を手に取って、広げて見せる。
「言葉じゃない、行動に出るんだ。」
坂城くんだけじゃない。
文房具屋で聞いた、あの話は…。
「言葉も大事だ。けどな……
普段の行動のほうが、よっぽど想いが出るもんだろ。」
わざわざ子供の為に文具を買いなおして、流行まで聞いて。
そんな面倒くさいこと、愛情以外に何がある。
真っすぐに捉えた茶色の瞳が、少し揺れた気がした。
「……っ。」
次第に眉を寄せて、唇を震わせる。
迷子の子供のような、泣きそうな顔だった。
「……和織、」
「…違う…っ!!」
悲鳴にも似た、悲し気な声が部屋に静かに響く。
胸元のベストを握りしめ、俯いてしまったので表情は伺えない。
見たことのない様子の和織に驚きつつも、本当に泣いてるのではないかと不安になった。
「龍のお母さんと…、僕の…っ、僕のお母さんは…!
同じ、なんかじゃ……!」
吐き出すような言葉に、ベストを握る指先が白くなる。
和織は、親の愛情を拒絶している。
――いや、違う。
拒んでいるんじゃない。
まるで、自分にはそれを受け取る資格がないとでもいうように。
母親に、償わなければいけないから――なのか。
「違うんだ。…龍とは、違う…。僕は…、僕が、お母さんを…っ。」
「和織、お母さんは…事故、だったんだろ…?」
先ほどとは打って変わって、ぶつぶつと呟く。
俺の言葉に顔がこちらに向いたが、俺を見ていない様子だった。
「お守り……。」
「お守り?」
「受験の当日、お守り、忘れて試験会場に行って、…そしたら、お母さんが届けに来てくれたんだ…。」
受験にご利益があるとかいう、有名な場所で買ったらしい大事なお守り。
試験当日、お守りを忘れてることに気づいた母親が、試験に間に合うよう会場まで車で届けに来てくれた。
そこまでは、よくある親子の話だったんだろう。
和織が試験後に携帯の電源を入れると、珍しく父親からの着信が入っていた。
なんとなしに折り返し電話をすれば、”母親が病院に運ばれて意識不明”だと伝えられる。
お守りを届けた後、仕事へ向かう途中で、大型トレーラーと衝突したらしい。
相手のドライバーも重傷で、詳細は不明。
「急いで病院に向かったけど、……お母さんは、もう…。」
重い沈黙が流れる。
けど、俺はどうしても腑に落ちなかった。
第三者として聞いていれば、どう見ても”ただの事故”だ。
なのに、和織の中では”お守りを届けたせいで母親は事故にあった”と思っている。
もちろん、母親が届けに来なければ、事故には遭わなかったのかもしれない。
でも、そんなのは結果論だ。
別の時間に家を出ていても、別の道を通っていても、事故に遭っていた可能性だってある。
そんな”もしも”を並べたところで、答えなんて出るはずがない。
それでも、和織は自分を責め続けている。
「お前は悪くないだろ。」
そう言いかけて、この発言が本当に正しいのか、口の中で嚙み砕く。
恐らく、周りから何度も言われたはずだ。
それでも、自分に罪があると思っている。
…こんな安い言葉じゃ、納得なんて出来るわけがない。
いや、他人の言葉では、届かない。
「それで、償いたいから遺書を書きたいのか?」
「うん…。」
「…お前は、誰に遺書を書きたいんだ?」
「……お父さんとか、僕の事を知ってる人みんなに。」
「……そうか。」
俺は普段使っているノートとは別のノートを取り出し、和織のことを書いておく。
いつか来る、終わりの時のために。
和織の求めているものは、本当に遺書なのだろうか?
俺は初めに書いた”遺書”の文字に”?”を足して、ノートを閉じる。
ふと、俺や和織の母子手帳にも、こういった書き込みがあったんだろうか、と考える。
坂城くんの母親の手記から想いが伝わるように、和織の母子手帳からも、伝わればいい。
最愛である子供の死を望む親なんて、どこにもいないのだと。
コメント
1件
うわ、今回めっちゃ重い回だった…。和織の過去が明らかになって、彼が自分を責めてる理由がわかってしまった。お守り届けてくれた母親が事故で…って、そりゃ自分を責めるよな。でも主人公が「言葉より行動」って言ったのが本当に刺さった。母子手帳のエピソードも良かったな。愛情は言葉じゃなくて日々の積み重ねなんだよな。そしてあの「死ぬ前に処分する」ってノート…めっちゃ気になるんだけど!続き楽しみにしてる🔥