「何故、俺についてくる……」
眉間に皺を寄せながら、黒宮さんはちょっとだけ不機嫌そうに言った。
どうして私が親ガモの後ろをついていく小ガモのようになっているのかというと、自転車を譲ってもらったその日の帰りのホームルームが終わったところでこんなやり取りがあったのだ。
* * *
鞄の中に教科書やら何やらを詰め込んでから教室を出て家に帰ろうとしたら、廊下に黒宮さんがいたのである。
『またか……』と、ちょっと呆れながら理由を問い尋ねたのだが、ついつい笑いたくなってしまった。
『どうだ? あの小説は読み終わったか? あと何ページで読み終えられそうだ?』
この人、そこまでしてこの小説を早く読みたいのか……。私のような一年生は三階で、黒宮さんはふたつ上の三年生だから三階に教室があるわけだ。なのにこうして私の所へ度々やって来るわけで。よくもまあ面倒くさくないな。
もういっそ、私が読む前に黒宮さんに貸してあげようかな。私に会いに来るというよりも、私が持ってる小説に会いに来ているようなものだし。
でも、ちょっと可愛いなと思えてしまった。欲望に忠実――というよりも、なんだか餌をねだりにくる猫みたいで。
「あのー、黒宮さん? 先にこれ、お貸ししましょうか?」
その言葉を聞いた途端、黒宮さんの目はキラリと輝いた。
「ほ、本当にか! 本当に俺が先に読んでも……い、いや、いい。お前が読み終えた後で。さすがに先に借りるのは申し訳なさすぎる」
意地っ張りなのか、本当に私に悪いと思っているのか、それはちょっと分からないが、とりあえず素直に『はい』と答えておけばいいのに。
「でも顔に書いてありますよ? 先に読ませろって」
「ぐっ……」
ほらね、図星。私としては、自転車を譲ってもらったお礼として先に渡してしまっても別段困らないんだけどなあ。素直じゃないというか、なんというか。
もっと自分の本音を言えるようになればいいのに。この人の本質というか、実直さというか。それを知ったら黒宮さんの悪い噂なんて泡のように消えてなくなるはず。
そんなことをふと考えた今時分である。
それに、休み時間やらのたびに会いに来られてしまうとクラスメイトからあらぬ誤解をされてしまいそうな気もするし。だからその前に手を打っておきたいんだけど。
『じゃあ今から一緒に図書館でも行きます?』
『図書館……? それでどうするんだ?』
『私と一緒に読みましょうよ。そうすれば余計な気を使わなくて済むでしょう?』
我ながら良い案だなと思った。
が、そこはやはり黒宮さんは黒宮さんだった。
『断る』
有無を言わせぬ速攻のお断りの返事だった。
『え? なんでですか?』
黒宮さんは私に一歩近付き、さっき華ちゃんにした時と同じく私の肩にガシリと手を置いた。
そして――
『一人きりで読まなきゃ集中できねえだろ! いいか! お前が持ってる小説は滅多に手に入らない代物だ! あの三峰田とおるの処女作でもあるんだぞ! 面白いに決まってるだろうが! どんな話でどんな設定なのかくらいは知っているがあんな物語に出逢える機会なんてそうそうねえんだよ! だから一人きりになって集中して読みたい! いや、読む! そういうわけでお前と一緒に読むだなんてそんなことはできねえんだよ! どうだ理解できたか!?』
小説のことになるとめちゃくちゃ早口だなあ……。目も血走ってるし。ぶっちゃけ怖いんですけど。必死がすぎる。私もこんなふうに皆んなから思われているのだろうか。
『人の振り見て我が振り直せ、か』
『あ? 今なんか言ったか?』
『いいえ、何も。じゃあこんなのはどうです?』
『なんだ? とりあえず言ってみろ』
『交換し合いましょう。黒宮さんが持ってる小説と。たぶん私がまだ読んでないものもあるはずですから』
『……は?』
* * *
と、まあ。こんなやり取りの内容だった。なので後ろをついて行っているのだ。黒宮さんの家まで一緒に行くために。
「ついてくるなって……。何度言わせるんだよ」
「いえ、今日中に交換しておいた方が絶対に良いからです。別に明日、黒宮さんが学校に持ってきて交換しあってもいいんですけど、もし一日で私の気が変わったらどうですか? 貸してあげたくなくなったらどうしますか? 読めなくなっちゃいますよ?」
「そ、それは嫌だ!! 嫌だ嫌だ嫌だ!!!!」
子供みたいだな、この人。
「でしょ? だからこれから黒宮さんの家に私が行って、お借りする小説を選んだ方がいいんですよ。どうです? 理解できましたか?」
「まあ、理解はできた。それに、お前が提示してくれた案自体を受け入れるのもやぶさかじゃねえ。だがな……」
「だがな?」
「俺は一人暮らしなんだよ」
【続く】






