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side mtk
後処理を済ませ、ベッドに戻る。薄暗い照明の下、まだ熱を宿したままの彼女を胸に抱き寄せた。
「……だいじょうぶ?」
髪を指先で梳きながら声を落とすと、彼女は小さく頷く。
ふと視線が耳に落ちる。
髪の隙間から覗いた左耳には、いくつもの小さな穴が並んでいた。
「……みおちゃん、ピアス、あいてるんだね」
思わずつぶやいた途端、彼女の肩が小さく震える。
視線を逸らし、かすかに唇を噛む仕草。
頬に指を添え、逃がさないように目を合わせた。
「無理に言わなくていいよ。でも、全部ひっくるめて、僕はみおちゃんが好きだよ」
その言葉に、彼女の瞳が揺れ、次の瞬間、胸にぎゅっと顔をうずめてきた。
——耳の穴の数も、その理由も、彼女を形づくる一部。
どんな彼女も受け入れる、と僕は心に誓った。
side mio
いつか聞かれると思っていた。
でも、彼は「全部好きだよ」と目を見て言ってくれる。
その言葉が嬉しくて、私は彼の胸に顔を埋めた。
弱い私を、彼は本当に受け入れてくれるだろうか。
でも彼が「知りたい」と言ってくれたのなら——私も、知ってほしい。
side mtk
「きらいにならないでくださいね……」
小さな声でそう言った彼女が見上げて、ふふっと笑う。
僕は頭を撫で、静かに頷いた。
彼女はまた胸に顔を戻し、ぽつぽつと語り始めた。
「わたし、高校1年生のときに、ライブハウスでもときさんを見かけたんです。
軽音楽部でバンドを組んで、夏休みに東京でライブをやろうって。
その時、もときさんがそこにいました」
小さい頃からお父さんのアコギを借りて歌うのが大好きだった彼女。
「でも、その時にはっきりしたんです。
——私は歌いたい。歌手になりたい、って」
そこからバンド活動と並行して路上ライブもしていた。
けれど高校2年の進路相談で、親に夢を伝えると強く否定された。
「そんなので食べていけるわけない。大学に行きなさい。
周りからも“夢は甘い”“現実を見ろ”って言われ続けて……」
次第に塞ぎ込み、活動もやめてしまった。
「死に物狂いで勉強して、こっそり部屋で歌って……
東京の大学に受かったあと、親や地元から逃げるように上京しました。
でも入ってみても、空っぽの自分しかいなくて」
彼女はそっと左耳に触れる。
「……ある意味、自傷みたいなものです。
体を傷つける勇気はなくて。でもピアスなら——
痛みと引き換えに“自分がここにいる”って確かめられる気がして。
ほんの少しだけ、強くなれる気がしたんです
へんな男も寄らなくなりましたし。」
ははっと笑いながらも
震える声で、それでもまっすぐ語る。
「大学に入っても音楽をやりたい気持ちは残っていて……でも現実では踏み出せなくて。
そこで埋めてくれたのがインターネットでした。
“Riva”って名前で活動を始めたのも、その頃です」
「配信中に鼻歌を歌ったら、リスナーに“もっと聴かせて”って言われて……
そこから、また歌おうって思えたんです。インターネットという場所でなら、私でも歌えるって」
——彼女の告白はまっすぐで、痛々しかった。
ぎゅっと彼女を抱きしめながら、胸の奥で思う。
彼女の傷は、きっと完全には消えない。
けれど、それでも僕と歩むことを選んでくれた。
これは、彼女が背負ってきた痛みごと、僕に託された「呪い」なのかもしれない。
でも、なら——僕はその呪いを「祈り」に変えたい。
これからも、手を繋いで一緒に歩いていけるように。
彼女を抱きしめながら、胸の奥でふつふつと歌のイメージが湧いていく。
——いつものように、まずは“自分が歌っている姿”から始まる。
「……みおちゃん、話してくれてありがとう」
彼女は顔を上げ、涙をためた瞳で、それでもにこっと笑った。
「……僕、恋愛に関して、ちゃんと人を好きになったことって、正直なかったんだよね。
“もときは音楽ばっかり”って言われたり、距離の詰め方を間違えられて、僕のほうが冷めちゃったり。
でもみおちゃんは違った。うまく言葉にはできないけど、会った瞬間に——あ、この人だって思った。
僕の方から“触れたい”って、心から思ったのは初めてなんだ」
彼女が驚いたように目を瞬かせる。
「……もときさん、もてそうなのに」
「いやいや。俺、自分で言うのもなんだけど、けっこう重い男だよ。
本質はただの寂しがり屋。もし離れたら、連絡しまくると思う。
でも——離すつもりなんて、最初からないけどね」
少し照れ隠しのように、冗談めかして笑う。
「あと……メンバーから“チャットGPT並みに返信早い”って言われてるから、覚悟しておいて。」
その言葉に、彼女はくすっと笑った。
涙と笑みがまじって、今まででいちばん可愛く見えた。
深夜。
寝室から聞こえる彼女の穏やかな寝息を背に、制作部屋へ足を運んだ。
PCを立ち上げると、モニターの光が闇を裂く。昨日つくったデータを、ためらいもなく削除する。
——愛を歌うなんて、生ぬるい。
そんな言葉で片づけられるものじゃない。
脳裏にまず浮かぶのは、マイクを握り歌う自分の姿。
スポットライトの下、目の前には観客——けれど実際は、たった一人に向けて歌っている。
その「歌う絵」から、音が生まれていく。
「好き」なんて表層的な感情じゃない。
彼女の変えられない過去も、背負ってきた痛みも、全部欲しい。
けれどそれは消えない呪いとして刻まれている。
なら、その呪いごと受け取る。祈りのように抱えて、一緒に歩いていきたい。
キーボードとクリックの音が、乾いた夜に響く。
歪んだコード進行に、救いを求める旋律を重ねる。
呪いと祈り、その両方を抱きしめるように。
気づけば、デモは一応の形をなしていた。
深く息を整え、スマホを見る。
画面にはマネージャーからのLINE通知。
「明日は迎えいる?」
「大丈夫、自分で行くよ」
短く返し、すぐに閉じる。
そのままGoogle Driveを開き、完成したデモを書き出してアップロードする。
ファイル名を打つ指が、一瞬止まる。
——“イノリウタ”。
Enterを押し、共有リンクをコピーした。
別のトーク画面を開く。若井と涼ちゃん。信頼できるふたり。
彼女のために書いた曲を人に聴かせるのは怖い。
けれど、知っておいてほしい。
「遅くにごめん。Driveにデモを共有した。
いつか必ず歌いたい曲。まだ秘密にしたいから、二人だけに聴いてほしい」
送信を押し、スマホを机に置く。
静かな部屋に心臓の音だけが響いていた。
立ち上がり、寝室へ戻る。
ベッドに潜り込み、彼女をそっと抱き寄せる。
彼女の体温に包まれながら、ようやく瞼が落ちていった。
自分で書いといてなんなんですけど、大森さんこっわってなっちゃった(笑)
近々、Twitter開設しようとおもいます。