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「………あのね」
窓の外はもう暗くなっていた。
紗奈はソファに座ったまま、手をぎゅっと握っていた。
陽葵は急かさず、ただ隣で待っていた。
「……陽葵」
小さな声で紗奈が言う。
「僕と陽葵、初めて会ったの……小学校だったよね」
陽葵は少し懐かしそうに笑った。
「うん。覚えてるよ」
紗奈はゆっくり話し始めた。
「僕、あの頃は……凄く楽しかった」
クラスの人とも普通に話して、 皆からも信頼されていた。友達だって多かった。
でも陽葵は少し違った。
陽葵は家がお金持ちで、
かっこよくて、
だから周りにはいつも人がいた。
けれどその人たちの多くは
お金目当てだったり、
ただ人気者と仲良くなりたいだけだったり、
女の子の集団で近づいてくる人たちだった。
「……その頃の陽葵、結構困ってたよね」
紗奈は小さく笑う。
「うん、正直大変だったね」
陽葵も苦笑した。
紗奈は静かに続ける。
小学校の頃
「陽葵って……すごく優しい人だから」
「ちゃんと人のこと考えてるし、
困ってる人がいたら助けるし」
「僕、そういうところ知ってたから」
「だから友達になりたいって思ったんだ!」
陽葵は少し驚いた顔をする。
「本当?」
紗奈は頷く。
「うん!」
それから二人は、いつも一緒にいるようになった。
学校でも。
帰り道でも。
休み時間でも。
気づけば、
二人はいつも隣にいた。
「……すごく、楽しかったなぁ」
紗奈の声が少し震える。
「でも」
「五年生の時、陽葵引っ越したよね」
陽葵の表情が少し曇る。
「……うん」
「親の事情で、 急に決まって引っ越すことになったね」
紗奈は静かに頷いた。
「うん」
「それで……」
「陽葵がいなくなってから、二週間くらいだったかな」
紗奈はゆっくり目を伏せた。
「僕……いじめられるようになった」
部屋の空気が、少し重くなる。
「……澪が、きっかけだったんだ…」
澪は三年生の時に転校してきた。
そして、
陽葵のことが好きだった。
でも澪はすごくしつこくて、
陽葵も困っていた。
「だから僕、何回も間に入ってたよね」
それが原因だったのかもしれない。
陽葵がいなくなってから、
澪は僕をいじめ始めた。
最初は澪だけだった。
でも澪はクラスの中心みたいな存在になっていって、
皆も逆らえなくなっていった。
澪に逆らったら、 次は自分がいじめられるから。
クラスの人たちは、
何も言えなかった。
そしていつの間にか
「……皆が僕をいじめるようになった」
紗奈の声がかすれる。
陽葵は黙って聞いていた。
拳を強く握りながら。
「だから中学校に上がる時」
「澪と同じ学校にならないように、遠い中学校に行った」
通学は大変だったけど、
それでも会わない方がいいと思った。
でもそんな平和な暮らしは長く続かなかった。
「中一の5月くらいだった…」
紗奈は少し言葉を詰まらせる。
「お父さんとお母さんが……離婚したんだ」
原因は、父親の浮気だった。
毎日喧嘩して。
家の空気がどんどん重くなって。
「その時……僕」
「何を信じればいいのか、分からなくなった」
紗奈は母親についていった。
最初は優しかった。そんなお母さんが大好きだった。 でも、
「だんだん……変わっていった」
母親は紗奈に頼るようになり、
そして次第に
紗奈を利用するようになった。
「紗奈は私のこと見捨てないでね」
「なんでお母さんのこと一番にしてくれないの?」
そんな言葉が、何度も繰り返された。
二年生の頃には、
もう母親の態度は完全に変わっていた。
「……三年生の頃にはもう…僕は…」
紗奈の息が浅くなる。
「家族が怖かった…」
それでも表には出さなかった。
だから余計に
自分が何なのか分からなくなっていった。
「お母さんに怒られないように」
「お母さんが機嫌悪くならないように」
そうしているうちに、
紗奈は “人は怒るもの” だと思うようになった。
「だから僕」
「皆にも……」
「怒られないように、いろいろしてあげなきゃって思うようになって…」
人が怖くなった。
怒られるのが怖くて。
嫌われるのが怖くて。
「それで高校に上がる時」
「お母さんには嘘ついた」
遠い学校を選んだ。
母親から離れるために。
「それで……」
紗奈はゆっくり顔を上げる。
陽葵の方を見た。
「陽葵に、また会った」
小さく笑う。
「……びっくりしたよ…」
陽葵はしばらく何も言えなかった。
そして、ゆっくり口を開く。
「紗奈」
声が少し震えていた。
「……ごめん」
「守れなくてごめん」
「ささえられなくてごめん」
「気づいてあげられなくてごめん」
「助けられなくてごめん」
「…………ごめんね、紗奈」