テラーノベル
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追跡者の猛追を振り切り、夜の王都の屋根を滑るように駆け抜けながら、俺(テウル・エクス)の思考は高速回転していた。「ダメだ……! 逃げるだけでは根本的な解決にならない……! あいつらが俺に執着するのは、俺が焦ったり、ツッコミを入れたり、無自覚にリアクションを取るから『面白がられて』感情の矢印を向けられているんだ……!」
前世の腐男子としての冷静なプログラミング思考が弾き出した結論。それは――**「感情の完全遮断」**。
「ツッコミをやめろ。動揺を捨てるんだ。無表情・無感動・無反応の『完全なる背景オブジェクト』と化せば、あいつらも『なんだ、つまらん男になったな』と興奮が冷めて、本来の主人公(レイきゅん)の元へ帰るはず……!」
俺は屋根の上にピタリと着地すると、懐から秘術の魔法媒体(かつてシオンの研究室からこっそり複製しておいた禁呪)を取り出し、己の胸元に突き突きつけた。
「――出でよ、我が心を静寂の深海へと沈める鎖。感情抑制・精神固定陣**【マインド・ゼロ(感情喪失)】**――発動!」
**シュン……。**
青白い魔導の光が胸腔へと吸い込まれた瞬間。
視界から鮮やかな色彩がすっと抜け落ち、脳内を支配していた恐怖、焦り、前世のオタクとしての熱狂が、潮が引くように消え去った。
(……あ、心が平穏だ)
心拍数、正常。脳波、一定。
俺は完璧な**「感情を持たない、ただの背景令息」**へとアップデートされた。
◇
**「テウルッッ!!」**
ドガァンと音を立てて屋根の上に降り立ったのは、大剣を握りしめ、息を荒らげるカゼル。
続いて、漆黒の飛行魔法陣を収束させたシオン、影から滑り出てきたヴェイン、涙目になりながら追いついたレイ、空間を穿って現れた義兄デウス。そして上空でニヤニヤと見下ろす魔王ベルゼ。
「ハァ……ハァ……追い詰めたぞテウル! もう逃がさねえ!」
カゼルが狂愛の瞳をギラつかせ、俺の肩を掴もうと手を伸ばす。
本来の俺なら「ひぇっ! 狂愛脳筋が来た!」と悲鳴をあげるところだ。
だが、今の俺は違った。
すっ……。
俺は一切の感情を排した、光の宿らない瞳でカゼルを見つめ返し、静かな低音で呟いた。
「……カゼル様。夜間の屋根遊びは危険です。お怪我をされる前に、ヴァルハイト公爵邸へお帰りください」
「……あ?」
カゼルの動きがピタリと止まる。
俺の手を掴もうとしていた指先が、空中で硬直した。
「な……なんだその顔……? お前、なんでそんな冷たい目してんだよ……?」
続いて、シオンが歩み寄ってくる。
「テウル、強がりはやめなさい。僕の個人研究室へ来れば、君の安全は保障する」
俺は首をミリ単位で傾げ、平坦な声で返した。
「シオン様。貴方の提案には合理性が欠如しています。私はエクス子爵家の長男であり、貴方の個人所有物ではありません。……失礼ですが、私は明日も学園の講義がありますので、これにて帰宅いたします」
「……ッ!?」
シオンの眼鏡の奥の瞳が、驚愕で大きく見開かれた。
いつもなら「緩衝陣がないと爆発しますよ」とノリノリで魔法論議に付き合ってくれたテウルが、まるで「初対面の他人に接するような、完璧で冷酷な一線を引く態度」をとってきたのだから。
さらに、涙目になったレイが前に出る。
「テ、テウル様……! 僕です、レイです! お願いです、そんな悲しい目で見ないでください……っ!」
俺はレイに対しても、寸分の狂いもない「完璧なモブ貴族の礼儀正しい微笑み(※心ゼロ)」を向けた。
「シルフィード殿。特待生としての勉学に励まれることをお勧めいたします。私のようなモブ貴族に関わられるのは、貴方の学芸評価にとって不利益です。……では、ごきげんよう」
一切の揺らぎがない、冷徹なまでの拒絶と無関心。
(……勝った)
【マインド・ゼロ】の効果の渦中で、俺の冷めきった思考が静かに勝利を確信していた。
(これでいい。あいつらは『俺の人間味』に惹かれていただけだ。感情を失った人形のような俺に、これ以上執着する理由など――)
しかし。
俺の予想は、最悪の形で裏切られることになる。
「……おい、テウル」
カゼルの声が、今まで聞いたこともないほど低く、地獄の底から響くような殺気を帯びた。
「なんだよ……その目は……。俺を……俺を『ただの他人』みたいに見るんじゃねえよ……ッ!!」
カゼルの赤髪が逆立ち、大剣から溢れ出た圧導魔力が屋根を崩壊させるほど膨れ上がる。
「素晴らしい……」
シオンがゾクゾクと全身を震わせ、狂気に満ちた笑みを浮かべた。
「感情を殺し、僕の差し伸べる手を拒絶するテウル……! ああ、なんて美しく、そして破滅的なんだ……! 壊してでも、その心の奥底にある本当の君を暴き出したくなったよ……!!」
「テウル様ぁぁぁぁぁっ!!」
レイに至っては、俺の「無関心」に耐えかねて大粒の涙をボロボロとこぼし、「僕を冷たくしないで!! 僕のこと嫌いにならないでぇぇぇっ!!」と、本来の気弱さからは想像もつかない【激重・絶望狂愛(受)】のオーラを放出させ始めた。
ヴェインは怪しく目を細め、
「ふふ、心を閉ざしたボウヤも唆るねぇ。どんな薬を使えば、その綺麗な目を泣き顔に変えられるかな?」とフラスコを弄び、
義兄デウスは、氷の瞳にドロドロの愛憎を滾らせて呟いた。
「……そうか。お前は私にすら心を閉ざすのだな。ならば良い……精神ごと壊して、私の腕の中で一生人形として愛してあげる」
上空の魔王ベルゼに至っては、爆笑していた。
「ハハハハハ! 最高だテウル! 感情を殺したことで、かえって害虫どもの『破壊衝動と独占欲』を限界突破させるとは! これ以上の傑作(総受け)があるか!」
(……え?)
【マインド・ゼロ】を発動しているはずの俺の無感情な脳に、冷や汗がつつーと流れた。
(待って。なんで? 感情を殺して『無害な背景』になったのに……なんであいつらの狂愛ゲージが【執着】から【破壊・監禁・壊してでも手に入れたい】へと限界突破・上方修正されてるの??)
「テウル!! 俺を見ろぉぉぉっ!!」(カゼル)
「君の心を解剖させてもらう!」(シオン)
「テウル様ぁぁぁっ!!」(レイ)
感情を失ったことで、かえって「冷徹クーデレ総受け(※心を閉ざした儚き存在)」という最悪の属性を付与されてしまったテウル・エクス。
過熱する男たちの手が、一斉に無感情な俺へと迫る――!!
(……あ、これ、感情戻した方がマシだった奴だわ)
感情抑制魔法をかけたはずの俺の心の中で、前世の腐男子としての絶叫が、静かに虚しく響き渡るのであった。
「……あ、これ、マジで死ぬ(壊される)奴だわ」
【マインド・ゼロ】の冷めきった思考回路の中で、俺(テウル・エクス)は自らの破滅を察知した。
感情を殺して「無関心なモブ」を装った結果、あいつらの癖(ヘキ)に超特大の燃料を投下してしまったのだ。
カゼルの狂愛大剣が迫り、シオンの黒術式が絡みつき、レイきゅんが泣き叫びながらすがりつき、デウス義兄さんが氷の監禁室の鍵をジャラジャラさせている。全員の目が「心を殺したテウルを壊して手に入れる」というヤバすぎる色に染まっている。
(あかん!! このままじゃ『無感情クーデレ総受け・監禁バッドエンド』一直線だ!! 戻せ! 感情を戻せぇぇぇっ!!)
俺は心の中で緊急解除コードを叫び、胸元の魔法陣を自らぶん殴った。
パァァァン!!
「――がはっ!?」
解けた! 抑制が解けた瞬間、脳内に色鮮やかな恐怖と前世のオタクとしてのパニックが一気に逆流してくる!
視界に迫るヤンデレ男たちの超接近顔面!
俺は全力で後ずさりし、両手を頭の後ろで組み、全力の営業用キャピキャピスマイル(※顔面蒼白)を貼り付けた。
「うっそぴょーん!! 自発的に感情抑圧してました☆! テヘペロっ!!」
ウインクをかまし、舌をペロッと出してみせる。前世のオタク知識を全開にした、圧倒的にダサく、圧倒的にウザく、圧倒的に「冷酷クーデレ」を全否定する破れかぶれの茶化しムーブ!!
「見て見て! ほら、ちゃんと感情あるよ!? 『ひぇ~怖いよ~!』って焦ってるよ!? だからお願い壊さないで解剖しないで監禁しないでぇぇぇっ!!」
……静寂。
夜の屋根の上。
夜風が吹き抜け、俺の「テヘペロ」の余韻が空しく響く。
(よし……! どうだ!? 一気に安っぽくてウザいギャグキャラに成り下がったぞ! これで冷酷儚げ美少年の幻想は打ち砕かれたはず――)
「……テウル」
真っ先に口を開いたのは、カゼルだった。
大剣を握る手がプルプルと震えている。
「お前……今……『うっそぴょん』って……」
「はい! ウソでした! 演技でした! だからカゼル様、その物騒な大剣を下げて――」
「可愛すぎるだろおおおがぁぁぁッッ!!!」
「「「「「(それだーーーーーっ!!??)」」」」」
カゼルが頭を抱えて咆哮した。
「なんなんだよそれ! 冷たい目したと思ったら『テヘペロ』って! ギャップで脳みそ溶けるわ!! 俺をどうしたいんだテウルぅぅぅっ!!」
「そ、そこぉぉぉ!? ギャップ萌えに変換すんな脳筋!!」
続いてシオンが、眼鏡をクイッと上げながらハァハァと荒い息を吐き出した。
「……素晴らしい。感情を殺すだけでなく、僕たちを揺さぶるために自ら道化を演じてみせるとは。どこまで僕の知性を試せば気が済むんだい……? 愛おしすぎて、やはり研究室に永久保存するしかない」
「深読みすんなマッドサイエンティスト! ただパニくってふざけただけだ!!」
さらに、大粒の涙を流していたレイきゅんが、パぁぁぁっと顔を輝かせて俺に飛びついてきた。
「テウル様ぁぁぁっ! よかった……僕のこと、嫌いになったわけじゃなかったんですねぇぇっ! 『うっそぴょん』のテウル様も、すごく可愛いですぅぅっ!」
「レイきゅん、抱きつかないで! 君は総受け主人公でしょ!? 抱きつかれる側でしょ!? 攻めたちに助けを求めなさい!!」
影から現れたヴェイン先生は「くくく……『テヘペロ』かい? ボウヤ、僕の調合した白状薬でもそこまで可愛い反応は引き出せないよ」と怪しく微笑み、
義兄のデウスは「……愛いヤツ。私を焦らすためにそのようなお茶目な真似を……やはり今すぐ連れ去る」と氷の鎖をジャラジャラさせ始めた。
上空の魔王ベルゼに至っては、屋根を転げ回って大爆笑している。
「ハハハハハ!『うっそぴょーん』!! 最高だテウル! お前のその往生際の悪さこそ、余の求める極上の娯楽!!」
(終わった………………完全に出ていくカードを間違えた………………)
俺はレイきゅんにしがみつかれたまま、天を仰いだ。
モブになりたくて、空気を読み、背景化を狙い、遠巻き鑑賞(高みの見物)を目指して走ってきた俺の生存戦略。
ステルス作戦→ 失敗(目立ちすぎた)
遠巻き観賞→失敗(中心地に引きずり降ろされた)
感情抑圧 → 失敗(壊したい欲を刺激した)
テヘペロ挽回→大失敗(あざと可愛さで完全撃沈)
「テウル! 今度こそ俺の舎弟になれ!」(カゼル)
「僕の個人所有物になりなさい」(シオン)
「テウル様、ずっと一緒にいてください!」(レイ)
「私の愛を受け入れなさい、テウル」(デウス)
全方向から伸びてくる、もはや逃げ場のない愛憎と狂気の手。
「うああああああん!! 誰か……誰か俺の代わりに『ほら滅』の総受けになってくれええええええええっ!!!」
満月の下、元・悪役令息テウル・エクスの、終わらない(そして絶対に報われない)モブ復帰への叫びが、夜空にどこまでも空しく響き渡るのであった。
コメント
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あらためて第9話、読ませていただきました…! もう、テウルくんの「感情完全遮断」作戦が逆に全員の狂愛ゲージを限界突破させる展開、笑いすぎてお腹が痛くなりました(笑)。特に「うっそぴょーん☆」からのギャップ萌え地獄の流れが神がかってて…。テウルくんが「終わらないモブ復帰への叫び」を上げるラスト、切ないのに面白すぎて二度見しました。次も楽しみにしてますね!
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藤塚 太陽
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