テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
夜は、深く沈んでいた。教室の中は静まり返り、
エンゲルとバブルの寝息だけが、規則正しく響いている。
リンクは、壁にもたれたまま目を閉じない。
――その時だった。
ドロドロ、と。
床を引きずるような、
粘ついた音が、廊下の奥からかすかに聞こえてくる。
(……)
リンクの耳が、わずかに動いた。
ここの住民たちよりも長く、神の声を聞くためと教わった、鋭いその耳は、
音の“質”を正確に拾う。
濡れた布でも、靴底でもない。
生き物が、形を保たないまま這いずる音。
ゆっくりと、一定の速度で。
リンクは、呼吸を殺す。
剣には触れない。
音だけを、追う。
(先生の仕業か?)
教師たちが、何かを“管理”しているのは確かだ。
夜間の見回り。
実験。
あるいは――放し飼い。
音は、教室の前を通り過ぎたようだった。
遠ざかり、
やがて、消える。
リンクはしばらく動かない。
エンゲルも、バブルも、起きない。
夢の中だ。
(……確認するには、リスクが高い)
出れば、監視に引っかかる。
来なければ、それでいい。
沈黙が戻る。
あまりにも何も起きない時間が、続いた。
(……暇だな)
そう思ってしまったことに、
リンク自身が少し驚いた。
シーカーストーンを、そっと起動する。
光量は最小。
『起きてる?』
ゼルダからの即答はない。
『今、妙な音を聞いた。 粘性のあるものが移動する音だ』
少し間を置いて、返事が来る。
『……この世界、謎の存在と闇が多すぎる。 教師が管理している“怪物”の派生かもしれない』
少し間を空ける、
『追うべきだったか?』
《いいえ。 あなたの判断は正しい。 今は、情報を集める段階ですから。》
リンクは画面を閉じかけて、
ふと、胸の奥に引っかかるものを覚えた。
(……何だ?)
音ではない。
気配でもない。
空間そのものが、ゆっくりと呼吸しているような感覚。
ほんの一瞬。
だが、確かに感じた。
『ゼルダ 。何か……近い』
返事は、少し遅れた。
《……ええ。 仮初めの“朝”が近い》
その言葉の意味を、
リンクはすぐには理解した。
通信が切れる。
やがて、窓の外がわずかに白み始める。
夜は、何事も起こさないまま終わった。
だが、
何も起きなかったこと自体が、不自然だった。
「……朝?」
エンゲルが、眠そうに身じろぎする。
バブルも、目をこすった。
「キャンプ、続くんだよね……」
「先生、来ないし……」
リンクは立ち上がり、窓の外を見る。
校庭は、昨日と同じ。
だが、どこか違う。
(……動き始めている)
何が、とは言えない。
それでも、確信だけはあった。
この学校は今、
夜ではなく、仮初めの朝に向かって蠢いている。
キャンプは、終わらない。
それは、
守るための措置ではなく――
何かが起きるまで、生徒を留めておくためのものだった。
リンクは、静かに背中の剣を確かめた。
次に音が聞こえた時、
それは――
隠れてはいないだろう。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!