テラーノベル
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第三十話 名前のない記憶
その日の夜。
彼女は昨日の写真を、もう一度開いていた。
ベンチ。
古い傷。
写真の隅に残っていた小さな文字。
何度見ても、はっきりとは読めない。
それでも、なぜか気になった。
サイトを開くと、すでに相手がいた。
『まだ写真見てる?』
『見てた』
『俺も』
『なんか、頭から離れなくなった』
『分かる』
少しして、彼から写真が送られてきた。
昨日とは違う角度から撮ったものだった。
『今日、昔の写真をもう少し探した』
『何かあった?』
『一枚だけ』
写真には、あの場所が写っていた。
けれど、昨日までの写真とは違う。
ベンチの前に、二人分の足元が写っている。
顔は写真の外。
誰なのかは分からない。
『これ……二人いる?』
『うん』
『昔の写真?』
『たぶん』
彼女は画面を拡大した。
片方の足元には、小さな傷のついた靴が写っている。
もう片方には、何かを持っている手だけが見えていた。
『これ、何持ってるんだろ』
『分からない』
『紙かな?』
『俺もそう思う』
その瞬間、彼の中にまた記憶が浮かんだ。
ベンチ。
夕方。
誰かの手。
そして、自分の手に渡される小さな紙。
『……紙』
『え?』
『やっぱり、何か渡された』
『何が書いてあった?』
『分からない』
彼は目を閉じた。
思い出そうとする。
けれど、文字だけがぼやけている。
一文字。
また一文字。
それでも、最後の部分だけはなんとなく分かった。
『……約束』
『約束?』
『うん』
『どんな?』
『分からない』
彼女は少し考えた。
『じゃあ、その紙を見つけたら分かるかもね』
『そうだね』
『まだ家にあるかな』
『探してみる』
そう言ってから、彼はしばらく黙っていた。
『でも』
『うん?』
『ちょっと怖い』
『何が?』
『全部思い出したら、今まで知らなかったことまで分かる気がする』
彼女はその言葉を読んで、少しだけ考えた。
知らなかった過去。
忘れていた約束。
写真に残された誰か。
全部を知ることが、
本当にいいことなのかは分からない。
それでも――
『一人で思い出さなくていいよ』
そう送った。
しばらくして、
『ありがとう』
と返ってきた。
『会ったら一緒に探そう』
『うん』
その約束を最後に、二人は別の話を始めた。
学校の話をして。
好きなものの話をして。
いつものように笑った。
けれど、夜が終わってからも、
彼女の頭には一つの疑問が残っていた。
写真に写っていた二人。
そのうちの一人は、彼。
では、もう一人は誰なのか。
そして、その人が持っていた紙には
何が書かれていたのか。
まだ分からない。
けれど、過去の記憶は
少しずつ輪郭を持ちはじめていた。
そして彼の部屋では、古い写真の裏から――
一枚の小さな紙が、静かに落ちていた。
#溺愛
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コメント
1件
あああああ…😭✨ 30話、めっちゃエモかった…!「約束」っていう単語がチラッと出てきたところで背筋ゾワッてしたよ…。まだ名前も思い出せないのに、二人の間に確かに存在した“何か”が少しずつ形になってく感じ、すごくいい。 「一人で思い出さなくていいよ」って彼女の言葉、優しすぎて泣く…😢💕 写真の裏から落ちた紙、次回どうなるのか気になりすぎる!!