テラーノベル
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熱で歪む空気の中、ナツギはひざまずいていた。 焼け焦げた屋上のコンクリートに、冷たい腕をそっと横たえる。 その腕に繋がる身体は、まるで眠っているように静かで、美しかった。 10年という時を超えてなお、その表情はあの頃のままだ。
「ごめんね、待たせた。……でも、今度は、ちゃんと一緒だよ」
火の粉が舞う。それでも彼の目は、静かだった。――どこまでも、穏やかだった。
足音が一つ。屋上の入り口から、誰かが駆け上がってくる。 ナツギはそれを背にしたまま、ハルトの頬に指を這わせた。
「誰も僕らのこと、わかってくれなかった。 でも君だけは、最初から僕の全部を受け止めてくれてた。……だから、僕も応えないとね」
背後から風が吹く。火の音、サイレン、遠くの喧騒―― そして、ナツギの耳にはもう何も入っていない。
彼は、ハルトの冷えた体を抱きしめたまま、立ち上がった。 ふたりの影が、燃える夜空に溶けてゆく。
「行こう、ハルト。――君と僕だけの、場所へ」
――風が一瞬、止まった。 そして次の瞬間、ナツギの身体は、静かに闇へと落ちていった。
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