次の日、私たちは『循環の迷宮』探索の準備をするために街に出た。
ルークはしきりに周囲を見回している。
もちろん、オティーリエさんがいないかを警戒しているのだ。
「……気にしすぎじゃない?」
何となく私が言った言葉に、ルークは慌てた。
「え!? あ、そうですね……。
しかし相手が王族となれば、扱い方も変えなければと思いまして……」
「でも、向こうは名乗っていないんでしょ?
それなら普通に接していれば良いんじゃないかなぁ」
身分を言うつもりがないのなら、こちらもそれに付き合うだけだ。
いちいち行間なんて、読んでなんかいられない。
「さてさて、アイナさん! 今日はどういう予定にしましょう?」
「とりあえず食糧を買いこむんですよね。
パンとかお惣菜的なものを買っていけば良いですか?」
「そうですね……。野菜や果物もしっかり摂りましょう!
何事もバランス良く、です!」
エミリアさんの良いところは、例え大食いであってもバランスを考えて食べるところだ。
見ていて気持ち良いというか、そう感じさせる食べっぷりを見せてくれる。
「では、果物はいろいろと買っていきましょう。
野菜は……そのまま持っていくには、少しアレですかね?」
「レタスを剥ぎながら食べるのも、少し寂しいですから……。
サラダや炒め物にしてもらって、迷宮内で取り分けるのはいかがでしょう」
「……であるなら、他のお料理もそれでいけますよね。
とすると、取り皿とかも必要か……」
「それなら洗い物用に、お水もたくさんあった方が良いですか?」
「『循環の迷宮』って、水とか風が循環しているんですよね?
川があれば私が浄水できますよ。その……錬金術で」
錬金術、とは……。
いや、もはやここはツッコミどころでは無いか。
「アイナさん一人で、問題はすべて解決できますね!
それではお惣菜屋さんを巡りながら、お料理を作ってもらえるところも探してみましょう」
「そういう流れになるなら、もう少し準備の日数を取っておいた方が良かったですね。
材料の仕入れとかもあるでしょうし……」
「確かに。
次に準備をするときは、そのようにしましょう!」
え? 次、また行くの?
……まぁ今回の成果次第かな? 良いものが手に入ればまた行けば良いし、そうでもなければおしまいにすれば良いし。
「あ、そうだ。そういえば私、錬金術師ギルドに納品しに行きたいんですよ。
ついでに食堂に行って、そこでお料理のことを掛け合ってみても良いですか?」
「わぁ、良いですね!
ププピップのお料理があれば百人力です!」
エミリアさんは大喜びだ。
確かにあの味は、元気が出てくるからね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ、3名様ですか?」
「えっ!?」
錬金術師ギルドの食堂に着くと、私は驚きの声を上げてしまった。
何と普通に接客をされたのだ。ちなみに店員さんは、初めて見る女の子だった。
「あ、はい。えぇっと……いつものおばちゃんは?」
「今日はお休みですよ。この食堂は年中無休なので、シフトがあるんです」
「なるほど、そうでしたか……。
今日は食事もそうなんですけど、少し相談したいことがありまして……」
「相談ですか? はい、ひとまず私が承りますね」
事情を店員さんに話して厨房に確認してもらうと、翌朝の受け取りであるなら大丈夫……という返事をもらえた。
料金は少し上乗せされるけど、それ以上の額を錬金術師ギルドで稼いでいるから問題は無しだ。
「――それではお願いしますね」
そう言いながら、注文したメニューが書かれた紙にサインをする。
お金は先払いにしておいたから、明日は受け取るだけだ。
「はい、承りました。
……あ。あなたがアイナさんなんですね」
「え? はい、そうですけど」
「受付のテレーゼさんが、アイナさんのお話をよくするんですよ。
なので、私も一度お会いしてみたかったんです」
「あー……、変なお話じゃないですよね?」
「まさか!
いつか一緒に遊びに行きたいと言っていましたので、ぜひ付き合ってあげてください」
……断りたい。
でも、ここは社交辞令で。
「そうですね、機会があれば……」
「そのときは私も連れていってくださいね。出来れば、で構いませんが」
「テレーゼさんとは、仲が良いんですか?」
「ええ、小さいころから一緒に遊んでいたんです。
それでテレーゼさんが錬金術師ギルドの職員になりたいっていうものだから……、私も食堂でお世話になることにしたんですよ」
「へぇ……。素敵な関係ですね」
「はい♪」
小さい頃から、テレーゼさんと一緒なのかぁ……。
それならあの、ぐいぐいくる性格も慣れているんだろうなぁ。
羨ましい……けど、今に至るまでずっと一緒というのは……。
あ、いや。ぐいぐいくる以外は性格は良さそうだから、あそこに慣れてしまえば問題は無いのか……。
むむむ、難しい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アイナさあああああん! 今度はお昼時に来てくださいよおおおおお!!」
受付カウンターに戻ると、テレーゼさんが大声で騒ぎ始めた。
この大声、何とかしてもらえないものか……。
「はぁ……。
明日から1週間くらい外に出掛けますので、そのあとで良ければ……」
「むむ、絶対ですよ!」
「忘れていないなければ……」
「忘れさせてなるものですか!」
「では、ダグラスさんをお願いします」
「かしこまりました!」
ワガママは言うものの、仕事はしっかりしてくれるテレーゼさん。
隙あらば担当以外のこともしようとするけど、根は良い人だとは思うんだよ。うん。
その後、呼んでもらったダグラスさんと一緒に依頼報告のカウンターに向かう。
「えぇっと、今回受けていた依頼は3件で……これが作ったものです」
「それじゃ、さくっと検品するから少し待っててくれ」
そう言うと、ダグラスさんは次々と、素早く鑑定をしていく。
「――うん、問題は無さそうだ。今回もありがとうな。
ああ、そうそう。実は、依頼が急に増えてしまったんだ。
ぶっちゃけて言うと、アイナさんをご指名のような依頼だから……全部受けてくれると助かるんだが」
「え……? 指名、ですか?」
「美容関係の依頼がたくさん届いてなぁ……。
基本的には名指しの依頼は不可にしているんだが、いかんせん依頼主が王族ばかりのもので……」
「はぁ……。
明日から1週間くらい王都から離れますので、今日中に出来る分はやってしまいますか……」
「本当か? それは助かる!
それじゃ、この34件なんだけど――」
「……え? さんじゅうよんけん……?」
想像以上に多い件数手……。
でも出来るだけ、今晩のうちにこなしてしまおう。
気兼ねなく、『循環の迷宮』に挑戦したいからね。
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