「――やっと来たわね。待ちくたびれたわよ!」
私とエミリアさんが大聖堂に着くと、レオノーラさんがいつもの感じで出迎えてくれた。
わざわざ入口まで出迎えてくれるだなんて、本当にありがたいことだ。
「レオノーラ様、おはようございます」
「レオノーラさん、おはようございます」
「……あら? 今日はルークさんはいらっしゃらないの?」
「はい、今日は別行動なんです」
「そうなの。前回はあまりお話できなかったから、今日こそはと思ったんだけど」
ほほう……。
ルークは最近、モテ期なのかな? 正体不明の高貴な女性に、レオノーラさん。
ストーカー娘とツンデレ娘……、ちょっとキャラは濃いんだけど。
「レオノーラ様、もしかしてルークさんに興味が!?」
「そんなわけないじゃない。私に婚約者がいるの、ご存知でしょう?」
「おぉ、そういう方がいらっしゃるんですね」
さすが王族。さり気なく、私の住む世界とは違うことを思い知らされる。
「機会があればアイナさんにも紹介してあげるわ。
さて、それでは中に入りましょう。今日はエミリア様の部屋で勉強をするわよ」
「えっ」
レオノーラさんの提案に、エミリアさんは驚いた。
「何か文句でも? それに、今日のために片付けをなさったんでしょう?
私もあれだけ手伝ったんだから、少しくらいはお邪魔しても良いはずよ」
……あ、レオノーラさんにも手伝ってもらったんだ? なら仕方ないよね。
「それでは、今日はエミリアさんの部屋ということで……」
「アイナさんまでっ!?
……分かりました、手前の部屋なら問題はありませんので!」
「……奥の部屋は、絶望的だからね」
レオノーラさんがぼそっとつぶやいた。
一体、どうなっているんだろう……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……それでは、あまり綺麗な部屋ではありませんが、どうぞ……」
エミリアさんの案内で、レオノーラさんの部屋の近くの部屋へ向かう。
中に入ってみると、そこはきちんと整頓された部屋だった。
「おお、綺麗にしているじゃないですか!」
片付けたばかりだから当然だろうけど、散らかっている様子もなく、置いてあるものもすべて整えられていた。
ちなみに奥の部屋へのドアはしっかりと閉ざされており、その前には綺麗な布が横断するように掛けられている。
さりげない飾り付けと共に、『この奥には行くな』――
……そんな強い主張が感じられた。気にはなるけど、今回は行かないでおこう。
「2日も掛けましたが、何とかここまで片付けられました。
あとは半年くらい掛けて、奥の部屋をどうにかすれば……」
……え、そんなに掛かるの?
「その間はどうするんですか……」
「アイナさんと一緒に、宿屋に泊まりますよ。だから大丈夫です!」
少しきょとんとしながらも、元気に言うエミリアさん。
しかし――
「私、半年も王都にいるかなぁ……」
特に明確な予定は無いものの、私が王都を離れることだって普通にあり得るのだ。
神器を作成するために、どこか遠くに行かなければいけなくなったとき……とか。
「むむむ、それは予想外の展開!
……そうしたらどうしましょう。レオノーラ様の部屋に泊まりましょうか」
「ちょっと、何を言っているの!?」
「た、例えばのお話ですよ!」
「そんなことになるくらいなら、手伝いはするから。
だから、時間が空くたびに戻ってきなさい!」
「えぇー……?」
「エミリア様の部屋でしょ!?」
「ぐぅ、確かに……。
あ、でもこっちの部屋にベッドとかを持ってくれば――」
「そんなことは私が許さないわ。生活環境はきちんとしておくべきよ!」
「ぐぅ、確かに……」
いつものように、エミリアさんはやり込められている。
ちょっと可哀そうな気もするけど、それでも仲良く見えるのは羨ましい限りだ。
「……さて、それではエミリア様。今日もお茶をお願いするわ」
「わ、分かりました!」
「私も何かやりましょうか?」
「そうね、アイナさんはお客様だから座っていて」
「はーい」
手持無沙汰なこともあって、何か手を動かしていたかったけど……。
とりあえず二人に任せて、私はぼんやりとすることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――それではそろそろ、装飾魔法の勉強をしましょうか」
お茶を飲みながら少し雑談したあと、レオノーラさんが切り出した。
「「よろしくお願いします!」」
「装飾魔法といっても色々とあるのだけど、今日はアクセサリを落としにくくする魔法で良いのよね?」
「はい、それでお願いします!」
「分かったわ。まずはこの魔法だけど、3つの方法があるの。
1つ目はマナ操作で完結するもの、2つ目は詠唱を伴うもの、3つ目は精霊に手伝ってもらうもの」
「精霊……! そういうものもあるんですね……!」
「3つ目は、精霊と個別の契約が必要だから今回は省略するわ。
アイナさんの期待を裏切って申し訳ないのだけど」
私の言葉に、レオノーラさんは苦笑いをした。
ファンタジーな響きに反応しすぎて、とても良い笑顔をしてしまったかもしれない……。これは恥ずかしい。
「だ、大丈夫です! 他のでお願いします……!」
「それではマナ操作の方からね。
例えばこの指輪なんだけど……ちょっと引っ張って取ってくれる?」
「え? それじゃレオノーラ様、失礼しますね。えい……っ」
エミリアさんがレオノーラさんの指にはめられた指輪を取ろうとすると……まるで取れなかった。
「アイナさんも、お試しになって?」
そう言いながら、レオノーラさんは私に手を差し出してきた。
「失礼しますね。えい……っ」
レオノーラさんの手に触れると……柔らかい! 肌がきめ細かくて綺麗!
……じゃなかった。えっと、指輪は全然動かなかった。
「動かせません」
「これが今日教える魔法よ。マナの入れ具合で効果も変わるから、その辺も踏まえてお教えするわ。
そのあとに、詠唱を伴うものまでいくわね」
「マナ操作だけのものと、詠唱を伴うものって何が違うんですか?
詠唱が無い方が良いと思うんですけど」
「マナ操作の方は、ずっと意識をしていなければいけないの。
アクセサリを身に付けるなんて日常のことだから、ずっと意識しているなんて無理でしょう?」
「なるほど、そういう違いがあるんですか……」
「それに詠唱を伴うとは言っても、熟練すればそれも不要になるのよ。
例えば……エミリア様のヒールを見たことはあるかしら? あの魔法だって、本来は詠唱が必要なんだから」
「おお、それでは両方覚えたいですね!」
「ある程度のマナ操作ができれば、詠唱がある方も使えるようになるはずよ。
せっかく私が教えてあげるんだから、今日中に完璧にマスターすることね」
「え? でも私、魔法をまだ1つも使えないんですが……」
「あら、それは光栄ね。
今回の魔法が、アイナさんの覚える最初の魔法になるんだから」
「アイナさん、覚えられなかったらわたしと一緒に練習を――」
「……エミリア様?
何で最初から、逃げ道を作っているのかしら?」
「ひっ」
レオノーラさんはエミリアさんに微笑みながら、何やら凄いオーラを発していた。
……まずい、今日中に覚えられなければ何かされそうだ!
「エミリアさん……。死にもの狂いで覚えましょう……!」
「頑張ります……。
もしダメだったら、わたしの屍を乗り越えていってください……」
本当に死ぬことはないんだけど……。
でも、全力で頑張ろう……っ!!
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