テラーノベル
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ある夏の日、プールの授業に参加できない私は、水面にうつる海月を覗き込むように見つめていた。
「あなたは何者?」
問いかけても返事はない。試しにプールに手を入れると、ピリピリと痺れてくる感覚に襲われた。
「どうしても私をプールに入れてくれないの?」
実体はなく、ただそこにうつっているだけの、透明な海月。私以外の生徒には見えていない、私だけを拒む不思議な海月。
「どこからうつっているの?」
私はふと上を向いた。一瞬、夜空に月が浮かんでいるように見えたが、慌てて目を擦ると、そこには果てしない青空と太陽があった。
「私もプールに入りたい」
覗き込むのをやめ、プールから距離をとって辺りを見回す。生徒は私を気にせず、先生の話を真剣に聞いている。再びプールに目をやると、そこに海月の姿は見えなかった。私は驚き、急いでプールを覗き込む。
「意地悪な海月」
私が覗き込むときだけうつる海月。この海月も、私に優しくしてくれない。
「少しは私をいたわってよ」
プールだけが私の居場所だったのに。教室でも家でも、感じるのは冷たい視線だけだ。自由を感じたのは、プールを見ている時だけだった。
「ずるいよ、私も自由になりたいのに」
頭痛がする。何か忘れているような気がして、必死に思い出そうとする。私の目にうつったのは、プールの飛び込み台だった。
「あの子たちは私を……」
私はこうなった原因の夜を、鮮明に思い出す。
夜、綺麗な満月が浮かぶ日、私は飛び込み台に座って、プールを見つめていた。
「ツ、キ、ミ、ちゃーん!」
それは聞き覚えのある、私の嫌いな声の一つだった。
「キモいぐらいプールが好きなツキミちゃん」
私はそんな声を無視し続ける。
「そんなにプールが好きなら、泳がせてあげるよ」
後ろからの衝撃で私はプールに落ちた。泳ぎたくても泳げない、私は生まれつき、下半身不随の障がい者なのだから。
「無様な泳ぎ、ツキミちゃんにぴったりじゃん」
嫌いな人たちは私をあざ笑い、遠くへ行ってしまった。水面にうつる月と同化するように、私は夜空の満月を見ながら、水に沈んでいった。
動かないはずの足が動いていたのは、もう私が私ではなくなっていたからだった。私が終わったあの日を思い出し、全ての違和感がなくなったその時。
「あなたの正体は……」
水面にうつっていたのは、反転した『月海(わたし)』だった。
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