欲しいって思ったんだ。
マイふゆ “亡骸を蹴飛ばした”
静かな狭い部屋に、涙の匂いが満ちる。日に日に濃くなってゆく重い空気に、今にも俺は押し潰されそうだった。
1ヶ月前。10月31日。場地圭介は死んだ。
あの目。彼の声。両腕の感覚。最後の言葉。どれもが忘れられず、鮮明に脳裏に浮かび上がる。その度に泣き崩れ、蹲り、立ち止まった。彼が居ない世界はまるでモノクロテレビの様に味気ない。どれだけ飯を食おうと味がしないし、好きだったものを好きだと言い切れなくなった。どうして俺は生きてるんだろうと、そればかりが巡る。どうして彼が死んだのに、世界は終わっていないんだろう。俺にとって彼は、世界の全てだったと言うのに。目の前がぐにゃりと歪んで、ベットシーツにシミが出来る。投げやりに手首を傷つけ、また泣いた。場地さんはこんなこと望んでいないのに。彼がいないとなると、どうしても苦しかった。
大好きだった。愛してた。人生であんなにも夢中になったことはないと言うほどの憧れを、彼に注いだ。それを疎むことなんてなかった。そんなこと、する必要もなかった。それがこんな形で終わるだなんて、考えもしなかった。こんなことなら、出会わなければとさえ思う。
聞きなれた軽快な音が耳を掠めた。なんてことない、ただのインターホン。他人と会わなくなって数日が経過し、存在さえ疎んでいたから、何だか不思議な気分だった。宅配便だろうか、申し訳ないが無視しようと考えた時、暫く使っていなかった携帯電話が光る。
送り主を見ると、記憶の隅で風が吹いた気がした。
佐野万次郎。通称マイキー。東京卍會総長にして場地さんの幼馴染。場地さんが亡くなった心労は長くいたマイキー君の方が深い筈なのに、彼は俺の世話をやいている。
「悪ぃな千冬、しんどいのに」
「そんな、…すみません、マイキー君。何時まで経っても、復帰できなくて」
「気にすんな気にすんな、壱番隊はたけみっちがいんだろ?大丈夫だって」
にし、と笑う姿は何処と無く場地さんに似ている。また泣きそうになって、下唇を噛んで堪えた。
「それより……千冬。俺が心配なのはお前だよ」
「え、………すみません、」
「謝んなよ。場地の存在はデカかったよな。千冬は場地のことを見送ってくれたし、傷がでかいのも分かってる」
そこまで言い切ると、マイキー君は俺の手首を掴んだ。反射的に払ってしまい、捲れた袖から朱が覗く。
「……こんなことしてるのは、戴けねぇな」
「っ、……すみ、ません、……でも、どうしようもないんです」
抱え切れない感情が爆発して、持て余してしまう。心が痛くて痛くて仕方がない。息が詰まる。そんな感情は、自傷が解決してくれる気がした。傷をつけると、そこから膨れた感情が抜けていくような、気がして。
もう、辞められなくなっていた。
「自傷なんて、場地は望まない」
「…そんなこと、わかってますよッ、…」
理屈じゃないんだ。正論が辛い時があるだなんて、初めて知った。
こんなに悲しい知り方なら、知っていたくなかった。
「千冬、」
「もぅっ、…わかんないんですよッ……本当なら、死にたい。場地さんの後を追いたい」
マイキー君が息を呑んで、俺を見詰め返す。
「でも、…でもッ、そんなことしたら、……場地さんに叱られる……」
どうすればいいかわかんない、と泣き崩れる。足に力が入らない。嗚呼、もう、駄目だ。
「……千冬」
「わかってる、わかってます……でも、!!もぅ、苦しくて仕方がない……!!」
拳を握り締めて激昂する。嗚呼、場地さん、場地さん。どうして俺を置いて行ってしまったんですか。どうして俺の前に現れてくれないんですか。こんなにも苦しいのに。
暫く泣いた後、冷えた手がするりと頬を撫でた。見上げれば、表情の読めない顔で、マイキー君が俺をのぞきこんでいる。何も出来ないままでいると、ふいにぎゅ、と抱き締められた。それは在りし日の場地さんがしたようで、また彼の声が脳裏にチラつく。
「しんどいよなぁ、千冬。わかるよ。大事な人がいなくなるってことは―――もう会えなくなるってことは、しんどいよな。会いたいよな。声を、聞きたいよな」
マイキー君は、お兄さんを喪ったのだったか。嗚呼そうだ、それこそ事の発端だった。羽宮一虎が、マイキー君のお兄さんを殺したことから、全てが始まったんだ。
少しだけ苦しい胸の中で、不思議なことに、ようやく息ができた気がした。温かな体温が流れ込んでくるみたい。しゃくりあげながらもマイキー君の顔を見遣ると、彼は顔を歪めて笑った。親指で俺の涙を拭い、耳元で囁く。
「俺がぜぇんぶ忘れさせてやるよ、千冬」
ネタが尽きまして★★続きは必ずあげるんで待っててね★★
コメント
1件
最高うますぎやしませんか