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食堂には僕とトニー、ハロルドが残っている。ハロルドは監視するためだろう。僕は座ったまま頭を抱え動けない。
「いつから知ってた?知ってて黙っていたのか?」
トニーは状況を把握していた。父上とキャスリンのことを知っていたからだ。知っていて僕に言わなかった。裏切りじゃないか!
「カイラン様が閨をせず疑問に思われたのでしょう、過去を調べられました。お母様のメイドを探しだし話を聞いたそうです。それから私は閣下に問いただされました」
疑問に持たれたか。そうだよな、父上が動かないわけなかったんだ。だからといってキャスリンを孕ませるか!?
「僕を諭した時には知っていたんだな。キャスリンに何が起こっても、とはこのことか。何年かけても償えか。もう遅いじゃないか!キャスリンは父上を選んだんだぞ!なぜ許しを乞えと言った?無駄だと知っていたろう!歩み寄っても無駄だ!期待を持たせて何がしたかった!?」
反省しても遅かった。もうキャスリンは父上の子を孕み続ける。
「私はカイラン様に何年もと言いました。ゾルダークの当主になるのなら覚悟が必要だと。閣下は仰っていました、死ぬまで待てと。このままキャスリン様の心が離れていくのを放って生きますか?それとも触れてもいいほどの信頼を得る努力をなさいますか?これからあのお二人が仲良くしている場面を見るでしょう。それに耐え、時を待てないならば、当主になるなどお止めなさい。逃げる選択肢もあります。閣下も許します。後継はいますから」
ゾルダークから出ていくのは簡単だ。それこそ自由じゃないか、ただのカイランだ。父上の子を宿したキャスリンを妻と呼び、腹が膨れていくのを間近で見ていかなければならないだと?耐えなければ後継失格か。父上が死ぬまで何十年あると思ってる!長すぎる。
「ハロルド、お前から見た僕は後継失格か?」
もうゾルダークから解放されてもいいだろう。キャスリンは幸せそうだ。あの父上と普通に会話をしている。僕は必要ないじゃないか、まるで夫婦に見えた。
「そうですね、恋心を婚約者に悟られた時点で一歩遠ざかり、夜会で置き去りにしてまた遠ざかり、その後も失態続き。閣下には遠く及ばない。閣下は女性に見向きもしなかったので、そこは有利ですが」
父上になれとでも言うのか、無理だろ。普通の思考を持ってない。だがキャスリンには気を遣っていた。あれは僕の知る愛だろ。いや、僕の知る愛を超えてる。
「ここで消えるのであれば足元にも及ばない。カイラン様には苦痛の日々が始まります。それに耐え、キャスリン様の心を掴んだ時、閣下と並べるでしょうね。無理だと思いますが。もちろん、他に女を囲いお二人を黙認するのもよいでしょう。中継ぎとして働けます。お二人も反対はされません。ですが、それではキャスリン様の手に触れることすらできないでしょう。中継ぎを決意されたら、愛人を持つなどそこら辺にいる貴族の夫婦には多いでしょうから、気にすることもないのでは?もう一つはゾルダークを捨て平民になるかですが、カイラン様には平民の生活など無理でしょう。ですから私はキャスリン様を好きにさせ、自身は愛人を見つけて心を癒してもらい中継ぎをして生きる、を薦めますが」
トニーよりも辛辣なことを言ってくれる。中継ぎに徹するのが楽な道か、トニーに助言したのはハロルドか。中継ぎか、それがあの二人の望みか。それでいいのか?他の女を愛し中継ぎでゾルダークを名乗る。他の女などリリアンを見た後では信じられない。キャスリンは僕を拒絶できないと言う。父上は激昂していたが。子が生まれたら触れていいのか?とりあえずそう言って終わらせただけか?
「閣下が生きている間はキャスリン様には触れさせませんよ。閣下があそこまで執着するとは我々も予想外でした、子が生まれたらどうなるかも予測不能です。先ほどああ言ったのは、カイラン様には泣く女性と閨ができないと判断したのでは?それにキャスリン様のお体を気遣っておられた。ゾルダークの後継がいますしね」
ハロルドは包み隠さず言うな、傷が深まるよ。確かに泣かれたら勃たないかもしれない。父上の名前を呼ばれたら逃げ出すな。
「閣下は泣かれても想い人の名前を閨で言われても決行するでしょうけどね」
ハロルドの言い方に僕は笑い出してしまった。母上が陛下の名前を呼んでも強行しただろう、想像できるな。僕は気が触れてはない、心配そうに僕を見るトニーへ問う。
「僕がゾルダークを出ると言ったら付いていくと言ってくれたな。何故だ?」
トニーは姿勢を崩さず答える。
「私の力不足のせいですから。ハロルドさんが側にお仕えしていればこの事態は起きていない。カイラン様を殴ってでも目を覚まさせたでしょう。ゾルダークの後継に仕えるべきところを見誤りました」
トニーのせいではない、自分のせいだな。キャスリンは父上と間違えて抱きついたか、納得だな。僕は父上に似ている。
「僕は消されるか?」
忌憚のないハロルドに問う。
「場合によっては消します」
キャスリンに手を出し、無理やり閨を行おうとすれば消されるか。それが嫌なら出ていくか黙認するかしかない、自分の蒔いた種だな。
「…黙認する」
意外だったのか二人共驚いている。ゾルダークなどいつでも出ていける。消される前に出ればいい。
「女は囲わない。トニー、これからは何でも報告してくれ。僕が傷つく内容でもだ。真実を知りたい」
トニーは頭を下げ、かしこまりましたと答える。これからどうなるのかわからない。自分の気持ちさえ理解できてない。父上の言った、キャスリンを愛しているのかという問いに答えられなかった。ただキャスリンの側にはいたい、僕の妻なんだ。リリアンとは違う、胸が苦しくなる。これは愛なのか?これから知ればいい。
小さな体を抱え自室へ入る。そのままソファに座り抱き締める。愛しい娘はただ腕の中で体を預けている。
「怒るな」
俺が先に死ぬなどと言ったから怒っている。空色の瞳に睨まれても愛しいだけなんだが。
「覚悟などできません。閣下が衝撃を与えましたわ」
まだ平らな下腹を撫で謝る。
「悪かった。痛みはないな?」
腕の中で頷いている。だが事実だ、二十も離れている。まだ時はある。その時がくるまで放しはしない。顎を持ち上げ口を合わせる。舌を絡め唾液を流し込み飲み込ませる。荒くなる呼吸も呑み込み、胸に触れ柔らかさを堪能する。奴はこれを孕ませるだと?これが拒絶できなくても俺が止めればいい。方法などいくらでもある。頂が固くなるのを感じるが、今日はここまでだ。口を離し濡れた口回りを指で拭う。
「それまで側にいる」
潤んだ瞳で頷いている。体を腕の中に納め満足するまで抱いている。もう、いいだろう。使用人は黙らせれば忍んで行かずともよくなる。
奴がどう決断するか、それでこの先やることが決まるな。俺の邪魔をしなければそれでいい。
抱いたまま立ち上がり寝室へと運んでベルを鳴らしソーマを呼ぶ。
「これのメイドを呼べ」
なぜかと空色が聞いているから答えてやる。
「今日はこのままここにいろ」
朝まで共に眠る。これまで我慢したんだ、もう十分待った。
まだ夜の始まりの時、私はハンクの寝室にいる。ハンクは仕事をすると言って執務室へ行ってしまったから、ジュノが持ってきてくれたハンカチを刺繍する。早く終わらせてハンクのハンカチを刺したい。カイランはどうしたかしら、怒っていたわね。彼があんなに大きな声を出したのは初めてではないかしら。ハンクのことを愛しているのか聞かれても答えられない。アンダル様やリリアン様、カイランを見て、あれを愛と呼ぶなら、愛なんて不確かで不安定なものとは比較できないもの。同じ部屋にいなくても隣にいると思うだけで満たされてる。彼らの愛には当てはまらないわね。ハンクもあんなに大声を出して、カイランが怖がっていたわ。
ハンクが先に逝くことくらい私だってわかってる。老公爵様は六十過ぎかしら、まだ二十年ある。最期まで側にいればいい。ハンクも望んでいるもの。