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幽霊少女は海に沈む

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幽霊少女は海に沈む

1 - 幽霊少女は海に沈む

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2024年01月23日

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幽霊少女は海に沈む

(時は明治、福井県を舞台とする)

「お前なんか、銅貨1枚も足らぬ価値だ」いつ言われたであろう言葉。この言葉を恨み、抗おうとしてきたが、今やこの言葉通りに今は生きているのかもしれない。これは肉親の男に家を出る際に言われた言葉だ。私の両親、母はすでに流行り病で他界した。葬儀の翌日、私は見てしまった。父が見知らぬ女を連れ宿屋に入りゆく姿を。その日は勿論のこと、父は朝方まで帰っては来なかった。そのことを私は追求した。私自身母がとても忘れがたい存在であり、父も同様だと思っていたからだ。だが違った。私からそのことを聞くなり私を軽薄するような、憎しみに満ちた目をこちらに向けた。その表情はこちらがしたいもんだと思いつつこちらも顰めた顔をすると父は扉を開け一言。「お前なんか、銅貨1枚も足らぬ価値だ」そう言って帰っては来なかった。これは私が10にも満たぬ歳に起きた出来事だ。私はその頃それなりに賢かったようで、3日経ってもう父は帰って来ないというのことを確信し、私は母の妹の元へ足を運んだ。だが、山を二つを超えるのは、その歳ではとても過酷な事だった。

「お前なんか、銅貨1枚も足らぬ価値だ」

その言葉を思い出し、私自身価値は無くとも、努力で銅貨1枚でもなんでも補ってやろう。そしてあの人に同じ言葉を吐いてやろう。そんな事を考えた。あの時の私にとって、もしかしたらあの言葉はある意味生きる希望になっていたのかもしれない。

母の妹はとても親切な方だった。なんと不幸なのだ。と私を憐れみ、良ければ私の養子にならぬかと提案するほどだった。この時代、一般的には施設に入れるか、裕福な家庭に引き取ってもらうのどちらかだ。母の妹は決して貧乏というわけでもないが、金が余る様な家ではなかった。また、婚約している男性がいたのだ。私がいたら子供は邪魔だと思い一度は断ろうとした。だが、母の妹は、こう言った。

「私の婚約予定の方、晴智さんという方なの。とても優しいのよ。だけどね、私達、元々子供は施設から貰おうと思ってたのよ。晴智さんは一度ご結婚なされたことがあったのだけど、男性不妊だったみたい。本人はその事を気にしてらしたのよ。私はそのことをわかったうえで婚約したの私達はあなたを邪魔なんて思わないわ。きっと晴智さんも、念願の子供がいて、きっと私の婚約もうまくいくと思うの。ね、どう?」

まるで私の心を読んだかのような的確な発言だった。肉親はどちらも既に居ないも同然。私にとっても好都合な話であった。断る理由がなかった。

「わかった」

そう私がつぶやくと母の妹はまるで本当に自分の子ができたかのような顔をした。

「ねぇ、あなたのお名前、教えてくださる?姉さんってば、子供がいたことすらも教えてくださらなかったんだもの。葬儀のときにあなたのことを初めて知ったのよ」

場所は知らずとも存在は知っていたので、私は地図を持ち、人に道を訪ねながら来たが、まさか相手は私の存在も知らなかったとは。父だけではなく、母の信用も次第に薄れた気がした。

「椿。貴方は?」

「あら、花の名前?綺麗な名前ねぇ。私は京子よ。京の都の子で京子。椿ちゃんって呼んでいい?」

「はい」

京子さんは随分話す人だった。否、独り言が多い人だというべきか。

「やぁ!君が椿ちゃんかい?京子さんから聞いているよ!僕は長谷川晴智。

晴智って呼んでくれ。あぁ、いや、父さんって呼んでくれたって構わないよ!」

晴智さんは照れくさそうに言った。

そんなに子供が好きなのなら、もっと可愛げのある子供のほうが良かっただろうに。

「ありがとうございます。」

私は晴智さんの目を見て言った。あまり期待するなという思いを含め、にこやかに笑った。

京子さんの家を訪ねて一週間程過ぎた。京子さんと晴智さんは話がうまいこと進み、ご結婚なされた。晴智さんは四国の方で、地主さんらしい。だが、だからといって働かないのは本人は苦手らしく、本業は役人で相当頼りにされる存在だそうな。随分とすごい方々の元に養子になったもんだと思った。アホ面で頭を掻いているような父親に

「どうだ。私は銅貨1枚どころか、金貨100枚の価値に値するかもしれぬぞ。神は私の価値を認め、この二人の元へ送ってくださったのだ。あんたなんかに認められずとも、私は神に認められたぞ」

と言い放ってやりたい。そう私は思った。

いや、そう思っていたのだった。

「やだ!!やめて!!お願い!」

「うるっせぇなぁ!」

「ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!」

「おなごがこんなとこに居るからに決まってんだろ!!」

京子さんのお家に来てから七年程経ったある日のことだった。買い物から家に帰る途中、少し近道をしようと裏路地に入った時のことだった。

髪を引っ張られ、蹴られ、殴られ……

途中途中気絶していたため詳しいことは覚えてないが、きっと覚えていたら、とうに私は死んでいるであろう。傷を見ればわかるが、想像もしたくないほどだ。傷跡は酷いものだった。醜い、女として生きていけぬような傷だった。京子さんは悲しみ、私を憐れんだ。晴智さんは私に同情し、とても偉いお医者さんを呼んでくださった。

だが、傷は完全に治らなかった。それ以降私は、常に長い袖の羽織を身に着け、特に傷跡の酷い左腕は常に包帯を巻いていた。

そのことが起こって数週間もした頃。私は、自分の醜さ、弱さに耐えきれず家を逃げ出した。行方不明者が多いと言われる隣町の山に向かった。昼間のうちは山で彷徨い続けた。夕方からは疲れて近くにあった小さな岩に腰を掛けてただ空を眺めていた。後ろは崖。崖の下には落石したのだろうと思われる大きな岩がゴロゴロ転がっていた。この世から消え去るには絶好の機会。私は背もたれに寄りかかるように、ゆっくりと背中を後ろに倒した。これでやっと終われる。生きてる理由もわからない奴に生きる価値など無い。父親の言っていた「お前なんか、銅貨1枚も足らぬ価値だ」という言葉は本当になってしまった。

「言霊とは本当に存在したのか……」

私は苦笑いをしながらそう呟いて体にかかっているすべての体重を背中に向けた。

パシッ

なんだ?これで終いだと思ったのに。随分迷惑な邪魔をしてくれるではないか。そう思って明後日の方向を向いていた目を自分の腕をつかんだ先に向けた。

「随分と希望のない目をしてるのね」

眼の前にいたのは、子供だった。色白で、銀杏色の柔らかな髪、赤い目、青い西洋の服を着た、まるで人形のような子供だった。

「誰ですか…?」

私は率直に聞いた。私の黄泉に行く道を塞いできた人物は何者か。相手が子供でなければ怒り狂って殴っていたかもしれない。

「さぁ?私は誰かしら?」

「はぁ?」

なんということだろう。相手は自分のことが何者か分からぬ。なんという不運。面倒だ。

「親は?居ないの?」

「さぁ?アナタは?」

嫌なことを聞く…。

「親は……知らない。似たような人なら居たが、家を出てきてしまった。私はあの人たちを裏切ってしまった。もう帰れる家もない」

「そうなの」

「…うん」

……って、なにを子供相手に言っているんだ。

「お嬢ちゃん。私は信用ならないよ。家もなければ金もない。それに私は、今みたいに気まぐれに死ぬつもりだ。早くお家に帰りな。こんな奴とい居るのは時間の無駄だよ」

「家に帰っても誰も居ないの。それにアナタのほうがとっても面白い」

本当に面倒くさい。訳ありというやつか…。

「アナタが良ければ、ワタシのお家へ来ない?きっとそのほうが楽しいと思うの」

「……知らない人をお家に上げちゃいけないって教わらなかったのかい。お嬢ちゃん」

「知らない。聞いたこともないわ」

「………」

私は首を傾げた子供を見て苦い顔をした。

だが、これを逃したらもっと災難な目に遭う。そう私の本能が言っていた。

「楽しいなら」

私はそう言って立ち上がった。

「決まりね!ついてきて!」

その子の赤い目には光が入った。嬉しそうな顔をしながらその子供は言うとスタスタと走って行く。私はその子供の後ろについていった。傍から見れば、それはそれは滑稽な姿であろう。頭にも腕にも巻かれている包帯は少し緩くなり、子供に手を引かれてニヤついている私は、絵にしたらきっと、とても面白くなるのだろう。

「ここよ!!」

「あぁ…」

「ようこそ!」

……うん?思っていたのと違った。

西洋の格好をしている子供なのだから、もっと華美な家に住んでいるのかと思った。

森の奥の方に入って、細い道を行き、石段を少し下ったところにある家は、丸太を重ねて出来た家であった。

「さぁ!早く入って!」

「お邪魔します」

家は随分と質素なものだった。

薪を投げ入れて使う暖炉。床には赤の絨毯がひいてあった。絨毯の上には、うさぎの人形と猫の人形が転がっていて、私と出会う前はままごとでもしていた事がわかる。

だが不思議だ。人の住んでる気配がない。正確には、生活感がないというべきか。机も食器も何もない。あるのは水場と暖炉と絨毯だけ。

「…親はいつ帰るの?」

思い切って聞いてみた。

「帰ってこないの。いつまでも。あれ程愛してくれたのに。ここに置いていって、帰ってしまったのよ。きっと」

少し背筋が伸びて、背中が冷たい感覚がした。

「いつから…?」

「いつかしら?」

………。

分かった。この子は捨てられたんだ。そして、この子は、ずっと独りで生きてきた。

「そっか…」

「…あ!そういえば!アナタのお名前はなに?」

「え…?な、名前?椿……」

「椿?可愛い名前!」

「貴方は?」

「アリアよ!」

「アリアちゃん……。ふふ、かわいい」

「……!ワタシ、アナタとはとっても仲良くなれそう!やっぱり私の直感は間違っていなかったわ!」

「そう…」

「そうよ!それより、おままごとしない?ワタシアナタと遊ぶのが楽しみだったの!」

「いいよ」

「じゃあワタシはお嬢様役をするわ!ツバキは……かっこいい王子様!」

「ふふ、わかった。」

不思議な子だ。本当に、不思議な子。言葉ではうまく表せないが、簡単に言うなら、まるで幽霊のようだった。

2週間経った。部屋の角の棚には有り余るほど金が入っていた。ご飯を食べるのは基本、定食屋さんに通ったりしていた。二人で2週間金を使い続けたのにも関わらず、まだ二百円以上はある。これほどのお金とアリアちゃんを置いて行ったのか。アリアちゃんの両親は余程の金持ちだったのだろう。にしても、金に困って子供を育てる金がなくなったから、という理由ならまだしも、金に困らないののらば子供を置いて行く必要は無いだろう。何故……

「ツバキ!遊びに行きましょう!」

「わっ!びっくりした〜」

「7月、もう氷菓子の時期よ!かき氷屋さん行かない?」

「かき氷……!」

かき氷…。一度だけ京子さんと食べたことがある。氷を削り、ふわふわとした氷に甘いあんこをのせたものだった。どんな味だったか…。あれはいつ食べたものだったか…。覚えていない。「もしかして初めて?」

「あぁ…いや…初めてではないけど、少し味を忘れてて……」

「じゃあ初めてと同じよ!早く行きましょう!売り切れちゃうわ」

「あ、うん!」

アリアちゃんは私より行動力のある少女だった。人生の先輩として恥ずかしく思えるほどの。だけどアリアちゃんと居るととても心が軽い。気を使わず、なにも心配せずすごせるというか…。

「ついた!」

「おぉ」

小さな入口にはのれんがあって、そこに氷と書いてある。

「いらっしゃい!」

老夫婦で営業しているようだった。こんな場所があったとは……。

「ワタシ、かき氷に砂糖をのせたものが良いわ」

「かき氷の砂糖ね、そちらのお嬢さんは?」

「あっ、はい!」

しまった。ついボケッと変な事ばかり考えてしまった。

「えっと……。あんこで」

「はい、砂糖とあんこね」

「楽しみね!ツバキ!」

「ふふ、そうだね」

アリアちゃんがニコッと笑った。

私はこの子の笑顔が好きだ。

普段は人形のようだが、笑う時だけは人間の誰よりも人間らしく見える気がする。生気も何も感じない、人形のような、幽霊のような子が、笑うと人間になるのだ。世の中は感情が無くなるほどに忙しく回る。まるで人間か人間ではないように。

「あ、そうだわ。かき氷を食べたら、かんざしを買いに行かない?ツバキとお揃いのものが欲しいの」

「かんざしか〜。いいね、行こうか」

「やったぁ!」

「はい、かき氷、砂糖とあんこね〜」

「ありがとう!」

「有難うございます」

かき氷はとても甘かった。口に入れると氷はすぐに溶け、甘さだけが口に残った。

「美味しかった〜!」

「そうだね。じゃ、かんざし屋さん、行こっか」

「うん!」

「わぁ綺麗!!」

「本当だ」

店頭には青、赤、黄色……沢山の色と装飾のあるかんざしが並んでいた。

「ねぇ、これ見て!ツバキに似合う!」

「ほんと?」

「えぇ!朱色のかんざし、青い袴を着ているツバキにぴったりだと思うの」

「ふふ…ありがとう!でも、アリアちゃんの銀杏色の髪にも似合うと思うよ」

「本当!?うれしい!」

「じゃあ、お揃いのはこれにする?」

「いいの!?」

「うん」

「じゃあそれにしましょ!」

アリアちゃんは嬉しそうにそう言った。

「かき氷も食べて、お買い物も出来た!良い一日だわ」

「ふふ、よかったね。アリアちゃん」

「ツバキは?」

「え?私?楽しかったよ?」

「どれくらい?」

「ん〜…そうだな…この町1個分くらい?」

「本当!?……あ、でもワタシはこの国1個分くらいだからね!」

「またまた〜!」

「本当よ!」

「あはははは!」

アリアちゃんと居ると本当に楽しい。今日だけではない、毎日だ。

……?ここ、どこかで見覚えが…

「………!」

私は走って逃げた。アリアちゃんの手を引いて。

「ちょ、ちょっとツバキ!どうしたの!?」

「はぁ、はぁ、はぁ…!」

「ツ、ツバキ!?」

見てしまった……。

見てしまったんだ…あの日と同じ景色を…。

「ツバキ!大丈夫よ!もうここは街じゃないわ!」

「…!あ、ごめん…」

気づいたら私は町外れの川に来ていた。

「いい、謝らなくていいわ」

「…ありがとう」

「…何があったの?」

「……あ…」

「言いづらいのなら言わなくていいわ」

「いや………。

実は私、一度親に売られたの。実両親に。母さんが死んで2度目の冬だった…。あの日は寒くてね、布団を被っていたんだ。そしたら、父さんが帰ってきて、不機嫌そうな顔をしてあの街に私を連れてきたんだ。そこは父さんとその街で知り合った人達がいて、その人達と博打をやって負けた父さんは大金を払わざるおえなくなったんだ。父さんは、お金の代わりにその人達に私を勝手にしていいと言って売った」

「酷い……」

「売ってそこらの女中として働かされるとかだったら良かったんだけど、その人たちは私に珍しい薬を飲ませたり、八つ当たりでに殴って蹴って…。そんな日が3ヶ月は続いたの。部屋は閉め切られ、外にはでられなくって、怖っくて。最後はボロボロになり、もう価値はないと言われて、私は父さんの家にまた戻ったの」

「なんて身勝手なの…」

「………」

「ごめんなさい…。ワタシが無理に連れて行ったからだわ…。辛い思いをさせてしまった…。ごめんなさい…」

「いや、本当にアリアちゃんは悪くないよ!!それに、私が昔の事を話したから、次はアリアちゃんのお話を聞かせて欲しいな…!」

「……面白い話じゃないわよ?」

「いいよ!私もあまりいい話ではなかったし…」

「…ワタシはね、生まれは日本ではないの。イギリスっていう場所で生まれたのよ。だけど、イギリスではワタシ、人形みたいと恐れられて、いつからかワタシと目を合わせたら呪われるなんて噂が流れ始めたの。」

「それって虐めじゃ…」

「そうよ。そのイジメはどんどん過酷なものになって、両親まで巻き込むようになったわ。母様も父様もお医者さまだったの。けれど町から追放されて、日本に来たのよ。別荘があったからしばらくはここで暮らす、と言っていたのだけれど、日本に来たその日、お金と荷物をすべて置いて、海に向かったわ。崖がとても高い、落ちたら死んでしまうと一歩後退りした。けどその時、母様と父様は言ったの」

「ごめんなさいね。アリア。私も貴方が恐くて堪らなかった。でもアリアをは悪く無いわ。アリアを産んでしまった私達にも責任がある…。だからね、アリア。これはせめてもの罪滅ぼしと、アリアの救済だと思って頂戴ね。どうか死後は3人で幸せになれることを願うわ」

「母様の言う通りだ。そして、医者の私が言えることではないが、私達を恨み、呪うなよ。アリア」

「そう言って父様が手を引いて、3人で仲良く海に向かって落ちていったわ。ワタシもあの頃は生きていることに希望を持てなかった。あの時は死に後悔をしなかったのよ。海の中に入った時には凄い衝撃だったわ。息ができなくって、母様達に助けを求めようとしたら、もう二人は既に手を離して遠くへ行ってしまっていた。喉に詰まる塩辛い海水の味。息苦しくて息苦して。そしてやっと楽になった。でも、楽になって起きたら、そこは天国でも地獄でも無かった。一人砂浜に打ち上げられたワタシ。父様と母様は見当たらなかった。一人になった。けれど、ワタシは生きていなかった。死んだのは変わらないわ。けど、ワタシは幽霊になった。って言ってもツバキは信じ無いと思うけどね!ワタシはそのまま、この山で1人彷徨い、私以外の彷徨っている人を、孤独から救おうと思った。そして、初めて出会ったのがアナタよ。ツバキ」

「……えっ?」

「ありがとう。あの時ワタシがツバキに出会わなかったら、きっとワタシは本物の呪いの人形になっていたかもしれないわ」

「いや、そんな…」

「本当に、ありがとう」

「……こちらこそ、生きることに希望を与えてくれて、ありがとう」

「…!」

「…なんたか照れくさいね…」

「そうね…」

「……」

「……」

「…帰ろっか!」

「…そうね!」

私たちは手を繋いで帰った。

今日はすごく疲れたけど、それ以上に、安心があった。相手もそんなことが…。自分を慰めてくれる。同情して安心するなんて。最低だけど…。とても……救いになった。

「………無意識かな…」

次の日の朝。私は昨日と同じ川に来ていた。

「ここはツバキにとってどんな場所なの?」

「……え?アリアちゃん…?なんでここに…?」

「朝からバタバタと音を立てて出かけたのはツバキでしょう?誰でも心配になって追いかけるわ」

「あぁ…ごめんね…」

あぁ…私を心配してくれる人が……。

私なんかを心配してくれる人…必要ないはずなのに…。きっと京子さんたちも…いきなりいなくなった私に呆れ、もう心配どころが嫌悪すら抱いてるだろう。

「ツバキ」

「…どうしたの?」

ニコッと、私はアリアちゃんに微笑みかけた。今、今私が笑えているのかなんてわからないけど。

「…待っててあげる!!」

「え…?なにを…?」

「ツバキのこと!ツバキ苦しそうだから!でも、今突き放したらツバキが居なくなっちゃうって思う。だから、待つわ!だから、ツバキは落ち着くまでここにいていいわ!ワタシにも気を遣わなくていい」

こんな小さい子供にまで私は気を遣わせて…なんて私は恵まれているのだろう。私にそんな資格なんて無いのに、恵まれていることに、喜んでいる自分がいる。惨めな姿をする自分に、甘えたがる自分に心底絶望した。

だけど、今は

「……うん…!今はすこし希望が見える気がするよ!」

「…ツバキ?何の話?」

「ふふ!内緒!それよりアリアちゃん、私のこと待ってくれるって言ったよね?」

「えぇ…言ったけど…」

「じゃあ、私が死ぬまで!」

「え?」

「死ぬまで待ってよ!アリアちゃんと私は死ぬまで一緒!ね!」

「……そんなの当然じゃない。私を見つけてくれた、怖がらないでくれた、唯一の人なんだから」

「…!………アリアちゃ〜〜ん!!」

「わっ!いきなり抱きつかないでよ!びっくりするじゃない!」

「えへへ…!」

アリアちゃん……君が私の生きる希望だよ。君の言葉に今、どれだけ救われたか、これから、どれだけ救われるのか。アリアちゃんには希望が満ち溢れている。こんなに冷めた心を、暖かく包みこんでくれた。

「……ありがとう。アリアちゃん。アリアちゃんが居なかったら私、もう山奥で骨になってるところだよ」

「なにそれ……ワタシも同じよ!」

「え?」

「ワタシだってツバキに助けられた!だからお互い様!」

「………うん…。そう…そうだね…!」

「そうよ!」

あれから私達はあそこで沢山お話をした。幸せだった。ここ最近…感情の浮き沈みが激しいな…。でも、結局いい方向に向かってる。私達二人なら辛いことなんて、何もないよね!

…………なんて、思ってた。

次の月、山火事がおきたのだ。

私達の住んでいた家も、山もすべてなくなった。消えはてた。

「火事だ!!!火事だ!」

「逃げろ!!!」

「ほら!嬢ちゃんたちも早く!」

「え……あれって…」

「うそ……」

「私達の家が!」

「ちょっと待って!ツバキ!」

駄目だ…!駄目だ!あそこには、アリアちゃんの両親の思い出、私達の新しい思い出、全てが残ってるんだ!せめて、お金やお揃いで買った思い出のかんざしだけでも…!!私は一目散に駆け出した。

「……あぁ……あ〜〜!!!」

「…!ツバキ!だめ!」

「ゲホッ…ゴホッ…」

「……まだ大丈夫、家の中はそんな燃えてない…」

私は家が燃えているのにもかかわらず、アリアちゃんの制止を聞かずに家の中に入った。

「ツバキ危ない!!!」

「え…」

アリアちゃんが私に飛び乗ってきた。

否、突き放したが正解だ。

「ッ~~~~~!?」

アリアちゃんが、天井から落ちてきた瓦礫から私を守ってくれた。けれど、代わりにアリアちゃんが………。

「だ、大丈夫…?ツバキ?」

「……っは…」

「……ッとにかく!逃げるわよ!」

…それ以降の記憶はない。けど、これだけは分かる。私の自分勝手な行動で、私のせいでアリアちゃんが傷ついた。また、私のせいで…。

「どうしよっか…」

「宿屋に行くお金も無いわね」

「…ね。………ごめん…アリアちゃん…」

「えっ?私、アリアちゃんの云うことも聞かずに、家に走っていった。それで、守ろうとした。思い出を。でも、駄目だった。それどころが…アリアちゃんを傷つけた…」

「……」

「アリアちゃんをまた振り回しちゃった。いつもこうだ。人に気を遣わせて、自分だけ得して…人から恨まれてばかりの人生だったんだ。自殺をしにあの山に来たときだって、私を憐れんで私を養子にしてくれた夫婦がいたんだ。私をきっかけに婚約…なんて嘘をついてまで二人は私を気遣ってくれた。なのにそれを裏切って山へ向かった。きっと二人は私を嫌っていると思うよ。父親も…私のせいで母親が死んだって…。私は救いようのない、意味のない……。人間なんだ…」

「そんなはずないわ!そんなはずがない!私が保証する!」

「……でも!でも、だって…私は…!」

「…分かった。じゃあ、こうしよう」

「………え?」

「ここよ」

「ここって…」

「ワタシとお母様、お父様が死んだところよ」

「…あぁ……」

アリアちゃんはここまで気を遣ってくれるのか。私があの言葉の裏に隠した『死にたい』って言葉を…受け止めて…この答えが出たのか。そうか…。子供と心中なんて、私は本当に罪だけでできた人間なんだなぁ……。

「……有り難う」

「……本当にいいの?」

「いいよ」

「………分かった。……けど、少しお話をしましょう」

「……うん」

私達は近くの岩に腰を掛けた。

「私ね、ツバキから昔の話を聞いた時に、ツバキを縛り付けてるのはきっとツバキの父親だと思ってた。だけど、さっきの話を聞いて、やっぱり違うなって思った」 

「えっ……?」

「ツバキは…きっと…父親をきっかけに、自分に鎖をつけているような気がする。目に見えないのに、それを信じて、ツバキがツバキ自身を苦しめてる気がする」

「……」

「分かって欲しかったのはこれだけ。

これだけよ。だから、この話を聞いて、それでも意思が変わらないというなら、ワタシはツバキについていくわ。……どう?」

「………私の意思は変わらない。人を傷つけてばかりなのは事実。実際、鎖に繋がれなきゃいけない人間なんだ。この運命も…当然…な、はず…」

私は少し引っかかる…。アリアちゃんの言葉に少し、生きてもいい…と思ってしまったから。だけど、もう戻れない。

「………そうなのね…。じゃあ……」

「……うん」

私達は手を繋いで海を見た。

「…………ツバキ…」

「……なに?」

「ワタシは、死んでるから。これが本願だから。これでワタシはいなくなる。心残りは無い。これは本能で…魂で分かりきってる」

「…?うん…」

「だからこそ…言える…!

少しでも持った希望を捨てないで!ワタシは…!アナタのさっき持った…希望の目を失ってほしくない……!」

「えっ…」

アリアちゃんが私の手を離して、崖の端まで行って、振り返った。

「後悔しても…もう遅いわ。だから…

後悔しないで生きてね!ツバキ!」

「待って!!アリアちゃん!!!」

アリアちゃんが海に向かって飛んだ。

あの子は最後まで天使の様な笑顔を私に向けてくれた。

「アリアちゃん!アリアちゃん!

……アリア…ちゃ…」

私はその場で泣き崩れた。

「あぁ…………」

私があの子にしてあげられたことは…。何もなかった…。

「結局私は与えられてばかりだったな…」

けど、希望は持てた。あの子のくれたものをできる限り受け止めてあげたいと思う。

「………何処へ向かおう…」

行き先なんてわからない。だけど私には、あの子から貰った希望がある…。

可能性は無限大…そうでしょう?アリアちゃん!

ーー 十数年後 ーー

あれから私は小さな孤児院を開いた。

人数は6人と少ないけど、子供に囲まれて、幸せな日々を送っている。あれもこれもアリアちゃんのおかげだ。

今日は買い出し、今私はアリアちゃんとかき氷を食べに来たあのときの町に来ている。

「ひっう…ぐす…ぅ…」

泣き声が聞こえる。小さな子供の声。どこだろう……。

アリアちゃんを救えなかったあの心残りから、子供を救うようになり、いつの日からか、子供に好かれるようになった。

「あっ…いた…」

裏路地で小さな子供が壁に寄りかかって、俯き、すすり泣いていた。

「どうしたの…?」

「……一人になっちゃったの」

その泣いていた子供は、喋ると同時に顔をあげた。

「………ッ!?」

「…えっ…?」

「ア、アリアちゃん………?」

「…!!つばき?つばきなのね!?」

「…!ありあちゃん!」

「つばき!」

私達は顔を見て、直ぐに気づいた。

お互い、顔つきが変わって、一瞬じゃ分からないはずなのに。勘というか、直感というか、何故かわからないが確信もある。そんな思いだった。

「……あっ、ありあちゃん…って今の名前は…?」

「しぐれ……紫雨よ!」

「…紫雨ちゃんか…可愛い名前!」

「ふふ…ありがとう!!」

「ところで、どうして泣いていたの?」

「……お母様たち、また居なくなっちゃった」

「………そっ…か…」

「でも……!椿にまた会えたから!」

「……ありがとう…」

「今、椿は何をしているの?」

「あ〜…孤児院を…やってるんだ。人数は少ないけどね…。今日は食材の買い出しだよ」

「そうなのね」

「……よかったら、孤児院に来ない?」

「……いいの?」

「大歓迎!」

「……じゃあ…よろしくお願いします!」

「ふふ!また人が増えた!」

あぁ…ありあちゃんに会えた……

いや、紫雨ちゃんか…。でも、良かった……。ご両親と永く居られなかったのは残念だけど…。けど、この子の笑顔はまだ絶えてなかった。

「ってことで…ここが孤児院だよ」

「わぁ…!意外と広いのね!」

「運良く空き家があってさ……本当に運が良かったよ」

「じゃあ椿は、あの後たくさん頑張ったんだ」

「……頑張ったよ。ありあちゃんが居なくなって、紫雨ちゃんとして再開するまで、いろいろなことがあったさ」

「……辛かった…?」

「辛かった…けど、それを乗り越えられるくらいの希望をもらえたから」

「そう…よかった…。

…本当はね、椿を突き放したのは、希望を失って欲しくない…それだけじゃないの…。私と会って、始まりは私からだった。椿が最初に思い詰めてしまったきっかけだって、始まりは私でしょう?山火事のときだって、私が助けたのが悪い。椿を守るためではあったけど、あのときの対応も悪かった。原因は私にあった」

「そんな事……」

「そんなことあるから、私は椿を突き放した。あのときの決断は、椿を守るためでもあった。だから、どうか自分を悪く思わないで…と言おうと思ってたけど、意外と椿が強く生きてて安心した」

「……そっかぁ…」

ありあちゃんは随分深く考えてくれていたんだなと、予想以上の気遣いをしてくれていたことに頭がいっぱいになり、そっけない言葉が口から零れた。

「なんだか話が軽く終わってしまったわね」

「終わらせたのは時雨ちゃんだけどね?」

「……それもそうね…」

「「……………」」

「………さぁ!夕飯の時間になっちゃう!今日は新しい子が入ったからね!豪勢にしちゃうぞ〜!!紫雨ちゃんも手伝って!」

「……椿ったら〜!新人をこき使って〜!」

「「あははは!!」」

ー 完 ー

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