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新先生に何度電話しても、LINEを送っても、既読すらつかない。……いや、こうなるのが普通なんや、きっと。
悪いのは向こうや。俺が慰めるのも、心配するのも、本来はおかしな話なんやから。
♢♢♢
「空!! 彼女に告白したら、オッケーやって!!!」
「……はーい、ヨカッタネー」
次の土曜日。朝九時に飛び込んできたもとちゃん便が、俺の両手を握ってブンブンと振り回してくる。
彼氏と別れて一ヶ月も経たないうちに乗り換えるなんて、随分と切り替えの早い女やな。
「で? 何日前まで他の男のアレがアレしてたかちゃんと聞いたか?」
「そ、それはまだわからへんけど……っ」
「デートは?」
「明日! 日曜の昼から。どこに行ったらええかな?」
そんなん自分で決めろや!毎回デートのたびに俺を頼る気か。
「この間、俺と過ごしたみたいな感じでいいんじゃない?」
「え~、あんまり喋ったことないのに、あんなに楽しくできるかな? あ! テーマパークとかの方がええかな。会話が詰まっても誤魔化せそうやし」
「……できるんじゃない? 好きな人となら、別に何でも」
……あかん。動揺した。
「あんなに楽しくできるかな」って――お前、俺といて、そんなに楽しかったんか。
不意打ちすぎる言葉に、冷え切っていた胸の奥が、じんわりと熱を帯びていく。
「……そうやんな。絶対楽しくなるわ。空、ありがとうな」
あー、あかんな。
あんなに猛省したはずやのに。新先生にあんなに怖い思いをさせられたばかりやのに。
もとちゃんを誰にも渡したくないと、思ってしまう。今、俺、あの時の新先生と同じ気持ちなんかもしれん。
心臓が痛い。これ、認めたくないけど……多分、俺、こいつに恋してる。
「……どういたしまして。じゃあ、もう相談係はいらんな?」
自分でもわかるくらい、子供みたいに拗ねた声が出た。
今もとちゃんを失ったら、壊れてしまうのは俺の方やのに。
「あかんよ! これからやん! いっぱい教えてよ。俺、空より知らんこといっぱいやし」
カーテン越しの柔らかな光を浴びて、もとちゃんが平然とそんなことを言う。
無防備な笑顔を見ていると、可愛くて、愛しくて、めちゃくちゃにしてやりたくなる。
「……言葉で教えるの難しいから、実践でいい?」
わざと声を低く沈ませて、その手首を掴み、ソファへと押しやった。
「……実践って、何すんの?」
もとちゃんの喉仏が、ゴクンと揺れる。
これ、前にもやったよな?その時にはあんなに拒絶されたのに。……期待してええの?
もとちゃんの「初めて」を、俺が奪いたい。
……いや、流石にそれは違うな。
だって、俺だってまだ「初めて」さえ知らない。結局二人でアタフタして、無様に終わるのが目に見えてる。
「……お前のアホを、どうやって隠し通すかの練習や」
「ええぇぇ~!! 俺、そんなアホじゃないし!」
もとちゃんは身体を起こして大袈裟に傷ついたふりをする。
これでいい。無理に関係を進めても、今はまだ何も上手くいかない。
このまま、適度な距離でふざけ合っているのが、一番安全なんや。
「部屋に呼んで一緒に勉強するフリして、そのまま押し倒す……とかどう?」
「初日で!? そこまでやっちゃう!?」
「初めてかどうか調べるには、それくらい必要やろ?」
「……別にそんなん、どうでもええねん。俺が好きなら関係ない……って思うようにした」
「……ふーん。ええやん。そういうのもとちゃんらしくて。俺は好きやで、その考え方」
俺がそう言うと、もとちゃんは「ふふっ」と手の甲で口元を押さえて、おかしそうに笑い出した。
「……なに? 何がおかしいん?」
「いや、なんでも。……なんでもないって」
体を揺らして問い詰めても、あいつは「なんでも」と繰り返すだけで、ずっと機嫌が良さそうに目を細めている。なんやねん、気になりすぎるやろ。
「で? 今日のお母さんのご飯は何?」
「あ、それなんやけど……」
「ん?」
「今日はないねん」
「えーっ! 楽しみにしてたのに!」
これは本気や。俺たちが二人でどれだけ頑張っても、もとちゃんのお母さんの技術には到底敵わない。あの愛情がこもった味じゃないと、心の底から満たされない体にされてしまっている。
「……三食とも、ないねん」
少し言いにくそうに、指で『3』を作って見せるもとちゃん。三食……? どういうことや?
「なに、もとちゃんまで家追い出されたん?」
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#先生と生徒
「うちの親がそんなことするわけないやろ。……いらんって、俺が言ってきてん。空のところに泊まってくるからって」
「……は?」
「あかんかな?」と子犬のような瞳で覗き込んでくる。
おい、急に何を言い出すねん。自らソフレになりに来たんか?彼女ができた直後でタイミングとしてはおかしすぎるやろ。
「なんで勝手に決めてんねん。俺に用事があったらどうするつもりやったん」
動揺を隠しきれず、つい冷たくあしらってしまう。
なんやねんマジで。このタイミングでお泊まりはきつすぎる。自覚したばかりの恋心が、今にも暴走してまうて。
「お願いがあって……それで勝手に決めてきた。ごめん」
そんなに改まって、なんやねん。
もしかして、やっぱり「初めて」の相手になってほしいとか……?
いや、あかんぞ。俺は意外と真面目やねん。彼女ができたばかりの親友に手を出すなんて……。
いや、今の俺なら、余裕でできてしまう気がする。
「……しゃあないな。今日だけやで。で、そのお願いって何?」
嬉しくて鼻の下が伸びているかもしれない。早口にならないよう、必死に興奮を抑え込んで問いかける。
「……服を貸してほしいねん。俺、おしゃれな服全然持ってなくて」
「お願い!!」と大げさに手を合わせて、もとちゃんは目を瞑った。
……は?
俺の期待を返してくれ。少し期待した俺の、熱に謝ってくれ。
「……まあ、ええけど。夜、一緒に選んだるよ」
一瞬で気持ちを切り替えた。
俺の服でファッションショーをするということは、もとちゃんの着替えを合意の上で間近で見られるということや。
風呂上がりの火照った肌も、無防備な寝顔も、明日の昼まで全部まるっと、俺だけのものや。
「ありがとう空! 」
その日は、「幸せ」という言葉だけでは到底言い表せない時間やった。
俺の思い通り、着替えの隙に何度もチラリは拝めたし、どさくさ紛れにいちゃついて。でも、「下心はないよ」という顔で引くところはちゃんと引いた。俺としては、100点満点の立ち回りやったと思う。
「おやすみ、空。今日は本当にありがとうな」
「うん、おやすみ」
ベッドに二人並んで、おやすみを言い合う。
本当はこのまま無理やりにでも、俺の初めてをこいつに捧げてしまいたい。けれど、恋を知った今の俺は、そんな行き当たりばったりな真似はしない。もとちゃんを、好きな人を、俺のどろどろとした事情に自ら巻き込むようなことは、絶対にしたくない。
こんなに自然に、理想としていた「ソフレ」になれた。心はもう、十分に満たされている。――多分。
隣から穏やかな寝息が聞こえてきたのを確認して、俺はそっと立ち上がり、ソファへと移動した。
この恋を、大事にしたい。だから、壊してしまわないように、今はもとちゃんの体温から離れた。