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「俺だって男なのに、柚葉さんってちょろいですね」
”俺”そんな言葉を初めて聞いた。
いつもは”僕”でしょ?
クスリと笑いながら、ペロリと自分の唇を妖艶に舐め、髪をかきあげるこの人は誰だろう。
人を挑発するような、ダークブラウンの瞳が私を見下ろす。
いつもと全く違うその表情に私は驚いて動きが止まってしまった。
可愛くてニコニコとしている年下のドクター、みんなのアイドルのはずなのに……。
「今日もやばいぐらいに可愛いわね」
腕を組みながら無表情で言った恭子のセリフは、表情とまったく合っていない。
「もう少し可愛いものを見るみたいな顔をしてよ」
呆れていった私だったが、恭子の視線の先にいる彼を見る。
ここは都内でも有数の大きさを誇り、救急も備える総合病院の小児科。
私達の視線の先には、廊下を柔らかな表情で歩く望月瑞稀先生。
可愛らしいルックスはまるでどこかのアイドルのようで到底29歳にも、医者には見えない。下手したらどこかの雑誌のモデルと言っても疑われないだろう。
180cmを超える身長に、細身の体形に真っ白な白衣を着ているのに、どうしても「可愛い」という形容をされてしまうのは、その屈託のない笑顔と、甘く高い顔面偏差値のせいだろう。
「仕事しましょう」
そんな彼をスタッフステーションから見ていた私は小さく息を吐くと、処置室へと向かい備品の確認を始めた。
櫻町柚葉、三十歳。この病院の看護師をしている。
半年前ぐらいまでは病棟勤務だったが、それ以降は外来勤務をしている。
切れ長の二重に、高めの鼻、さらには感情表現も上手くない事から冷たくみられることも多く、小児科に向いていないかと思われているが、意外にも子供には好かれる方だ。
背中までのブラウンの髪はいつも一つにまとめている。
そして、隣で同じく冷めた表情で、望月先生を見ていた榎本恭子。もう残りすくなくなった同期で友人だ。何人が寿退社していったかわからない。
恭子はショートカットの姉御肌の美人で、例えるならば猫のようなすらっとした美人だ。
しかし、実は3次元には興味もなく、BLをこよなく愛している。
いつもこの病院の二大アイドルである、この望月先生と、外科医の早乙女先生を見ては妄想しているのだ。
「そういえば今日の望月先生の担当櫻町でしょ。いいな」
妄想するんでしょ。そんなことはこの場で口には出せず、私はため息交じりに答える。
「別に望月先生でも誰でも同じよ。彼が可愛いいからって私が何か得するわけじゃないし」
「そっか、櫻町はやっぱりこの間の婚活で出会った、千堂さんみたいな人がタイプだもんね」
いきなり爆弾を落とした恭子の顔を見上げると同時に、バチっとその噂の彼と視線が合ってしまった。
「本当にそうですよ。可愛いからっていいことはないです」
「望月先生……」
まさか本人がそこにいるなどとは全く思っておらず、私は唖然として固まってしまう。
「あっ、櫻町、私もう行くね」
「え! ちょっと!」
そそくさとこの場を逃げるように行ってしまった恭子を、引き留めるも自分の持ち場へと行ってしまった。
「僕たちも行きましょうか?」
「はい……」
仕方なく私も望月先生に続いて診察室へと入れば、デスクに座った先生がクルリと私を見た。
「僕も意外でしたよ」
漫画ならきっとキュルンと書かれそうな程、屈託のない笑顔で発せられた言葉に私は口ごもる。
「なにがでしょうか……」
さっきのことだとは思いつつ、私は問いかける。
いくら年下とはいえ、相手はドクターだ。噂話などをしていいはずはない。
どうフォローすべきか悩んでいるうちに、望月先生は言葉を続けた。
「櫻町さんが婚活をしていたなんて」
え? それ?
悪気がなさそうなのに、意外に大きな声で言った望月先生に、私は慌てて口を覆うように近くに寄った。
「お願いです。そのことは内緒に!」
確かに意外と言われても仕方がないのだ。仕事では人気のあるドクターに見向きもしないことから、私にはもう決まった人がいると長年思われている。
結婚が近いため、病棟勤務から外来勤務に変わったと噂をされているのは知っていた。
しかし、真実は婚活をする為だったなど、恭子以外知らないのだ。
安易に口にした恭子を恨むも今更だ。
話さないで欲しいと必死に頼む私に、相変わらずアイドルのような笑みを浮かべた望月先生が思いもよらない言葉を口にする。
「さあ、どうでしょう。僕意外に口が軽いので」
少し困った顔までも可愛らしいのに、意外なそのセリフに私はポカンとしてしまう。
同じ小児科ということで、望月先生とは数年来の付き合いというか同僚だ。しかし、こんなセリフを言うなんて想像もできない。
いつも柔らかで、誰にでも優しいイメージしかない。だから、病院のアイドルと呼ばれているのだ。
もちろん「わかりました」そう言ってくれるものだと思っていた私は、ジッと彼を見据えてしまう。
しかし、そんな私に構うことなく、彼は言葉を続ける。
「千堂さんでしたっけ? 櫻町さんのお相手。気になっちゃうな。どんな人か」
「え? そんな……」
狼狽している私に、更に望月先生はニコリとする。
「あっ、僕明日休みなので、今日の夜飲み会なんですよね。話しちゃうかも」
「はあ?」
ついここが職場だということも忘れ声が出てしまった。
しかし、望月先生は相変わらずの可愛らしい顔で、クスクスと笑っていた。
何かを言わなければと言葉を探していた私だったが、不意に真面目な表情をした彼にハッとする。
「さあ仕事ですね。始めましょうか」
すでにドクターの顔になっていた彼に、私は内心動揺しつつも患者さんを受け入れるために廊下へとでた。