「フィダーイ《アサシン》だって⁉ じゃあカルマの属国の兵士だっつうのか? 」
ヴェインは信じられないと云うような表情を浮かべ訝しめる。
「ヴェイン失礼だよ、まだイスラールは属国ではないよ、確かに劣勢には変わり無いけど…… 東方正教側も陰で支援してるみたいだし」
カシューは説諭《せつゆ》するようにヴェインに掌《たなうら》を広げて見せた。
「だってよ、王都制圧は時間の問題なんだろ? 聖地エルドラン奪還がどうのこうの前の街の連中だって騒いでたじゃねーか」
「ヴェイン!! 」
リーダーと思われる男が制し、首を垂れる。
「不謹慎な発言を許して頂きたい。どうかこの通り詫びをする。それと貴殿には怪我の手当までして頂き、なんとお礼を申し上げればよいか…… 」
「いや、骨折の治療は嫌という程やってきたからな、慣れてるんだ、強引に引っ張って悪かった。それよりも骨が飛び出していなくて良かった、それならば半年もあれば何とかまた盾を持てるだろう、それと…… 」
ピクリと三人同時にその語尾に動きを止める……
「俺達は兵士でも戦人《いくさびと》でもない。どの国家にも所属はしていないんだ」
―――――⁉
「そ、そんな事ってあるのグランド? だってフィダーイ《アサシン》って言えばイスラールの…… 」
カシューは更に驚きの声を上げた。
グランドは少し眉根を寄せてからゆっくりと語りだす。
「抑々、フィダーイ《アサシン》とは、イスラール国が独自に国を挙げて育成し作り上げた暗殺術に特化した戦闘集団で、その詳細は謎が多い。20年位前に絶対的だった領袖《りょうしゅう》が他界し、その影響なのか近年では、その集団の中にも独立を宣言する派閥が現れ、一枚岩では無くなったと聞く。勿論、そう云った事から、金の為にイスラ教から宗旨替えして神聖国《カルマ》側に傭兵として流れた者達も居たはずだ。それを踏まえると国家に所属しない影のフィダーイ《アサシン》が存在したとしてもおかしくは無い…… 貴殿方は若《も》しや、アラル人では無いのでは? 」
「あぁ、俺は信仰心すら無い北の出身で、こいつは人種すら不明だ」
膝の上でスヤスヤ眠るエマを顎で指し、同時にエマのある事に気が付いた。
―――――⁉
(首の…… )
「北の出身ならタタル…… 」
グランドの問いを裂きヴェインが遮る。
「ははっ! 人種なんて関係ねぇ~ぜ、この嬢ちゃんを見てみろよ、こんな真っ白な透き通った肌に、夕陽に輝く長い金髪だぜ、天使以外考えられるか? 俺らぁあの時、殺されても仕方ね~って思ったぜ」
「何言ってんだか、ガタガタ震えていた癖に。でも確かに、ヴェインの言う事も分るよ、僕も目を奪われたのは事実だしね。でも天から落ちて来たから堕天使なんじゃないかな? 」
「となると貴殿方はその…… その暗殺術は…… 」
グランドは気を遣ってか、瞳を泳がせ尋ね聞く。
「そうだな、あんた達が考えてるような、どこかの国家によって教育を施されたと云う訳ではないんだ。俺達には師匠が居てな、その師を仰ぎ指南を受けただけだ。悪いがそれ以上の事は言えない」
すると膝の上でエマが不意にパチリと目を覚ました……
―――――!!
小さな緊張が走る……
「おいおい、大丈夫なんだよなあんた? あんたさっきもう大丈夫って言ってたよな? 」
ヴェインが戦々恐々と身を縮める。
エマは、がばっと身を捩《よじ》ると、俺の後ろでゴロゴロと大人しく転がっているギアラを見つけ飛びついた。
『あばばばば、な、なんれすかぁ~ なんなんれすかぁ~ ひぃ』
当然この声は誰にも響かない。一人の男を除いては……
「でも良くなついてるよねその黒豹。小さな頃から飼ってたんだって? やっぱり小さいうちから飼ってると猛獣も懐くんだね」
「はは、そ、そうだな」
男の問いに少し冷や汗を掻き乍ら頷いた。
「めちゃくちゃ弱かったけどな」
ガハハと大きな体躯の男が素見し腹を抱える。
「あはは、ヴェイン笑いすぎだから、飼い主さんに失礼だよ」
「お前達! いい加減にしないか! 誰のお蔭でこの命救われたと思っているんだ、これ以上この方々を侮辱するようであれば只では済まさないぞ」
大喝一声が響く。この男の至誠な人柄には好感が持てたが、後ろで繰り広げられる喜劇に臍《へそ》が宿替《やどが》えする。
『ひぃ~ あばばば~ あぶぅ』
「すまね、悪かったよ、俺ぁそんなつもりじゃ…… なぁカシュー? 」
「うん、ごめんグランド…… 」
『そこはダメなのれすっ、あひゃひゃひゃ あぶぅ』
「ぷっ」
俺はつい笑いが堪え切れなくなり吹き出してしまっていた。
―――――⁉
般若の仮面が急に笑ったのだ、一瞬にして三人は仰天し固まった……
「あぁ、すまん違うんだ。確かにアレは弱すぎだし、今も思い出したら可笑しくなってしまって、だから気にしないでくれ」
「はははそうか、なら良かった」
三人は一様に胸を撫でおろすと、安堵の表情を示した。刈り取られたライ麦畑は時の経過を示すが如く茜色に染まり、間もなく日の入りを迎えようとしている。
「でもよ、ちょっと気になったんだが、あの嬢ちゃんは魔法使いなのか? 」
「ぷっ! ヴェイン大丈夫⁉ 真顔で魔法使いとかさ~どこの国の昔話だよ、真逆《まさか》そんなの本当に信じてるの? 」
『あひゃひゃひゃひゃ あぶぅ』
「いや、信じちゃいねーけどよぉ、だって空から降りて来たし、フィダーイ《アサシン》って空飛べんのか? 」
「ふむ、多分…… 無理だろ…… 」
四方山話に唐突に参加するグランドに周りが固まる……
「でもよぉ、確かに飛んでたぜ? じゃあなんだよあれ」
「あぁ、あれは彼奴の息吹《いぶき》だな 」
―――――⁉
又しても三人が同時に驚愕する。
「如何せん本人は口が利けなくてな、確認の為様が無いんだが、昔からちょこちょこ使ってるから多分息吹の類だと思う」
「ちょ!ちょっとそれってさぁ…… 」
「マ、マジかよ…… 」
「ふむ、俄《にわ》かに信じがたいが、しかし…… 俺達は実際にソレを目の当たりにした。そうだったよな? カシュー、ヴェイン」
グランドは念のため確認を取ると、二人は頷いた。
「残念ながら俺の方には神の囁きは降りて来なかったみたいでな、あいつだけ授かったらしいんだ」
「あっ、あたりめぇだ、そんなにぽんぽん息吹《いぶき》持ちが生まれちまったら戦《いくさ》だってひっくり返っちまうぜ」
「俺は成人すれば誰でも授かる物だと思っていたんだが…… 」
「おいおい、あんたそんなにお坊ちゃんには見えねぇ~が、若《も》しかしたら箱入りってか? 冗談辞めてくれよ、そんな訳あるかっつーの」
「そうだね、詳しくは把握出来てないみたいだけど何十万人に1人とか、そんなレベルだって僕は聞いた事があるよ。息吹《いぶき》持ちは大体が国家に管理され、王の側近とか英雄様だね、そう言えばどっかの王様自身も息吹持ちだって話だし」
「そぉ~いやぁ神聖軍《カルマ》の竜殺しも確か息吹《いぶき》持ちの英雄様だったな」
―――竜殺し……
(何だ⁉ 何処かで…… )
「僕ちょっと寒くなってきたから、枯れ枝集めてくるね? どうせもう暗くなるから此処で一夜明かすでしょ? 」
そう云うとカシューは徐に立ち上がると声を上げた。落ちかけた陽を背負い人影が近づいて来る―――
「あっ、あれ⁉ どうして⁉ 村に逃げろって言ったのに、何で? 」
カシューの案に相違し、此方に向かって来る二つの人影に 違算を感じ図らずも戸惑いの色を表した。はぁはぁと息を荒げ、小さな子の手をしっかりと握りしめ母親らしき人物が走り寄る。
「あぁ剣士様、剣士様、私達の為にそんな…… そんな…… 」
母親は涙を数えきれない程にぽろぽろと流し頭を地面に擦り付ける。
「ありがとうございます、ありがとうございます、救って頂きありがとうございます…… 」
余程の恐怖だったのであろう、若しくは生きる事を一時は諦めたのかもしれない、母親は大声で泣き崩れ頭を上げようとはしなかった。
「大丈夫だ、もう止めてくれ俺達はこうやって何とか生き延びた、それだけでいいじゃないか、それよりも良く諦めずに頑張ったな…… 」
「ううう…… 」
「でも何でこっちに戻って来たんだい? 僕はてっきり村に向ったものだと思ってたからちょっとびっくりしちゃったよ」
グランドは母親の泣き崩れる姿から涙の訳に少し嫌な違和感を感じ譬すように言葉を繋げた。
「何が有ったのか詳しく話せるか? 」
「はい、」
振り返るとギアラは腹の上にエマを乗せたまま眠り呆けている。心なしかエマの寝顔もいつもより穏やかに窺えた……
戦いの後に残る静寂は、夜の気配と同居する。同舟相救う心持ならば、例え僅かであろうとも一臂の力を貸し示す。軈て訪れる元凶は、寂然と息を殺し闇に蠢いていた。
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