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side mio


目が覚めた。

まだ頭の奥に眠気が残っていて、視界がぼやける。ベッドの横に置かれた時計に視線を向けると、針はすでに8時を過ぎていた。


昨日、スケジュールアプリを共有してもらったのに、ちゃんと確認していなかった。

——彼、今日何時から仕事なんだろう。


「……おはよ、みおちゃん」

低めの声に振り向くと、彼が大きく伸びをしてこちらを見ていた。寝癖で跳ねた髪の毛と、眠そうな目元の笑みは、少し幼さが残っていて、胸がくすぐったくなる。


「…おはようございます」

思わず背筋を正した瞬間、ぐいっと力強く抱き寄せられた。


「っ……!」

心臓が一気に跳ねる。近すぎる距離に慣れなくて、恥ずかしくなる。


「あ、あのっ。もときさん、今日は何時からお仕事ですか?」

精一杯落ち着いた声を装って問いかける。


「んー……お昼からスタジオかな。11時くらいに出れば大丈夫だと思う」

気だるげに答える耳の奥で響く。


「わ、わかりました」

こくりと頷くと、彼が口角をゆるく上げて、少し間を置いて言った。


「……家まで送っていくから」


「えっ?」

驚いてきょとんとすると、彼はおどけることなく真顔のまま続ける。


「かわい子ちゃんを一人で帰らせるわけ、ないでしょ?」


——ほんと、ずるい。

頬が一気に熱くなり、何も返せないまま視線を逸らした。




「……朝ごはん、作りますね」

もぞもぞと身をよじって抜け出そうとすると、背中に回された腕がさらに強く締まる。


「ん、ありがと」

眠そうな声でそう言いながらも、まるで離す気配がない。


「……もときさん?」

小さく名前を呼ぶと、彼は少し間を置いて囁いた。


「もうちょっと、このままでいさせて」


——必要とされていることの方が胸に広がって、結局そのまま大人しく彼の胸に頬を寄せた。



しばらくして、「よし」と息をついた彼がようやく腕を緩める。

「顔、洗お」

ベッドから一緒に降りて、並んで洗面所へ。


鏡越しに視線が重なると、慌てて顔をそらす。

隣で彼がすっごい勢いでうがいをしていて、思わず「ふふっ」と笑みがこぼれた。


「わたし、朝ごはん作りますので…… パンで大丈夫ですか?」

パジャマのワンピースの上にエプロンをかけ、キッチンに立つ。


「みおちゃんが作るのなら、なんでも大丈夫。ありがとう」

また、ふざけたみたいに真面目な声で言うから心臓が落ち着かない。


「ちょっと制作部屋にいるから。呼んでくれたら嬉しい」

ひらひらと手を振って、彼は廊下の奥へ消えていった。




side mtk


制作部屋の机に置いてあったスマホを手に取る。

深夜に送ったデモに、すでに二人から返信が来ていた。


「いつも元貴もすごいけど、この曲めっちゃ尖ってんな」

「たしかに。すごいね」


指先でスクロールしながら、ふっと笑みが漏れる。二人らしい、簡単で、それでも十分な反応だった。


しばし迷い、画面に文字を打ち込む。

——普段なら絶対に言わないことを。


「ありがとう。 それとお願い。

僕のバッキングとボーカル、譜面に残しておいてほしい。

綺麗な形で。よろしく」


一瞬、送信ボタンの上で親指が止まる。

こんなことを頼む自分は、おかしいだろうか。

いつもなら耳で覚えて、体に叩き込む。

譜面なんて必要ない。必要だと思ったこともない。


でも、この曲だけは違う。

どうしても「形」に残しておきたかった。


スマホを伏せて机に置き、椅子に深く腰掛けたまま天井を仰ぐ。


「……ふぅ」

胸の奥から漏れた息は、自分でも驚くほど重かった。


——若井からの返信。


「了解。ちゃんと残しとく。元貴がそんなこと言うの、珍しいよね」


その言葉に、胸がざわついた。

(……まぁね。色々あるのよ)

短く打ち込んで送信。画面を閉じて、しばし目を閉じた。



side mio


キッチン。

トーストの焼き上がる香ばしい匂いと、フライパンで焼けるベーコンと卵の音。

お皿に綺麗に盛り付けをし、 エプロンの裾を直し、大きく息を吐いた。


「……呼んでこよう」


廊下を抜け、制作部屋の前へ。

扉は半分ほど開いていて、中を覗くと、椅子にもたれて天井を見上げる彼の姿。

何かを抱えている横顔に、胸がちくりと痛む。


「もときさん、あの……できました」

恐る恐る声をかけると、彼はゆっくりと振り返り、ふっと笑った。


「ん、ありがと」


その一瞬で、張りつめた空気がやわらぐ。





食卓をはさんで、向かい合う。

「いただきます」と声を揃える。


「……僕、こんなちゃんとした朝ごはん、久しぶりかも」

「しかも美味しいし」

そう言ってふふっと笑う顔が、なんだか子供みたいで可愛い。


「え、そうなんですか?」

思わず笑ってしまうと、彼は肩をすくめる。


「朝はだいたいパン焼いて終わりとか、食べなかったり、コンビニで済ませたり……」

不満げにぶつぶつ言うけど、その口元は楽しそうだった。


「うふふ……なら、作ってよかったです」

こんな会話すら、うれしい。


食器を片づけようと立ち上がったとき、不意に声をかけられる。



「……あ、みおちゃん。LINE教えて」

「えっ?」

思わず固まる。

「ディスコードだけだと、なんか味気ないし」


さらっと言うその顔に、胸が一気に熱くなる。

慌ててスマホを持ってきて交換すると、すぐに通知音。

画面を開くと、彼から届いたのは、ゆるい猫キャラのスタンプだった。


「……このスタンプ、かわいいですね」

「でしょ?」

得意げに笑う姿が可愛くて、つい頬がゆるむ。


ふと、気になってスケジュールアプリを覗いた。

びっしりと埋まった予定表。次のオフは17日——“仮”の文字付き。


胸がきゅっと縮む。

「会いたい」なんて、とても言えない。


「……もときさん、ほんっとにお忙しいんですね」

小さくつぶやくと、彼がちらりと視線を寄越す。


「なんかもう、休むことがストレスみたいになってる。病気なのかも」

冗談めかしたその声に、心配がつのる。


けれど——次の言葉に、息が止まった。


「次のオフ、まだ仮だけど……会いたい。——いい?」


「……もちろんです!」

答えるより先に、胸が反射的に動いた。

彼の笑顔に、また胸の奥がじんわり温かくなる。


——ほんと、ずるい。


side mtk


身支度をさっと済ませてリビングに戻ると、洗面所から水音が聞こえる。

食器を進んで片付けてくれた彼女は、少し遅れて支度を始めていた。


ふと、昨日の言葉を思い出す。——「DVD、お借りしてもいいですか…?」

テレビの下の棚から抜き取り、紙袋に入れて彼女のカバンの横にそっと置く。

その仕草のあと、無意識にスマホを手に取っていた。


彼女が言っていた——“配信”。

画面の向こうで、どんなふうに話しているんだろう。

気づけば検索窓に名前を打ち込んでいた。


「……Riva」


白基調のチャンネルページが開く。

目に飛び込んできた登録者数——20万。


「……え、すごくない?」

思わず声が漏れる。完全に趣味の延長くらいに思っていた。

けれど、この数字が示すのは“ただの趣味”じゃない、彼女のもう一つの顔。


指で動画一覧をなぞる。

一番上には、この前話題になった“ウォールフラワー”の弾き語をしたアーカイブが残っていた。

その一つ前を見ると、更新が1か月ほど空いている。


——空白の一か月。

この沈黙の裏で、彼女はどんな思いを抱えていたんだろう。

そう考えるだけで胸の奥がじわりと熱くなる。


笑って話してくれる普段の姿と、画面の中での姿が重なっていく。

——あの歌声が、彼女から生まれている。

ただそれだけで、鼓動が速くなった。




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