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「あ、夜が来るよ。」
さっきまで黄金色に輝いていた水中は、まるで布で覆ってしまったかのように光一つ届かない、完全な漆黒と化そうとしていた。
…あ、駄目かも、
息が深く吸えなくなって、頭がぐるぐるしてくる。手が震えて耳がきんとする。
…静かだ。暗い、見えない。寂しい、怖い、。どうしよう、怖い、寒い。誰も、誰もいなくなっちゃう…お願い、俺を置いていかないで…!
その時、体にふわりと体温を感じた。視界が戻ってきて、やっと涼架の顔が見えてくる。
「大丈夫、大丈夫だよ。僕はここにいるから。」
喉がひくついて上手く吸えなかった息が、涼架のあたたかさに触れた瞬間にゆっくりと入ってくる。たまらなくなって涼架の体にしがみついて目を閉じた。恐怖で手が少し震えて、勝手に涙が溢れてくる。
静かに背中をさすってくれる手が優しくて、縋りつくように握っていた手をさらに強く握りしめた。
しばらくしてから、やっとゆっくりと息を吐いて、体の力を抜くことができた。
「…あっ見て、あれ。光の花。」
ふと、涼架が声を上げた。涼架が指さした先には、青白い光の粒が集まって、花のような形を作っていた。触れるとふわりと散り、また集まって形を作る。
「…綺麗だね。」
「うん。元貴にも見せたかったんだ。」
その一言が、なぜか胸に深く刺さった。自分に、そんなふうに言ってくれる人がいるなんて。
涼架は光の花にそっと手を伸ばし、元貴の手の上に自分の手を重ねた。
「ほら、触ってみて」
指先が触れた瞬間、光の粒がぱっと弾け、二人の周りをゆっくりと舞った。 その光の中で、涼架が微笑む。
「元貴の手、さっきより温かい」
「…涼架が、ずっと握ってるから」
言った瞬間、涼架の頬がほんのり赤く染まったように見えた。 深海の光のせいかもしれない。 でも、元貴の胸は確かに熱くなった。
「ありがとう、涼架。」
「いいよ、今日はここにいちゃおっか。ここは明るいし。」
何でもなかったようにただ隣にいてくれる優しさで胸がいっぱいになりそうだった。
「…暗闇が、怖いんだ。孤独に飲み込まれてしまうから。心の穴があいていることを思い知らされるから。」
こんなことを誰かに言うなんて、自分でも信じられなかった。自分の中では、一生の秘密になる予定だった。
涼架は少しだけ目を見開いたあと、ゆっくりとほどけるように笑った。
「じゃあ、これからはずっと僕が一緒にいるよ。心の穴はきっと埋められないけど、新しく飾り付けちゃえばいいよね。
楽しいこと、幸せなこと、たくさん作って、いつでも思い出して、
穴も空いてるけど、飾りの一つになっちゃうみたいな、素敵な思い出の世界をつくろうよ。」
涼架がいたずらっぽく笑った。深海の冷たさの中で、彼だけがやけにあたたかい。あたたかすぎて、触れられない。僕なんかが触ってしまったら、彼の美しさが、彼の優しい炎が、汚れてしまうような気がする。
「…どうしてそんなに…あたたかくいられるの…?」
「…そういたいと願ってるから。…本当はずっと、冷たいままなんだ。魂が、血が、僕を凍らせていく」
涼架は視線を落とし、指先で水をすくうように動かす。 光の粒がその手からこぼれ落ちていく。
「でもね……元貴と話してると、胸の奥が少しだけ痛くなるんだ。 忘れてた気持ちを思い出しそうで、怖くなる、
…元貴、お願いだからここにいてね。今だけでいいから……僕のそばにいて。」
いてもいいんだろうか。僕にはなんにもないのに。
光の柱の脈動が、まるで二人の心臓の音を重ねているかのように、ゆっくりと響いていた。
涼架は元貴の手を握ったまま、ほんの少しだけ指を絡めるように強く握り返した。その仕草は無意識のようにも、互いがそこにいることを確かめるようにも感じられた。
ぼんやりと、ゆっくり意識が覚醒に向かっていく。はっきりとしていく感覚に、隣に感じる体温が小さく上下していて安堵した。
よかった、いなくなったりしなかった。
久しぶりに眠れたようで頭がすっきりと心地いい。あの暗闇が嘘のように辺りは、地上から差し込む光で淡く輝いている。静かで、白い朽ちた柱に心が安らいでいく。
身じろぎをすると起こしてしまったようで、隣から小さな呻き声が聞こえた。
「あ、元貴…、おはよう…」
「おはよう、涼架。昨日、ありがとう。」
「いいよ、僕も元貴が居たから安心した。」
「あ、のさ…、涼架のこと、涼ちゃんって呼んでいい…?」
一瞬の沈黙が、何分にも感じられた。友達を作るのがひどく苦手なものだったから、どんな距離の詰め方がいいとか、全く分からなかった。
ちょっと馴れ馴れし過ぎたかも、ちゃん付けってちょっと嫌じゃないかな、声ちゃんと出てたかな、
涼架が口を開くまで、不安が駆け巡って逃げ出したくなっていた。
「えっ、いいよ!涼ちゃんっていいね!可愛い!」
その言葉にほっと胸を撫で下ろした。良かった、合ってたっぽい。
「じゃあ俺も元貴のこと他ので呼んだ方がいい?もっくん、とか?」
「…ううん、俺は涼ちゃんには元貴って呼ばれたいな。」
「そっか、そうするね。なんか友達ってやつみたい!楽しいね」
「うん、そうだね。」
友達…、何故かチクリと痛みがあった。そんな言葉じゃ物足りない感じがして、涼ちゃんと自分を表す他の言葉をいくつか羅列したが、ぴったりのものは見つけられなかった。
「僕、ここでのお仕事があるんだけど、手伝ってくれる?お掃除とか、見回りとか。昨日までは一人だったから、めんどくさいし毎日同じだから飽きちゃうんだけどさ、今日からは元貴がいるから楽しみだな。」
元貴がいるから…元貴が、いるから…
その言葉を反芻してつい浮き足だってしまう。
涼ちゃんと二人きりの、この閉ざされた世界。太陽の光も満足には届かなくて、かつての人の面影があるからこそ、より一層物寂しさが漂っている。そんな場所だからこそ自分と涼ちゃんの二人だけが変に浮いてるようで、それにまた嬉しさが募った。
「うん、やりたい。涼ちゃんと一緒に。」
その言葉に涼架は花が開いたようにふわりと笑い、二人の影がアトランティスの蒼い光に映し出されながら、澄んだ深淵へと歩を進めていった。