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ジンはリビングで黒の皮張りのソファーに深く腰を下ろし、目の前のガラステーブルに置かれたティファニーから届いたブルーボックスに入ったカタログをじっと見つめていた
桜に渡した婚約指輪・・・彼女の細い薬指に滑らせた瞬間、キラキラとその瞳を輝かせた彼女が脳裏に焼き付いて離れない
我ながら良い買い物をしたと思う、どういう訳か桜の前では気前のいい男でいたかった
普段の自分なら、こんな派手な買い物に眉をひそめるのに、ティファニーの店員が「永遠の愛を象徴する一品」と語るそのリングは、偽装結婚の道具にすぎないはずだった
なのに、桜の笑顔がジンの心に小さな優しい波紋を広げていた、素直に彼女をもっと喜ばせてみたいと思った
ジンの性格上、なるべく感情を表に出さない様に昔から努めてきた、人と打ち解けず、社交の場とも距離を置く、それは生い立ちのせいかもしれない
父はタクシードライバー、母は牡蠣をパッケージする工場で働いていた、二人は朝から晩まで一生懸命働いてくれた、ジンと弟を有名大学に入れるために、両親の期待を背負ったジン自身も毎日11時まで高額塾に通い、夜遅くまで勉強した
ジンにとって、もはや一流大学入学は自分のためだけではなかった、父と母、弟三人を胸を張って大学の入学式に連れて行ってあげたかった
そしてある粉雪が舞う寒い運命の三連休の日・・・
「たまには息抜きをして家族旅行に行こう」と言う父の誘いを「勉強したいから」と言ってジンは断って家に一人残る事にした
父と母、弟のヨンジュンが楽しげに旅行の準備をする姿を見守った、10歳のヨンジュンはいつも「ガリ勉兄さん!」とピョンピョン跳ねながらジンをからかい、ジンはその小さな体をくすぐって笑わせるのが好きだった
父の運転する車が角を曲がるまで、ジンはいつまでも手を振った、すぐに帰って来ると思っていた、しかしあの笑顔が、家族との最後の記憶だった
その夜、父の運転する車は旅行先で交通事故に合い、父、母、ヨンジュンはガードレールを突き破った崖に落ちて即死・・・誰も帰ってこなかった
ジンは両親と弟の墓の前で何日も墓に向かって罵った 「どうして自分一人を置いて逝ってしまったんだ」と・・・
泣いて、泣いて、泣き尽くしても、何も変わらなかった、幸い計画的な両親が加入していた生命保険のおかげで、ジンは無事に大学に入学して首席で卒業した しかしその後は何も目標がなくなってしまっていた
だって彼は家族を喜ばせるために今まで勉強していたのだから
そんな時、父が「日本」に憧れていたのを思い出し、単身海を渡った
新天地でITアプリ会社「WaveVibe」を大阪で立ち上げた今も、あの日の傷は胸の奥に沈んだままだった
そのうちジンは暗い感情に流されない術を身につけ、理不尽な世の中を生き抜くために、感覚を遮断し、常に冷静でいることを自分に課した、そうでもしないと孤独に壊れてしまいそうだった
ジンはリビングの隅に飾られた小さな写真立てをそっと手に取った・・・
そこには、ジン、父、母、ヨンジュンが笑顔で並ぶ家族写真があった、父の厳格な顔、母の優しい微笑み、ヨンジュンの可愛らしい、いたずらっぽい目、ジンの指が写真をなぞる
「 아빠(アッパ)父さん・・・」
父のダミ声が、まるで今も耳元で響くようだった
- ―常に正しい事をしろ ジン・・・決して卑怯者になるな―
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