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ーー
分かりきっている。
ゆきが俺を好きじゃない事くらい。
悲観している訳じゃない。長く見てきたからこそ分かるんだ。
唇を噛む。
俺の心はやるせなさに埋め尽くされていた。
傍にいるだけで、良かったはずだろ?何で俺はゆきの邪魔をしている?
…分かっている。この気持ちも全部。
認めたく、ないだけだ。
ゆきは綺麗だ。青空を写した宝石のような瞳に白い肌、艶やかな黒髪。
本人は気づいてないのか、気にしていないのか、それなりに人目を引く。
何故碧眼なのか、ゆきはよく聞かれるがその度に「分からない」と笑う。碧眼については全くもって気にしていないようで、いい意味で落ち着いているが、裏を返せば自分に無頓着と言える。
俺は1人、ため息をつく。
ゆきは、引越してしまった。
今は昼休みで、俺は非常階段に座っていた。
チャイムが昼休みの終わりを告げる。
…サボるか。
ゆきが居ないのなら、学校に来る意味もない。
「先輩、ここに居たんすね」
声に振り返ると、後輩の姿があった。
「サボりなんて、らしくないすっよ」
「……」
「何かあったんすか?」
「ん」
「最近、先輩元気ないじゃないですか。だから…」
「別に、ただ気が乗らないだけだ」
確か名前は瀬尾といったか。こいつは最近転校して来たらしく、あの事件について知らないようだ。
「京介先輩、俺」
立ち上がり、瀬尾の頭に軽く触れる。
「ぇ、あ」
「じゃあな」
そのまま背を向け、俺はその場を離れた。
これからつまらない日々が続くと思うと、何もかもくだらないと思ってしまう。
俺が求めるのはゆきだけだ。
なのに、ゆきはいつも遠くへ行ってしまう。
「……」
ゆきがいた時は輝いて見えた景色も、今は色あせてしまったようだ。
「蓮……僕は…蓮の事好きだった。だから、僕なんかじゃなくて、もっと別の……。」
薄明かりの中、聞こえるゆきの声は震えていて、ここからでも泣いていると分かる。
確かに聞こえた「好き」だと言う言葉。
ゆきが蓮に好意を寄せているのは分かっていた事だ。
佐々木蓮。そいつは上辺だけで取り繕う、薄っぺらい奴だった。あいつは平気で心にも無い言葉を零す。でも、そんな奴がだんだん笑顔を見せるようになったのは、ゆきという光を見つけてしまったからだろう。
以前、蓮にゆきから離れるよう言った事があった。蓮は「そんなに束縛してちゃゆきが可哀想だよ」と言った。それからの事はよく覚えていない。でも、喧嘩したことは事実だ。たった一言で、理性を失った俺も、どうかしているが。
「青春劇もこれで終わりか。京介、声を掛けに行ってあげなよ」
「……」
ゆきは俺じゃなくてあいつを選んだ。なら、俺が行く意味なんて無いじゃないか。今行っても、疑われるだけだ。
「ま、俺が行くけど」
結月が歩き出す。
俺はただ物陰に息を潜め、唇を噛むだけだった。
腹部を抑える結月と、荒い息を繰り返すゆき。
こんな事、起こってはいけなかった。俺は止められたはずなのに。
ゆきの手を、汚させてしまった。でも結月はまだ生きている。それなら、俺が。
「大丈夫だ」
ゆきは驚いたような顔をしていた。首には痕が残り、両手は血だらけだった。
結月の周りには、血溜まりができている。
このまま放っておけば死ぬだろう。
「ゆき、目を瞑ってくれ。俺が、終わらせる」
結月は悪魔のようだ。俺はそんな悪魔を、見ない振りをして許し続けていた。
地面に落ちているナイフを拾う。持ち手はまだ少し熱が残っていた。
「京介!ダメだ、…京介!!」
ゆきを、人殺しになんか出来るかよ。
「……」
結衣は鉄の柱にもたれたまま、ぼんやりと俺を見ていた。俺はそのまま、ナイフを結月の首に突き付けた。
「…ふ、京介、お前は十分狂ってる」
「それが最後に言う事かよ…」
結衣はそれ以上何も言わなかった。
ザシュ
結局、最後まで俺は結衣というやつを理解する事ができなかった。
カランッ
ナイフが指先から滑り落ちた。
「……京介」
振り向くと、背後にゆきが立ち尽くしていた。
「…結衣は死んだ」
「……」
「…ゆき、ゆきは何も悪くない」
「……京介は何で、いつも僕なんかを」
「ゆき」
「、なに」
「…愛してる」
「え、?」
ゆきの思い詰めた顔が一転し、驚きから、頬を赤く染める。
「初めて会った日から、ゆきが好きだった。好きだから、俺はゆきを守りたかった。でも、結局それは良いように言っただけだ。俺は、ゆきを傷つけただけだった。ゆきは何も間違えていない。間違いなのは俺だ。俺の存在自体間違いだったんだ…」
泥のように心の奥に溜まっていた言葉を吐き出す。やっと、伝える事ができたはずなのに、胸は痛んだままだった。
「…僕が傷ついたんだとしても、それと同じくらい京介だって辛かったはずだ」
透き通った宝石のような瞳が、俺を捉える。
他でもない、俺だけを見ている。
「…ごめん。……好きだ」
「っ…訳分からなくなるじゃん」
怒っていたはずなのに、照れる姿がどうしようもなく愛おしかった。
「……」
「…」
「……ゆき、嘘でも良いから、俺のこと好きだって言ってくれないか」
できるだけ軽く言うつもりが、声が震えてしまった。
「…………いい、けど」
少しの沈黙のあと、色々言いたい事があるという顔をしながらも、ゆきは頷いた。
「京介…好きだよ」
ずっと欲しかった言葉。
「…ありがとう」
ゆきはすぐにそっぽを向いたが、耳が真っ赤だ。
「……」
「…京介?…もしかして泣い」
「てない。…てかこんな状況で何してるんだ」
無理やり目を擦り、俺は笑って見せる。
「京介が言い出したんじゃん!」
「はは。…帰ろうか」
「…帰れるか分かんないけどね」
「だな。ゆき、先に外に出てくれ」
「何で?」
「スマホ、落としたから取って来る」
「…分かった」
これからやる事は決まっている。
ゆきが外に出たの確認する。木箱の中に入った物を手に取り、蓋を開け、中の液体をそこら中にばら撒く。
倒れている結衣の隣にしゃがみ、ポケットからライターを取り出した。結衣がするはずだった事。結衣が死んだ以上、この役目は俺になったのだ。
「…ゆきは強いから、俺が居なくても大丈夫だ」
深く息を吸う。
辺りにはガソリンの匂いが充満していた。
…嘘だとしても、ゆきは俺を好きだと言ってくれた。
やっと俺を見てくれた。
どうしようもなく俺は、満たされていた。
…これが最後だとしても、悪くはない。
「全てが恋しい、なんてな」
カチッ
コメント
1件
すみません、めちゃくちゃ長くなっちゃいました……💦 あと少しでラストです 最後まで読んでくれたら嬉しいです