久しぶりすぎる更新でもう忘れられてそう……。
もっきー参戦!
楽曲制作が一段落ついた頃、まるで見ていたかのようなタイミングでメッセージが届いた。ぐっと伸びをしてから携帯を手に取り内容を確認する。差出人は若井だった。
“お疲れ様。もし時間があるならこっちに来て欲しい”
あまりにも短い要望に思わず眉根を寄せる。
涼ちゃんと若井の共同生活は想像以上にうまくいっていると思っていたけれど、何かあったのだろうか。
すぐ行く、と、返事をすると即座に既読がついて、“鍵は開いてる”っていう簡素な返事が返ってきた。
出かける準備を手早く済ませて家を出る。携帯と財布があれば充分だろう。
二人の家に向かっている道中、ぼんやりと考える。
休止期間中、留学する予定が感染症によって諦めざるを得なくなり、これを機会に何ができるかを模索した結果、二人の距離を縮めるまたとないチャンスなのではないかと共同生活を提案した。
仲はいいけど芯食った話をしない関係性は、ここが正念場だというときに困ることがあるかもしれない。それを感じていたのか涼ちゃんは二つ返事で諾を返したけど、予想通りに若井は難色を示した。苦手意識を持っている人間と四六時中一緒にいるのは、確かに精神的に負担が大きいだろうから気持ちは分からなくはない。
でも、Mrs.がMrs.として成長するためには、思い描いた未来に到達するためには、そしてその先に進み続けるためには絶対的に必要なことだと若井自身も理解していたのだろう。少し嫌がりながらも最終的には共同生活に同意した。
俺や他のスタッフの心配をよそに、若井の態度は一ヶ月が経過する頃に笑えるくらいに急変した。言葉に当てはめるなら“陥落した”というのが最も近い。
態度が軟化したとかのレベルではなく、涼ちゃんの人柄を褒め、自らくっつきにいき、何かと涼ちゃん涼ちゃんと言うようになり、物理的な距離がぐんと近くなった。割と全方位に振り撒かれていた涼ちゃんの優しさを自分だけが享受しているからなのか、あの癒しオーラを浴び続けたら、どんな人間も善人になるんじゃないかってくらいの変貌を遂げた。
狙い通りと言えば狙い通りだ。お互いの手料理を一緒に囲んで嫌が上にも時間を共有すれば、ギクシャクした関係もある程度緩和するだろうとは思っていた。
それにしても早かった。同じように厳しいレッスンやボディメイクに励む仲間意識と、涼ちゃんのやさしさや可愛らしさが、若井の中にあった不満や不信を急速に瓦解させたのだろうか。
元々涼ちゃんは若井を嫌っていない。自分に対して多少当たりが強いのも仕方がないと割り切っていた。出会いが出会いだったから、と。そこは俺のせいもあるから、これがいいきっかけになるといいね、と慰めた意味もなかったな、と思うほどだった。
そう思えば、二人の共同生活は予想を遥かに上回る成果を出した。
だけど、それを素直に喜べない自分がいる。
――そこは俺の場所だったのに。
仲良く戯れ合う二人を見て率直に俺はそう感じた。
最初、涼ちゃんと若井のどちらに嫉妬しているのかが分からなかった。幼馴染の一番近い位置をとられたことへの不満なのか、俺を包み込んでくれる存在が他の人間を受け入れたことへの寂寞なのか計りかねた。
それを明らかにするために時間を掛けて己の感情と向き合って出した結論は、その両方だった。
ずっと俺を信じてくれている若井は大切な友人で、気兼ねなく過ごせる仲間で、これから先ずっと一緒に活動したい戦友だ。あの信頼には応えたいし、大切な財産となっている。この気持ちに一欠片の偽りもない。若井の一番親しい友人は俺でありたい。
ただ、恋人になりたいか、と訊かれたら答えはノーだ。
大切で大好きだと胸を張って言えるけれど、若井に対する感情は恋じゃない。
傍に居れば満たされ、会えない寂しさに焦がれ、狂おしくなるような、感情が焼き切れるような、そういった衝動じゃない。
恋しくて憎らしくて、可愛くて疎ましい、でもなによりも、ただただ愛おしい――そんな、あたたかくも激しい情動の全ては、一心に涼ちゃんに向けられていた。
つまり俺は涼ちゃんに恋をしている。
思い返せば一目惚れだったんだろう。生き急ぐ俺にとって運命の人。今や俺の人生そのものになった人。俺のために生きて、俺を生かしてほしい人。
気付いてしまえば簡単な話だった。
誰がなんと言おうと涼ちゃんを手放す気がないのも、くっついて俺のものだと誇示したいのも、共同生活を送る若井との距離にヤキモキするのも、ぜんぶそのせいだ。
恋といえば聞こえはいいが、俺の中の涼ちゃんへの想いは狂気的な執着と即物的な劣情に過ぎない。
元々ピアノはそこまでやっていなかった涼ちゃんにメジャーデビューを目指すバンドのキーボードを担当させることについて、メンバー内でも不安の声があった。メンバーの気持ちが分からないわけではなかった。だけど、俺の思い描いたビジョンにピタッと嵌まったのが涼ちゃんで、涼ちゃん以外要らないと俺は頑なに譲らなかった。
あの時には既に、俺は涼ちゃんが欲しかったのだろう。彼の存在そのものを、Mrs.を含めた俺という存在に縛り付けたかった。
涼ちゃんは俺の期待に応えるように、俺の世界を表現するために、やったこともない楽器を購入した。バイトで食い繋ぐ中でそんなものを買ったからろくに食べられなくてガリガリで、それでも一生懸命に泣きながら練習を重ねる姿に俺は計り知れない歓喜に身を震わせた。
俺の曲を演奏している間はずっと俺のことだけを想ってくれるから。
俺の言葉で息をして、俺の音楽で心臓を動かしてくれるから。
涼ちゃんの頭の中をぜんぶ、俺が独占できるから。
でも、そんなことを言われても困るだろうと、この想いを口にする気はなかった。戯れに好きだよ、とかは言うけれど、仲の良すぎるメンバーで止まっていられるように。
それでも時折、どうしようもなく涼ちゃんが欲しくなるときがある。寂しくて仕方がない夜や、ふとした瞬間にあの優しさに包まれたくなる。そんな時は呼び出して彼の甘さに漬け込んで、ただ抱き合って一緒に寝る。
弟ができたみたいくらいに思っていすやすや眠る涼ちゃんの喉元に、思い切り噛み付きたくなるのを必死で堪えているなんて、きっと涼ちゃんは思いもよらないだろう。
そうやって自分自身の感情に蓋をして、あふれてしまわないように、見ないふりをするのではなくて、零れ落ちないように監視をしつづけていた。
――なのに、俺は今何を見せられているんだろう。
「……どういう状況?」
開いている、という言葉の通り玄関は開いていて、防犯上鍵を閉めてリビングに向かう。そんなに大きい家ではないから物の数歩だ。
喧嘩でもして気まずい空気だったらどうしようなぁと考えつつ、扉を開けて部屋の中を見た瞬間、呆然と立ち尽くし、どうにか絞り出した言葉はありえないくらいに掠れていた。
部屋の中に二人がいるのは当たり前なんだけど、問題は二人の体勢だった。喧嘩をしていてくれたほうがまだマシだった。止めればいいだけだから。
若井がソファに座り、涼ちゃんがその若井の上に向き合って乗っている。
若井の両腕がしっかりと涼ちゃんの腰に回され、涼ちゃんは離れようと暴れているのか、若井の肩をぐいぐいと押していた。
「お疲れ元貴。はやかったね」
涼ちゃんの抵抗を物ともしないのは、筋トレの成果だろう。腕の中に涼ちゃんを抱き込んだその体勢のまま、若井が爽やかに笑って言う。
「ちょ、ねぇ、一旦離れよ!?」
「やだ」
楽しそうな笑顔を浮かべて、若井が涼ちゃんを抱き締める腕に力を込めた。ぐぇ、とうめいた涼ちゃんが、なんなのもう、とうなだれる。
ねぇ、まじで何を見せられてんの? 二人のいちゃいちゃ?
見たくないんだけど。
眉をしかめる俺に気づいた若井が、ふぅん、と何かに納得したように眉を上げる。なんだよ、と視線を送ると、片頬だけ歪めてにやりと笑って涼ちゃんを解放し、自分の左側に座らせた。逃げないようになのか、ただ触れ合っていたいだけなのか、しっかりと手を繋いだまま。
なにがしたいんだよ。なんの用だったわけ? 仲良くなった様子を見せつけるために呼んだってこと?
蓋をしていた感情のグラスに亀裂が入る音がした。あふれないように、あんなに気を付けていたというのに。
そのとき、若井の右耳に光るものを見つけた。
「……ピアス?」
「お、さすが元貴」
にこにこの笑顔のまま、若井がこっち来いと手招きする。
素直に従うのもなんだかな、とは思ったけれど、気になったから近寄って、涼ちゃんの上に座った。
予想していたのか若井は声を上げて笑い、思った以上の衝撃があったのか涼ちゃんが潰れたカエルみたいな声を出した。
「さっきあけてもらった」
見ろと寄せてくる顔に近づき、痛いかもしれないから触らないようにまじまじと見つめる。
「……あけてもらった?」
「そう、涼ちゃんに」
若井の右耳から涼ちゃんの方に視線を移す。涼ちゃんは眉を下げて頷く。
「俺があけようとしてたら若井があけてって」
へぇ。
涼ちゃんが、若井に。
黙りこくった俺を涼ちゃんは不安そうに見つめてくる。プロデューサーでもある俺に許可なく開けたことを心配しているんだろう。
イヤリングをつけることもあるから、そこは心配しなくてもいいのに。
ふーん、と返した俺をじっと見つめたまま、
「そう、そんで俺たち、付き合おうと思うんだけど」
若井が爆弾を落とした。
「え!?」
なんで涼ちゃんが驚いてんだよ、と若井が笑う。だって、と涼ちゃんが口ごもる。
俺は何も言えなくて、心臓が凍りついたような嫌な感覚に襲われていた。うまく呼吸ができない閉塞感。奈落の底に突き落とされたような絶望感が徒党を組んで押し寄せてくる。
「でさ、元貴はどうしたいかなって思って呼んだ」
笑顔を真剣な表情に変えた若井が、静かに本件を述べた。
「……どうしたい、って、なに」
「俺と涼ちゃんが付き合うの、喜べる?」
空気に緊張が走る。俺も若井も、一瞬も目を逸らさず視線を絡ませたまま、涼ちゃんも口を挟まないまま、ただ沈黙が下りた。
若井は分かっているんだ。
俺の異常なほどの涼ちゃんへの執着と愛情に、いつからか気付いていたんだ。
知っているなら、気付いているなら話は早い。
感情のグラスに走った亀裂から、感情があふれ出るのを悟った。
「喜べるわけないだろ。俺も涼ちゃんが好きなんだから」
そう宣言して、不安そうに俺たちを見守っていた涼ちゃんに口付けた。
触れるだけの可愛らしいキスだ。
初めて触れた、ずっと前から触れたかった唇は、想像していたよりずっとやわらかかった。
目をまんまるにした涼ちゃんの頬を撫で、目をまっすぐに見つめる。
「好きだよ涼ちゃん。出会ったときからずっと。ずっと涼ちゃんだけが欲しかった」
やわく微笑んで甘く囁くと、目を丸くしたままの涼ちゃんの頬がじわじわと赤くなっていった。俯いて顔を隠してしまうから、頭のてっぺんに軽く口付ける。
脈アリな反応に笑みがこぼれる。こんなことならもっと早く伝えておけばよかった。籠絡しておけばよかった。
そんな俺を見て、ふは、と笑った若井は怒る様子もなく、脚を組んだ。
「だろうなって思ってた。……で、どうする?」
「なにが?」
「俺も元貴も涼ちゃんが好きなわけじゃん? で、俺は元貴も大切なわけ。ライバルでもいいんだけど、そうすると涼ちゃんはどっちも選ばないと思う」
若井の言わんとしていることを理解する。
それはそうだ。仲間として活動するのに支障をきたさないようにしようとしても、互いの言動や感情が気になるのは当たり前だし、涼ちゃんに想いを伝えた今、俺は我慢する気は毛頭なかった。
誰かのものになる前に、自分のものにしなければならない。そして選ばせるだけの自信があった。たとえ敵が若井であったとしても。
でも、事実として、俺にとって若井も大切な存在だ。種類が違えど、大好きな存在であることに変わりはない。
それは恐らく、涼ちゃんにとっても。だから涼ちゃんは、どちらかを選べといったら選ばないだろう。
再び黙り込んだ俺に若井が続ける。
「だから、全部取らない?」
「は?」
「仲間も恋人も、ぜんぶ。欲しいもの、ぜんぶ手に入れようぜ」
なんて狂った提案なんだろう。
なんて甘美な誘惑なんだろう。
知らず知らずのうちに口角が上がる。
恋は人を狂わせる? 上等だよ。
最高で最悪の最適解だ。
俺の表情から気持ちを汲み取った若井が、はい、と俺に何かを差し出した。
未開封のピアッサーだった。
「左は元貴があけてよ」
「は!?」
「左右それぞれに二人につけてもらった傷があるって最高でしょ」
驚く俺を見る目は真剣で、若井が冗談を言っているわけじゃないことを確認する。
暫くピアッサーを見つめて考えて、顔を上げた。
「いいよ、若井は俺と涼ちゃんのもの、涼ちゃんは俺と若井のもの、俺は涼ちゃんと若井のものってことで」
置いてけぼりになっている涼ちゃんにはあとでしっかり理解してもらうとして、まずは約束の証を若井の耳に刻もうじゃないか。
続。
もっきーに語らせると絶対重くなるし長くなる。
コメント
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このお話も気になってたんですよ✨2.3日前に読み返しててꉂ🤣𐤔 💙💛だけで付き合うなんて絶対❤️さん許さないよなーって🤔 じゃあ3人で?じゃあ愛され? キャ───(*ノдノ)───ァって🤣 楽しみにしてます🥰
この展開、めっちゃ好きです🤭 作者様のお話で、3人がどんなふうに付き合うか、過程も読んでみたいなと思っていたのでキャー💕となりました🫶