テラーノベル
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「おはよう。」
「おはよ。」
「おはよ〜。」
カーテン越しの光はやわらかく、どこかお正月の名残りを感じさせる空気だった。
お正月の三が日が過ぎ、あっという間にあと数日で冬休みが終わろうとしていた。
「二人とも、まだお餅あるけど食べる〜?」
「食べる!おれ、納豆餅がいい!」
「元貴は〜?」
「ぼくは磯辺がいいなあ。」
「おっけ〜。」
ぼく達の希望を聞くと、涼ちゃんはキッチンで手際よくお餅を準備していく。
(…やっぱり卵料理以外は出来るタイプな気がする。)
暫くすると、キッチンから涼ちゃんの明るい声が響いた。
「出来たよ〜!」
「はーい。」
「いま行くー。」
ぼくと若井は、ソファーからよっこいしょと立ち上がる。
ダイニングテーブルの上には、ちょうど良い焼き加減のお餅が三つのお皿にそれぞれ二つずつ。
ぼくの希望通りの磯辺餅、若井の納豆餅、そして涼ちゃんの席には、きな粉がふんわりまぶされた甘いお餅が並んでいた。
「「「いただきまーすっ。」」」
お箸でお餅をつまみながら、朝の食卓には自然と笑い声がこぼれる。
「なんでお餅ってこんな美味しいんだろうねえ。 」
「おれ、1月入って何個お餅食べたんだろ。」
「僕、絶対太った気がする…。」
「ぼくも…」
「……もちき。」
「ちょ!若井!変なあだ名付けんなよ!」
「可愛いじゃ〜ん。もちくんっ。」
「わあっ、涼ちゃんまで?!」
「あははっ、ごめんごめん〜。」
「もおー!若井のせいだかんね!」
「痛っ!ちょ、叩かないでよー。 」
年が明けても、ぼくたちは相変わらずこんなふうに、にぎやかな朝を迎えていた。
・・・
「そういえば、若井、冬休みの課題終わったー?」
朝ご飯の後は、リビングでのんびりタイム。
ふと、そういえば自分もだけど、若井が冬休みの課題をやっているのを見た事がないなと思い、尋ねてみた。
「うん、もう終わってるけど?」
「…はえ?」
思わぬ返答に、思わず変な声が出た。
「いや、え?まじで?いつの間に?!」
「年末、元貴が実家に帰ってる間に。ね?涼ちゃん。」
「うん。若井頑張ってたよ〜。」
「なにそれ?!ズルくない?!」
「ズルくはないでしょ。」
「ひどい!ぼくだけ除け者して…!」
「ちなみに、僕も課題は終わってるよ〜。」
「…涼ちゃんまで!」
「でも、勉強はしなきゃだから、一緒に頑張ろ〜。」
「うえーん!涼ちゃーんっ。」
「よーし、もちき、今日から課題ウィークだなっ!」
「ちょ、またそのあだ名使ったー!!」
笑い声とともに、ぬくぬくした冬の午前中がゆっくりと流れていく。
・・・
「若井はぼくを見捨てないって分かってたよっ。」
ぼくは、課題の山を前にして、にっこりと笑いながら言った。
「結局、こうなるんだよなー。」
呆れたように頭をかく若井だけど、手には参考書やノートが握られている。
なんだかんだ言いながらも、こうしてちゃんと横に座ってくれるのが若井なのだ。
「ほら、ここ。この問題、前に出たやつに似てるから、あれを応用して…」
「おおー…若井、頼りになる…!」
「でしょ?」
そう言って、若井が隣でドヤ顔をキメていると、テーブルを挟んだ向かいで、分厚い本を読んでいた涼ちゃんが、パタンと本を閉じ、ぼくの横にすっと座った。
「ねえ。ここ、間違ってるよ〜。」
そして、そう言って、PCの画面を指差してニコッと笑った。
「ちょ、涼ちゃん!今はおれが教えてるんだから邪魔すんなよっ。」
「えぇー、若井ばっかりズルい〜。僕も元貴に頼りになるって言って貰いたいもんっ。」
涼ちゃんはそう言いながら、ぼくの肩にぴとっともたれかかってきた。
「うわ、ちょ…近いってば!」
「いいでしょ〜?元貴が頼りになるって言ってくれたら、どく〜。」
「なんだそれ…。」
困ったように笑いながらも、どこかくすぐったくて、ぼくは顔を少し伏せる。
「…じゃあ、ありがとう。間違ってたとこ、教えてくれて。」
「えっ。」
「涼ちゃんも、頼りになるよっ。」
そう言うと、涼ちゃんは一瞬きょとんとしたあと、少しだけ視線を伏せて、頬を赤らめた。
「はぁ〜…こういうとこだよねぇ。」
「そういうとこだね。」
涼ちゃんと若井は、ぼくを挟んで目を合わせ、何かを分かち合うように静かに頷き合った。
「な、なに?!二人してっ。」
突然の包囲網に動揺して、ぼくは思わず声を上げる。
すると、若井がにやっと笑って、
「いや、罪な男だなーと思ってさ?」
「ぼく達、毎日こんな感じで振り回されてるんだよ〜?」
「だからっ、何の事?!?! 」
二人に笑われながら、ぼくはただただ混乱するばかり。
でもその笑い声はどこか心地よくて、穏やかな冬の午後に、ぬくもりのように広がっていった。
・・・
「うぅー…頭がパンパンだあっ。」
元貴がのけぞるようにソファに沈み込むと、涼ちゃんが柔らかい声で笑った。
「元貴、今日一日頑張ってたもんねぇ。」
「でも、頑張ったおかげであとちょっとで終わりそうじゃない?」
「うん!だから、夕飯終わったらもうひと頑張りする!」
「すごっ!やる気満々じゃん。」
「ここまできたら今日で終わらせちゃいたいからねえ。」
「じゃ、おれ達も、もうひと頑張りだね。」
「だねぇ!」
ぱちん、と若井が手を合わせたのに続いて、涼ちゃんも軽く笑いながら頷いた。
「よ〜しっ、そうと決まれば晩ご飯食べて力をつけよ〜!」
「そうしよー!」
「あははっ、ぼくより若井の方が気合い入ってるじゃん!」
「そりゃあもう、おれは“食”が命だからねっ。」
若井が自信満々に胸を張ると、涼ちゃんが小さく吹き出した。
「元貴、なんかリクエストある〜?」
「えっと…あったかいのがいいな。あ、鍋とか?」
「いいじゃん!鍋!」
「いいねぇ。あったまるし、野菜もいっぱい摂れるし。じゃ、準備しちゃうねぇ。」
涼ちゃんがエプロンを着けながらキッチンへ向かい、若井も後に続く。
その背中を見ながら、ぼくはほんの少しだけ目を細めた。
…なんか、こういうの、すごくいいな。
特別なことじゃないけど、三人で一緒にご飯作って、食べて、同じ目標に向かって頑張る…
そんな何気ない時間が、何よりも大事な気がしてくる。
やっぱり、この冬休み、ずっと一緒に過ごせてよかった。
ぼんやりとそんなことを思いながら、ぼくも立ち上がった。
「よし、ぼくもお皿出すの手伝うね。」
「ありがと〜!」
「えっ、元貴が手伝うなんて珍しい!」
「なにそれ、失礼な!」
わいわいと笑い声が弾けるキッチン。
その音が、冬の夜をぽかぽかにしてくれていた。
・・・
夕飯のあと、温かいお茶を淹れて、ぼくらはまたテーブルに集まった。
「さ、あとちょっとだし、片付けようぜー。」
若井がやる気満々の声を上げると、涼ちゃんも隣でニコニコしていた。
「さっきの続きってどこからだったっけ〜?」
気づけば、なんだかんだで二人とも、ずっとぼくに付き合ってくれている。
「…ほんと、ありがと。二人とも。」
「何言ってんの。今さらでしょ?」
若井が笑って肩をぶつけてくる。
「元貴が頑張ってると、手伝いたくなるんだよねぇ。」
涼ちゃんも、ぼくのノートを覗き込みながら、そう言った。
ふふっと笑って、ぼくは画面に向き直る。
時間が経つにつれ、さすがに集中力も切れてきて、時々ぼくもあくびが出た。
「ん〜?…ねえ、ここって……これであってる?」
そう呟きながら右を見ると、若井がぼんやPCを見ている。
でも、反応がない。
『若井?』と呼ぶと、ゆらりと前に傾いて…
そのまま、ぼくの肩に、ぽすんと頭を乗せてきた。
「…寝たな。」
左側からも、ぬくもりを感じる。
そっと振り向くと、涼ちゃんも、頬杖をついたまま目を閉じていた。指先にはまだ、開きかけの文献。
「……もお。」
ちょっと笑って、溜息をつく。
でも、嫌じゃない。
ぼくを真ん中にして、二人の体温がじんわり伝わってくる。
パソコンの画面を見つめながら、しばらくそのままにしていたけれど、気づけばぼくも……
少しずつ、まぶたが重たくなっていった。
三人分のぬくもりが重なるリビング。
小さな電気の灯りの下で、静かに、ぼくらは揃って眠りに落ちた…
コメント
6件
もちくん呼び好き。ほわほわすぎて口角上がりまくりです
もちき可愛すぎんだろおおおおお(叫び)